「かめら?」
黒く妙な塊を持った薬研に、厚がそう訊ねた。薬研は、ほんの少し得意げになって、カメラマンの仕草を真似して見せた。
「ああ、大将に借りたんだ。お前らも撮ってやろうか?」
「すごい…!撮って欲しいです!」
「みなさん、整列しますよ!」
「え〜どうせならポーズとろうよ!ね?」
がやがやと騒ぎ出す兄弟を楽しそうに見つめながら、薬研はカメラを見つめた。撮れる枚数はあまり多くはない。借りた当初は、なまえの隠し撮りばかりしていたせいだ。自分が残しておきたい、と思ったものがそうだっただけなのだが、最後の最後、本人に見つかってしまい、今に至るというわけだった。
「薬研ーー」
「お、決まったか?」
結局思い思いのポーズになった兄弟達をカメラに収め、薬研は満足してその場を立ち去った。脇差や打刀、太刀、大太刀の連中の写真も撮った。これで大将も満足がいくだろう。なんだか撮ることが楽しくなってきて、薬研は軽快な足取りで本丸を歩き回っていた。…ところで、一期一振と出会った。
「お、一兄。一兄もどうだい、一枚」
「いや、私は兄弟達と写ったものだけにしておくよ。…それより」
そっと手を差し出し、何かを求める仕草をする一期一振。握手、のようにも見えるが、突然そんなことを求めてくるはずもない。
「なんだ?」
「その、かめらというもの、少し貸してもらえぬか」
「? ああ」
残り枚数も然程無い。撮りたいものも、もう特にはないだろう。それに、一期一振の撮るものに、興味があった。薬研はすんなりとカメラを渡して、薬研のカメラマンな一日は幕を閉じたのだった。
後日、遠征帰りに写真が現像できたと知った薬研は、機嫌良くアルバムを開いた。既に何人か先に見ていたのだろう、増刷希望の写真の裏に正の字が並んでいる。
「(そういや、一兄が撮ったのがあるんだったな)」
一枚一枚、懐かしみながら頁をめくっていく。ひらりひらりとめくり終えて、最後の一枚。そこには、自分の撮ったどの写真よりもとびきり笑顔のなまえが写っていた。
「………一兄には敵わねえなあ」
こんなにも、幸せそうな大将を撮れるんだ。さぞ、大将は一兄のことを好いているのだろう。ああ、負けた負けた。手合いをして負けた時よりも、心に来るとてつもない痛み。身体中に鉛でもつけたかのように重く、息苦しい。悔しいなあ。負けるということは、こんなにも痛くて、重くて、辛い。
「薬研」
「…一兄」
涙が出そうになるのを堪えながら、薬研は歩いてきた一期一振の方を向いた。一期一振はくすりと小さく笑みをこぼして、懐に手を入れた。
「写真。一枚、足りていないだろう?」
「ん……ああ」
そういえば、不自然に一枚足りないと思っていた。最後の頁、入っていたのは愛らしい笑顔の写真一枚だけ。てっきり、枚数が合わなかったのかと思っていたが。
「あまりに幸せそうだったので、少しばかり意地悪を。お幸せにね」
「あ?おい、一兄!」
楽しそうに去る一期一振を追いかけるほどの気力があるわけもなく、薬研は伸ばした手をそっと下ろした。どうしたというのか。わけもわからず、渡された写真を見る。
瞬間、ぶわっと、身体が熱くなる感覚が薬研を襲った。それは、先程負けを認めるほどの彼女の愛らしい笑顔の、"引き"の写真だった。
なまえの視線の先には、兄弟達と戯れる、自分の姿。憶えている。俺はこの後、大将と目が合って、何をしているのか訪ねた。すると大将は、数秒下を向いて、それからほんの少し照れ臭そうに、「薬研を見ていたのですよ」と、言ったのだ。あの時気にも留めていなかった、彼女の姿を、一兄は捉えたのか。やはり敵わない。敵わないけれど、今度は身体は重くなかった。
薬研は、なまえの元へと走った。先程の重さが嘘のように、軽やかな足取りで向かった。今度は彼女の笑顔を、ひとりじめするために。
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