「長谷部、一緒に買い物行こう」

主にそう言われ、思わず口が綻ぶ。「主命とあらば」なんて口ではいつも通りを装っていたが、きっとだらしのない表情になっていただろう。

「荷物は半分ずつね。半分しか持っちゃ駄目だよ」
「かしこまりました」
「欲しいものがあったら言ってね。主命だからね!」
「はあ…主の命でしたら…」

手を握られながら食い気味にそう言われ、おとなしく頷く。満足してくれたのであろう主が、そのまま上機嫌で歩き出した。
小さくて、柔らかい手だ。



買い物を始めて、数時間。
今日は買う物を決めずにぶらぶらと歩くのが主の目的らしい。

「何か気になるものあった?」
「いえ、特に怪しい者は」
「うーん…そういう意味じゃないんだけど…あ、着物見ようか。みんなの分も見繕えるしね」

主の見つけた呉服屋はなかなかに活気に溢れていて、何も目的のない自分には少し入りづらいものがあった。店の前も女性客が彷徨いていたので、仕方なく近くの店を歩いて回る。特に気になるものはない。やはり、入り口付近で待っていた方が賢明か。

「(………あれは)」

きらりと光るそれに目を奪われ、ゆっくりと近寄ってみる。艶やかに光るそれは、いわゆる簪だった。玉簪と書かれたそれを手に取る。すると、店主の老人が嬉しそうに声をかけてきた。

「お兄さん、恋人にプレゼントでもやるのかい?」
「こっ………い、いや、見ていただけだ」
「ここからもうちょっと向こうに歩いたところに本店があるんだが、そっちもよかったらどうだ?」

そう言われて、何を思ったのか、俺は案内された店へと歩を進めてしまった。無事店へ辿り着いたのち、主と同じ色をした美しい紅の玉簪を購入してから、はたと気がついた。

ここは、何処だ。

一瞬で青ざめた。
勝手に出歩かなければ、こんなことにはならなかったというのに。俺は馬鹿だ。主の言うこともろくに聞けない、前の主に勝るとも劣らないおおうつけだ。

思わず握りしめていた簪を見つめながら、大袈裟に溜息を吐いた、その時、

「長谷部ーーーーーーー!」
「……!」

遠くから聴こえた主の声に、ばっと顔を上げる。一つに纏められた黒髪を揺らして、汗だくになりながら、主が俺の元へ駆けてきていた。

「……ご、ごめんね、買いも、のに夢中で、き、気付かなくって…!」
「主、落ち着いてからでいいです!少し休んでください…!」

慌てて背中をさすろうとした弾みに、思わず握りしめていた簪を落としてしまう。音を立てて自らの主張をしたそれに、主の視線が行くのも当然で。

「…長谷部、これ……?」
「あっ!! いや、これは!その…!」

拾い上げられた簪を手に取り、まじまじと見つめる。耐えられず口から謝罪の言葉を漏らすと、玉簪と同じように鈍く光る紅が、俺の方を見ていた。

「………主に似合うと思って、勝手に、購入しておりました…その際、主を見失ってしまい……重ね重ね、大変申し訳ありません」
「………………それが、長谷部の欲しいもの?」
「………は、」
「長谷部が欲しいなら、いいんだよ!…でも、そうしたら、私ばっかり幸せになっちゃうなあ」
「………! いえ、そんなことないですよ」

幸せそうにふにゃりと笑う主を見て、冷えていた心が急激に満たされていくのを感じる。照れ臭そうに頬を包む主に、俺はやんわりと微笑んだ。

「俺が望むのはいつだって、主のその笑顔ですから」

……たまには、外を出歩いてみるもんだ。


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