「だからチョコを溶かす時は湯煎です!どうしてフライパンで直接溶かそうとするんですか!」
「ほっ堀川くん声大きい!耳痛いよ!!」
堀川くんが私の抗議も無視して手早く湯煎の準備をする。
溶け出したチョコレートの甘い香りが、キッチンいっぱいに広がっていくようだった。
そう、今日はバレンタイン。
例年通りに市販のチョコを買おうとしたところを、何やら怒った様子の堀川くんに見つかって今に至るというわけだ。
そんなに手作りが欲しかったのかと聞くと白い目で見られ、あれよあれよと言う間に手作りチョコレートを作る材料を買わされていた。
最近の中学生の考えてることがわからない。
「ほら、こうです!やってみてください!」
「え〜…もうその堀川くんがやったやつでいいんじゃ」
「や っ て み て く だ さ い」
「はい…」
堀川くんは兼定のいとこで、何やら頭のいい学校に受験して見事に合格、自宅からだと遠くなるからと兼定のお父さん、つまり叔父さん家にお世話になっている。入学するちょっと前くらいからいるから、もう三年になる。長い付き合いになるからかは分からないけれど、兼定と幼馴染というだけの私にも割とこんな風に厳しく接してくれている。年上の面目丸潰れだ。別に嫌なわけじゃないけど。
「でもそろそろなんで手作りを強制したのか教えて欲しいな〜なんて…」
「溶かしたらこれに入れてくださいね」
「………はあい」
渡されたチョコレートの型は、なんとどでかいハート型。びっくりして訊き返したけれど、間違いでは、ないらしい。
「………はあ。単刀直入に言いますけどね」
「は、はい………」
「あなた達を見てるとイライラするんですよこっちは!!」
「え、え?!ごめんなさ…え、達?」
堀川くんは話しながらテキパキと洗い物を進めていく。慌てて固まらないうちにチョコレートを流し込んでいると、堀川くんが言葉を続けた。
「つまり、僕が言いたいのは早く兼さんに告白してくださいってことです」
「っうえっわっひゃあ?!!?!!」
「?! なにやってるんですか零さないでください勿体無い!!!!」
型からはみ出たチョコレートが格好悪く張りついていた。思わず指でとってなめてみたけれど、脳がうまく働かなくて甘いかどうかはわからなかった。
「あ、ああああの、なんで、どうして、」
「…まさか、気付かれてないとでも思ったんですか?バレバレですよ、兼さんに片思」
「わーーー!!わーーーーーーーー!!!!なんでもするからやめて!やめてくださいーーーーー!!!!」
両手をぶんぶんと振って堀川くんの愚行を止めようとしたけど止まらない。顔がバカみたいに真っ赤になって、顔から火が出そうだ。今なら顔の熱でチョコを溶かせる気がする。
堀川くんの手によって表面を綺麗に整えられたチョコレートは、そのまま冷凍庫に送り届けられた。と同時に、堀川くんがぼそりとまあ兼さんもなんですけどねと呟いた。一体何のことだろうか。
「…僕、来月には家に戻るんですよ」
「……えっ、そう、なの…?」
「だってほら、もう卒業じゃないですか。僕もなまえさんも、兼さんも」
私達と堀川くんは三つ年が違っていて、ちょうど同じタイミングで卒業する。つまり、高三である私たちと同じで中三である堀川くんも卒業の時期なのだ。もうこちらにいる必要性は、ない。
「同じ大学に行くって聞いた時は、安心したけどちょっと呆れました。あー、これまた先延ばしなのかなーって」
「う、いや、でも大学が同じなのは偶然で…」
「でも、だからこそ僕がいる間に二人に幸せになって欲しかったんです。わがまま、ですけど」
「堀川くん…」
そのままなんとなく、しんみりした空気になってしまった。堀川くんはテーブルに座ったまま、私はリビングと冷蔵庫の前を行ったり来たり。テレビからは、お昼にやっている主婦御用達番組のBGMが流れていた。
「なまえさん、そろそろ固まる頃ですよ」
「あっ、うん…!」
往復はやめて、テレビの前に座っていた私に、堀川くんが声をかける。番組はいつの間にか報道番組へと変わっていた。
無事固まったチョコレートを見て、思わず笑顔になる。うん、さすが堀川くんが整えてくれただけはある、綺麗なハート型だ。
「それじゃあ、兼さんが帰ってくる前にぱぱっと包んじゃいましょうか」
そう堀川くんが言うや否や、鍵の開く音が鳴る。無駄に大声で帰ったぞと声が響く。兼定だ。思わず堀川くんと顔を見合わせると、堀川くんは意を決したかのような顔をして、包んでいないチョコレートをそのまま私に渡した。
「なまえさん、もう時間がありません!このまま行きましょう!」
「え、えええ?!!」
私の指が当たっているところからチョコがじんわりと溶けていく。確かに、時間がないのは嘘じゃない、けれど。
「で、でも…さすがにこのままっていうのは…」
「なまえさん!大事なのは気持ちです!勇気を出してください!!」
「!」
力強い堀川くんの言葉に、私は強く頷いた。
確かに、今渡さなければきっと私はこのままなかったことにしてしまうだろう。
「…わかった、私、行ってくる!」
「……それでいいんです。絶対、幸せになってくださいね!」
「………! うん!ありがとう堀川くん!」
彼女を見送った後、どっと疲れが出て僕はその場にへたり込んだ。
何が大事なのは気持ちだ。目の前で現場を、見たくなかっただけのくせに。…何が勇気を出せだ。自分は、言えなかったくせに。
「………だって僕は、なまえさんと同じくらい、兼さんのことも大好きだから」
二人に、幸せになって欲しかったんです。
自分にも言い聞かせたように彼女に言ったその言葉が、脳内に嫌なくらい響いていた。
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