父と、その息子。


俺の父は、有名な外科医だった。

白衣を身に纏う父の姿は本当に偉大で、小さい頃の俺は憧れを抱いていた。いつか父のような医者になるのだと、人々を救う正義のヒーローになるのだと思っていた。

勉強を怠けたつもりは無いし、俺は偉大な父の子なのだからできるはずだと努力したつもりだった。しかし、俺の小中学生の成績は父の思うような結果には至らなかったらしく、父は俺に構うことが少なくなり、母にはお前の教育方針が悪いのだと罵倒した。

俺は一体何の為に勉強をしているのだろうと思い悩んだ。思春期特有の反抗もできず、高校も父の決めたところへ行くため、受験勉強をさせられた。


その頃から俺は、一つだけ興味のあるものができた。外科医の勉強をしていれば、自ずと医療機器にも詳しくなり、そこから機械工学などに興味を示すようになった。

そうだ。医者になれなくとも、手術に必要な機械や人々の助けになる機械を作ることができれば、父も認めてくれるのではないだろうか。外科医である父をサポートする技術を生み出せば…


ーーー俺は初めて、父へ自分の思いを伝えた。俺はこうしたいのだと、初めて父に意見した。


「父さん、俺…医者にはなれないかもしれないけど、これなら…!」

「お前にその技術も勉学も必要ない。現実を見なさい。空悟」

「……っ、え…」

「急に大事な話があるというから、先方との会合を切り上げてきたが…何かと思えば、くだらん。いいか空悟。どうせお前のことだ…理由をつけてサボりたいだけだろう。お前があまりに平凡過ぎて、私は上の方にお前を紹介するのが恥ずかしくてならん」

「……お、れは……っ…とう、さんに…」

「あなた…!空悟は、あなたに」


「お前は、本当に私の息子か?」


ーーー頭を、鈍器で殴られた気がした。


進学校での勉強は周りに埋もれてしまって、貴方から見れば平凡なのかもしれない。いや、それ以下に見えているのだろう。俺は、貴方ほど優秀にはなれなかった。

でも俺は、貴方に認めてもらいたかった。
あなたの息子だと誇れるように努力したんだ。





ーーーそれが、全て崩れ去る。


「ッ、ああそうかよ、分かった…っ!俺は一人で生きていくっ、自分の利益になる手術を優先して、目先の利益しか求めねぇ、母さんのことも愛してないようなアンタなんかっ…父親じゃねぇッ!!俺はッ、こんな家二度と帰って来ねぇよッ…!!!」


父に見せようと、密かに取っていた国家試験の合格通知を握り締める。ーーーこれはもう、必要無いものだ。


「俺は、アンタの息子をやめる…ッ!!」


その後、俺があの家の敷居を跨ぐことはなかった。















「………おい、エアプとっとと戻……て、めぇ…なんつー顔しとンだ」

「……っ…わ、るい……何でも、ねぇ…から…」


尾白の背中を見送ったあと、昼食を取るべく控え室に戻ろうとした俺は、角で突っ立っている爆豪を見つけた。

こんな所で何してんだと問おうとしたのも束の間、こちらに気づいた彼に半ば強引に引き寄せられ、口を塞がれる。そして、轟と緑谷が会話しているのを聞いてしまった。


「ーーー…ざっと話したが俺がお前につっかかんのは見返す為だ。クソ親父の“個性”なんざなくたって……いや…使わず“一番になる”ことで、奴を完全否定する」


轟の過去や右側を使わない理由を、こんな形で知ることになるとは思ってもみなかった。盗み聞きしてしまった罪悪感と、過去の自分を思い出してしまい、得体の知れない感情が押し寄せてくる。


俺は今、彼らと同じ土俵に立つ資格があるのだろうか。逃げてしまった俺が、彼らと同じ上を目指す権利があるのだろうか。


ーーーこんな俺が、守形の人生を背負ってもいいのだろうか。


「…アホか」

「っ、…か、つ」

「…喋んなクソが」


不意に爆豪に引き寄せられ、彼の腕の中へと収まる。頭を掴めばそのまま肩口に押し付け、二度、ぽんぽんと頭を叩かれる。

その手つきは優しくて、平均よりも高いその体温は、とても心地よかった。


ーーーふわりと、甘い匂いがする。


「……ニトロって、甘いんだっけ…」

「てめぇ…このまま絞め殺されてぇか?」

「…悪い………勝己…もう少しだけ……」

「……チッ……本戦でぶっ飛ばすから覚悟しろや」


この爆豪の行動は、よくわからない。普段の彼からは想像できない行動だった。だけど、俺が落ち着くまでの間、ただ静かに待ってくれていた。


緑谷と轟が去った廊下は静寂に包まれ、俺たちの心音だけが、響き渡っているようだった。













mokuzi