扉の揺れる音に、全員が振り向かなくなったのはいつ頃だっただろうか。
主が我らが本丸に来なくなって数月、俺は未だ、彼女の部屋を離れられないでいる。
鍛刀されてからずっと放置された刀は、一体どこの誰なのだろうだとか、積まれていたいつか具現したであろう刀が、いつの間にか解けてなくなっていただとか、もうどうでもよくなっていた。
そんなこと、今更わかったとて何の利もない。
主が最後に来た時にあったものは、少しずつ減っている。
例えば積まれていた刀や、新たな刀剣への可能性。そして、信頼や期待、畏敬の念だとか。
ああ、遠征連中の主への土産は、今も彼らの部屋の片隅に置かれていたかもしれない。
ゆるゆると人の心が薄れていくような気持ちで、俺たちは一日一日を過ごしていた。
文句を言う奴も、心配する奴も、今迄溜め込んできた愚痴を言う奴も、毎日玄関で待ち続ける忠犬みたいな奴もいた。
けれど少しずつ、俺たちは彼女のことを忘れていってしまった。
彼女は無口な人だったから、まず忘れたのは彼女の声だ。それから照れ屋で人見知りな彼女だったから、今度は上手く彼女の顔が思い出せなくなっていく。
彼女はどのように俺を呼んでいただろうか。どのように笑っていただろうか。俺は、どのようにして笑っていただろうか。
俺が笑っていたのは、彼女がいたからなのだと、強く思った。君のいないこの世は、まるで色をなくしたみたいにつまらない。
俺には君が必要だと、いなくなってから気付くとは、なんて滑稽だろう。これほど驚いたことはない。さあもう驚きは充分だから、早く帰ってきてくれないか。
初めて感じる途方もない退屈が、酷く息苦しい。もっときっと、君とこの退屈を吹き飛ばせる驚きがあったはずなんだ。息の仕方も忘れてしまいそうな俺では、掴むことすら許されないものが、あったはずなんだ。
「我らが主は、いつになったら帰ってくるのかねえ……」
数週間ぶりに発したその声に反応するかのように、誰が吊るしたかもわからない風鈴が小さく揺れた。目を閉じると、その音が少しずつ大きくなって、近付いてきたような気がした。
あー、退屈だ。退屈だ。
退屈で退屈で、死んでしまいそうだ。
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