「雷市に好きな人ができたぁ?!」
騒めく部室内で、雷市だけが黙っていた。あの雷市に好きな人が?と最初は数人だけで盛り上がっていた話も、気付けば既に野球部全員の話題となっていた。何処の誰なのかとか、いつから好きなのかとか、あれやこれやと仲間達が詮索するも、雷市は照れていたのか深く言及することはなかった。
「‥気にならないはずがないよな」
「まあ、あの雷市がだからな‥‥」
次の日、朝早くから校門前で見張っている野球部員数名。とは言っても、野球部を代表して真田、そして半分冷やかしである三島、心配から参加した秋葉の三人のみだった。草むらの陰に隠れて登校する生徒を見張っていたが、三島は隠れきれていないせいか、時折冷ややかな目を向けられていたりはしていたものの、近付こうとする人間はほぼいなかった。三島の足の位置が、あと数センチずれていれば。
「‥あの、えーと‥‥真田くんの後輩さん」
「?! はっはい!」
突然声をかけられた三島は、振り向いて更に驚いた。分かりやすく手っ取り早く言ってしまえば、声をかけてきたこの人物が美人であったからだ。
思わず固くなり居住まいを正すと、その女性はにこりと笑った。
「出来れば、そのまま足元の花を踏まないであげて。‥‥まあ、雑草なんだけどね」
女性がそう言って足早に立ち去ると、全く聞いていなかったらしい真田がきょとんとして固まっている三島にどうしたのか尋ねる。秋葉が状況説明をしている最中に、雷市が校門を過ぎていくのが真田の目に入った。
「お、雷市」
「人の話聞いてます!?」
「いいから、追うぞ!」
三人が急いで追いかけると、雷市はくるりと校舎裏の方へ進む。バレないように後をつけると、雷市は突然歩を進めるのを止める。慌てて三人も立ち止まり近くに隠れると、同じように隠れるようにして何かに熱視線を送っていた雷市を発見する。
視線の先にいたのは、花壇に水をやる先程の女性だった。
「あんな美人てめーには無理だ!」
突然雷市を呼び出しそう言い放った三島に、雷市は目を見開いた。廊下で話しているからか、雷市達を見る視線も少なくはない。訳も分からないまま笑っている雷市に、秋葉が優しく諭す。
「花壇に水をあげてた人、好きなんだろ?」
「?!」
「でも流石に、あの人は高嶺の花過ぎるぞ‥」
よく考え直せと秋葉が言うと同時に、ズカズカと歩いてきた真田が割り込んで入ってくる。雷市とガッチリと肩を組んだかと思えば、真田はにやりと笑った。
「いいんじゃねーの?高嶺の花。チャレンジしてみるには持ってこいじゃん」
「!」
「真田先輩!でも‥‥」
「ダメだろうが上手くいこうが、どっちみち雷市のプラスになんだろ」
トドメとばかりに「玉砕覚悟の挑戦、激アツだろ?」と言いのける真田に、秋葉はため息をついた。既にその言葉に取り込まれているきらきらとした目の雷市に、今更自分が何を言っても無駄か、と。
「失敗を恐れてちゃ意味がないよな。がんばれよ、雷市」
「フラれたら俺が笑ってやるよ!」
「アッキー‥‥ミッシーマ‥‥!」
勢いづいた雷市はその勢いのままに早速彼女に会いに走り出す。そして、数分もしない時間教室を覗いただけで、声をかけられずじまいで帰ってくる。さっきの勢いはどうしたと三島と秋葉に突っ込まれていると、雷市が覗いていたらしき教室から例の美人の先輩が出てくるのが見えた。首を横に振る雷市の肩を無理矢理押していると、その先輩はこちらを見たかと思うとふわりと微笑んで駆け寄ってくる。
「轟くん! ‥‥と、今朝の人たち!轟くんとお友達だったの?」
「ま、まあそんなとこです‥!」
「じゃあ俺たちはここで‥!」
「?! あ、アッキー‥!!」
助けを求めるような雷市に心を鬼にして手を振りながら、秋葉は一人思った。もしかしてこれは、可能性があるのではないか、と。
廊下の隅から雷市の方へ視線をやってみれば、汗を飛ばしながらも嬉しそうに頬を染めている雷市の姿が微笑ましく映った。
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