「雷市と知り合いなのか?」
真田は、前の席に座っていた女生徒にそう声をかけた。その女生徒こそ、雷市が想いを寄せているその人だったからだ。真田が雷市をけしかけたのは同じクラスの見知った人間だったからかは定かではないが、少なくとも彼女が悪い人間ではないと知っての行動だろう。
突然真田に話しかけられた女生徒は、一瞬きょとんとした表情になってから、思い出したように「ああ」と声を漏らした。
「まあ一応そうかな、真田くんも?」
「おー、部活の後輩」
「ああ、野球部の!」
そういえばあの時も野球のユニフォーム着てたっけ、と目線を上にあげ思い出すようにして話す女生徒から、前に雷市にハンカチを貸してあげたらしい話を聞いた。優しく微笑んだ彼女の声に耳を傾けながら、真田も小さく微笑んだ。
▽
花壇に咲いている花にじょうろで丁寧に水やりをしながら、少女は咲いているツツジの花に目を向けた。白くて綺麗なツツジだ。向こうに咲いていた赤いツツジも、これに負けないくらい美しく咲いていた。
花壇に優しい眼差しを向けながら水やりをしていた少女、苗字なまえは、小さい頃から花が好きだった。小学生の頃はお花係、中学生の頃は美化委員と、花に関われそうなものならなんでもこなしてきたけれど、それでも飽きがこないくらい、花を見て世話をするのが好きだった。
じゃり、と靴が砂を踏む音がそう遠くない距離で鳴る。自然とそちらに視線をやると、こちらの様子を落ち着かない様子で伺っている少年が見えた。
一体どうしたのだろうか、困っているなら相談に乗ってあげようかとじょうろを置こうとしていたら、少年はハンカチに刺繍をして書いてあった名前を読みながら、おそるおそるこちらに近付いてくる。
「あ、あの‥苗字、さん」
「はい?あ、この前の!」
「‥‥こ、これ‥借りてたから‥」
「気にしなくてよかったのに‥!‥えっと‥‥」
ハンカチから視線を少年へと向ける。先日ハンカチを貸した彼の名前を、なまえは知らなかった。名前を訊こうと少年をじいっと見つめると、少年は顔を幾分か赤くして、視線を彷徨わせた。
「あの、お名前‥聞いてもいいかな?」
「‥‥と、轟‥‥‥です」
「そっか、轟くんね」
なまえは雷市の手にあるハンカチに手を添えて、未だ赤い顔をした雷市ににっこりと微笑んだ。途端に雷市はさらに真っ赤になってしまったが、目を細めていたなまえはさして気にもとめず、雷市にお礼の言葉を述べた。
「わざわざありがとうね、轟くん」
「‥‥‥!」
「‥‥? 轟くん?」
「カハ‥カハハハ‥‥!」
その話はハンカチをわざわざ返しに来てくれた雷市と花の話をしてから、校内でもたまに話すようになった、とのことだった。昨日の光景に納得がいった真田は、なるほどとでも言うように深く頷いた。
「あの雷市がねえ‥」
「ふふ、懐かしいな‥‥轟くん、ツツジもびっくりなくらい真っ赤だったんだから」
なまえと一緒になって笑っていると、こちらをじとりと見つめている雷市が真田の目に入る。噂をすればと言ったところだろうか、真田が雷市に声をかけるとびくりと肩を震わせてから、おずおずとこちらへ近づいてきた。
「こんにちは、轟くん」
「! こ、こんにちは‥!!」
「雷市どうせ苗字さんと話しに来たんだろ?ついでに一緒に飯食おーぜ」
「それいいねえ。ちょうど私お弁当作りすぎちゃって‥」
真田の言葉に遠慮気味だった雷市も、苗字のその言葉に簡単に頷く。そうして一緒にご飯を食べることになった三人の会話は自然と先ほど話していた初めて会った時の話になり、苗字の大好きな花の話になった。少しずつ会話が弾むようになってゆく二人に気付かれぬように、真田はそっと席を立った。
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