布石にしては逆効果

「…俺、成宮鳴。そっちは?」
「苗字なまえ」
「苗字〜?ダッサ!ダサすぎて拒否反応出るから名前で呼んでいい?」
「……え、いいけど…ダサいって何…」
「なまえも特別に俺のこと名前で呼んでもいいよ!」
「いやあの人の話」

初対面から失礼で、人の話は総無視、成宮鳴という男の第一印象は正直最悪だった。
なんの奇縁か席替えで常に近所になり続け、2年生になっても当たり前のように同じクラスになってしまい、私の何が面白いのか付き纏っては鳴ちゃん節を披露する奴にいつしか絆され根負けし、正直女子の間では非難の的ではあるものの、一番の友人と呼べる存在になってしまった。

「なまえ〜今日の弁当なに〜」
「今日は鳴にあげるお弁当なんてないから、おにぎりしかないから」
「何おにぎり?」
「………からあげ……」
「ひとくち」
「だからやだって!!一個しかないのに!!」
「いーじゃーん減るもんじゃないんだし」
「いや減るから」

抗議しつつも鳴の手は勝手に私のおにぎりをすでに掴んでいて、無理やり払おうにも左手を無下に扱うわけにはいかない。わかっててやっているのだとしたら余計にたちが悪い。

「私のお昼ごはん………」
「まあまあじゃない?あ、肉ほとんど食っちゃった」
「ただの白飯じゃん!!!」

文句を言われるわおかずはとられるわで散々だ。そもそもそれ作ったのお母さんだから。私じゃないから。
……これが日常茶飯事と化しているのだから、私の日常は平穏とは程遠い。はあ、わざと聞こえるように大袈裟に溜息をついてみれば、鳴も真似をしてみせるかのように溜息をついた。

「まあどうしてもって言うなら?俺のーー……」
「苗字」
「え、なに…?」
「メシないならこれやるよ。間違って買っちゃってさ」
「わ、ありがとう…!」
「成宮もほどほどにしてやれよー」
「余計なお世話!」

投げ渡されたのはコロッケパン、なんてナイスチョイス。一体コロッケパンの何が気に食わないというんだ……えーっと。クラスメイトの何とか君。

「何と間違えたんだろね?メンチカツパンとか?」
「………」
「あえてのクリームコロッケパン派とか…鳴聞いてる?」
「………ほんっっと、苗字ってダッサい名字だよね」
「はあ?またそんなこと言って…」

そう呟くように言った鳴の方を見ると明らかに機嫌が悪くなっている。ムスッとした表情でコロッケパンの袋を開けーー…

「ちょっと!私のお昼ご飯!」
「なまえのじゃなくてさっきの奴のでしょ」
「貰ったの見てたじゃん!!」
「…見てたから食ってんじゃん」

意味わかんないんだけど。少しばかり苛立ちを覚えながらそう口にしたのとほぼ同時に、まるでリスみたいに頬をパンパンに膨らませてコロッケパンを頬張る鳴を見て、思わず噴き出した。

「鳴食い意地張りすぎ!頬袋か!」
「ほおぶふほっへはんはほ」
「なんて?!くっ…ふふ…!」
「……あー美味かった!」
「あー面白かった……じゃない!私のご飯!」

満足そうに舌舐めずりをした鳴に思い出したように机を叩き抗議すると、鳴は待ってましたとばかりに鞄からお弁当を取り出す。もしかしなくても見せびらかす気なの?そうなの?

「オイラってば優しいからあ?なまえにちょーっとだけ分けてあげようかな〜?」
「元はと言えば鳴のせいなんだけど」
「えっ何?いらないって?」
「ありがとう鳴様」
「よろしい」

面倒なことになる前に下手に出れば、鳴は気分を良くして弁当を開いた。…なかなか美味しそうだ。これを貰えるならからあげおにぎりを取られたことくらい許してしまいそうな、健康を考えられた作りだ。すごい、うちのお母さんと違って茶色くない。

「はいあーん」
「いやいやいやいや」
「いらないの?」
「いるけどおかしいでしょ」
「ま、いらないならしょうがないかあ〜」
「くっ………!」

おそるおそる口を開けば飛び込んできたのは玉子焼き。口いっぱいに広がる美味しさを噛み締めていると鳴は既に次をスタンバイさせている。口をまごつかせながら手で制していると、そのまま自分の口へと持って行った。というか、何回私にこんな恥ずかしいことをさせる気なんだ。そんな思いを何度か繰り返すうちに、鳴のお弁当は空になった。おにぎり1個分より満足してしまった。

「ご馳走様でした…感謝…」
「んー」
「鳴お腹空かない?大丈夫?」
「んー…大丈夫じゃないかも」
「ええ?!」
「だからさ、明日からなまえが作ってきてよ!毎日、俺の分」
「それ私に利益ないよね?」
「あるでしょ!俺の笑顔」
「うわ」

ナルシストかと突っ込めば鳴は楽しそうに笑った。鳴がかっこいいとか可愛いだとか見た目で持て囃されている理由は私にはちっとも理解できないけれど、笑った時の顔は少し可愛い。
こうやって楽しそうに子供みたいに笑うから、全部許してしまいそうになるんだ。

「でもほら、花嫁修行にもなるじゃん?そのダサい名字と早くお別れしたいでしょ?」
「そんな無茶苦茶な」
「ま、そのうち俺の名字あげるから、今はそのダサいので我慢しててよね」
「だからダサいダサいって言う……」

不自然に逸らされた鳴の顔は心なしか赤くなっている。聞き間違いでなければ、勘違いでもないとするならば、

「………え?」

………初めて会った時のあれも、今までのそれも。全部、そういうことだったのだろう。
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