「なまえ!!なまえって!!なまえさん!!!様!!!!」
「そんな大声出さなくても聞こえてるよ……なに?」
「明日の試合見にきてつかぁーさい!」
机に突っ伏して寝ているとバンバンと音を立ててそう叫ぶ沢村に、私は此方の意図が伝わるようにわざとらしく盛大なため息をついた。
沢村はムッとしたかと思うと、「もしや都合悪いか!!!!」と目を見開いた。どうしてそうなる。
「明日、休み。家から出るのめんどくさい、わかった?」
「わからん!!!」
「せっかくの休みを無駄にしたくないんだって…」
「無駄じゃないぞ!!!明日はきっと俺が投げるからな!!!!」
自信満々にそう言ってのけた沢村は、試合開始時間を叫びながら教室を出て行った。
しんとした教室に一人取り残された、もう一度ため息をついた。
明日は特に用事はない。家から出るのが面倒なのは嘘ではないけれど、別に観に行くくらいならなんてことないのだ。それでも彼の勇姿を観に行くのを渋っているのは、これが私の最後のボーダーラインだからでもある。
「行ったら、すぐ帰ろう……」
沢村は最後まで見ていけとは言っていない。明日の試合を見に来てくれと言ったのだ。これは決して約束を破ったわけではない、きっとそのはずだ。
そもそも約束をしたわけではないのだけれど、頭の中でそんな言い訳をして、私はそのまま家へと帰った。
◇◇◇
「……本当に、かえりたい」
談笑している人の数も私を照りつける太陽の暑さも、想像をはるかに超えていた。
自販機で買った飲み物を力の入らない手で掴みながら、急いで向かった日陰に崩れ落ちる。
なんで来たんだろ、私は。自分で自分がわからなくて、頭を抱えた。ボーダーラインを越えたくないと散々言っておいて、自分の行動がわからなくなってくる。
「あっ!ここにいたのか!!」
「……え、沢村…?」
「奥に引っ込んでくのが見えたから、どうしたのかと思ってさ」
沢村は私の様子を見るなり近くにしゃがみ込んで、手に持っていた飲み物を勝手に開け始める。「持ってるだけじゃ意味ねーぞ!」とそれを寄越しながら、私は反抗する言葉も思いつかず大人しく飲み始めた。
「あとほら、これ被ってろ」
「わ、…っ!」
ぼすっと頭に落ちてきた軽い重みを手に取ると、沢村が今の今まで被っていた帽子。
日除けのために貸してくれたのだろうけれど、どう考えてもこれは試合中に被るのではないのか。そんなことを考えていたのに気付いたのか沢村はにっと笑う。
「俺はどうにかなる!!…多分!」
「多分、って……あ、ちょっと!!」
「ちゃんと俺のこと、見とけよなー!」
沢村は満足そうにそう言った後、そのまま向こうへと駆けていった。何度目かわからないため息を吐いた後、私は沢村に渡された帽子を被り直した。
ゆっくりと立ち上がって、先ほどの沢村の表情を思い出す。
きっと今から、さっきの沢村と同じくらい、もしかしたらそれ以上のかっこいい姿を見ることになるのだろう。
やめてほしい、本当にやめてほしい。
せめてやめなくてもいいから、そんなところを私に見せないでほしい。
そんなかっこいいところを見せられてしまっては、君しか見れなくなってしまうじゃないか。
………好きに、なってしまうじゃないか。
茹だるような暑さと比例するような美しい青を見ながら、私は小さくなっていく沢村の後ろ姿を見つめるしかできないのだった。