冗談だと言ってくれ

 正直、調子はすこぶる良好で、球の感触も悪くない。なのに時々、動悸が激しくなったり、胸が苦しくなったりすることが増えた。幸いなことに練習中や試合の最中なんかはそんなことはなくって、本当に教室にいる間‥というか、学校がある間だけ。今のところ害はないから困ってはいないけど、それでも不安の要因であることは確かだ。覗いた窓から見知った人物が通ったのを、様子のおかしい胸を押さえながら見守った。

「はよー、何その顔。徹夜?」
「成宮地理のプリントってやった?!お願い見せて!」

目の下にクマを作ってブサイクな顔をしたなまえは、ほぼ白紙のプリントを俺の机に叩きつけた。これ、今日一時間目の地理で提出のプリントじゃん。小テストもやるやつ。
なまえが地理を苦手なことは知ってたけど、徹夜しても分かんなかったのか。

「遅くまでゲームしてたせいか気付いたら寝てた」
「うわ、バカじゃないの?!俺は昨日も遅くまで練習してたのにちゃんとやってきたよ?!」
「見せてよ鳴ちゃ〜〜ん」
「こういう時だけ媚びる!言っとくけど可愛くないから!」

と言いつつプリントを見せてしまうのは、少なくともこいつが気兼ねなく話せる友達がであるからかそれとも俺が優しいからか。おそらくは後者であろうこの疑問を脳内で一人解決させながら、目の前で必死に答えを写すなまえの無意味に広いデコを見つめた。




 小テストが終わった後、気まぐれになまえにメッセージを送る。内容は『小テストどうだった?』という単純なもの。この後の授業は移動教室で話すのはまたその後の休み時間だろうから、間の暇な時に返してくれたら程度のつもりだった。数秒もしないうちに帰ってきた返事は、バッテンを示すスタンプ。

「(お気楽にゲームなんかしてるからでしょ)」
『気分転換だよ気分転換!ストレス社会に生きてるんだから、たまには息抜きしないとね』
「(それだとなまえ毎日が息抜きで気分転換じゃん)」
『うるせー!天才成宮くんには悩みなんてないでしょーけどね』

俺だって悩みくらいある、と胸の不調を訴えた言葉を送ってから、これじゃあまるでジジイだななんて頭を抱える。でもそういえば、この不調ってなまえといる時ばっかな気がする。ってことは、なまえのせいじゃん。慰謝料取れるんじゃないこれ。
ほんの僅かな振動音が聞こえた後、教室のど真ん中の席のくせに、そのメッセージにもすぐに既読がついた。

気になってなまえの方を見やれば、なまえは教科書とノートの間に上手く携帯を挟んで、楽しそうに携帯を弄っていた。と同時に、今度は俺の携帯が振動する。


『もしかして:恋』


恋?

は、なにそれ。好きってこと?
俺が、好き?‥‥なまえを?

ガサツだし、声も低いし、俺と背も変わんないのに。髪サラサラじゃないし、肌も‥‥肌は綺麗だけど。‥化粧だってしてないし!女子っぽさの欠片もないなまえを好きだなんて、絶対にありえない。俺が全球ホームラン打たれるくらいありえない。

「(検索サイトかよ‥っと)」

それでも気付いたら視線はなまえの方へ向いてるし、授業中でもお構いなく彼女の動きやくるくる変わる表情をじいっと見てしまっている。送信されたメッセージに既読がついたのを確認してから、再びなまえの方を向いた。

「(‥‥あ、笑った)」

授業中とは、突然笑顔になったりするものだっただろうか。つられるように上がった口角を、慌てて手で覆い隠した。

恋だと認めれば、痛みからも苦しみからも解放されて楽になれるのかもしれない。そうかもしれないけど、何故だかそれを認めてしまったらなまえに負けた気がして、ただぽつりと、覆った手の下で「なんでかなあ」と呟いた。
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