「酷いと思わない?骨喰」
「ああ、酷いな。兄弟の頭が」

はあ、と思い切り盛大な溜息をつく。窓の外に目をやれば、桜が咲きそうだった。げんなりする。桜が咲いたらはじまりの季節?冗談じゃない。桜が咲く頃には、なまえさんが、いない。なにもはじまってなんかいないじゃないか。…まあもちろん、放課後なら会える。なまえさんは幼馴染だ。きっといつものように、インターホンを押せば、桜なんて目じゃないほど可憐な笑顔で俺を迎えてくれるだろう。だけど、俺が言いたいのはそういう話ではない。

「それに俺はなまえさんの行く大学くらい、問題ない」
「いいよなー頭のいい奴は」
「兄弟が勉強しないからだろう」

幼稚園も、小学校も、中学も、そして高校も。ずっと一緒だった。頭のいいなまえさんが、偏差値のさほど高くない、近所の高校に行くと決めた時俺がどれほど喜んだことか。それなのに、どうして突然。あんなバカみたいに偏差値の高いところに。

「はあ…どうせなら進学せずに俺のところに永久就職してくれればいいのに」
「………自分が就職してから言うんだな」

浅い溜息をつきながら、骨喰は俺に色紙を手渡し、教室を出て行った。部活仲間が書いたであろう、剣道部の先輩達へのメッセージ。それが、余計なまえさんが卒業するのだという事実を突きつけてきた気がして、より一層気分が重くなった。

「卒業しないでください…だって。俺もなまえさんにそう言いたいよ」

一年間死ぬほど勉強して、同じ大学に進めばいい。分かってる。なまえさんは、自分の道に進んだだけだ。分かってはいるけれど、それではいそうですかと納得できるほど、俺の頭は単純じゃなかった。

なまえさんが大学で変な男に捕まったらどうしよう。ああ嫌だなあ。どう見てもチャラくて胡散臭い男に肩を抱かれながら「私の彼氏なの」なんて紹介された日には、その場でそいつの顔面向けて吐いてしまいそうだ。もちろん故意で。なまえさんはバカみたいに素直で、バカみたいに優しいから、そういう男にも騙されてしまいそうだ。頭がいいだけの男なんてやめた方がいい、多少頭が悪くても、俺みたいに心の底からなまえさんを愛している男にした方がいいのに。そう言ってもなまえさんは、そのクソ男を信じて、無茶苦茶にされてようやく俺の言っていたことに気がつくんだ。ああでも、もしかしたら無茶苦茶にされても愛されてるからって盲信してしまうかもしれない。典型的なDV男じゃん。あり得ない。そんな男になまえさんをとられるなんて、あり得ていいわけがない。話が脱線した。

「……少しくらい、俺に相談してくれてもよかったのに」

俺って、なまえさんのなんなんだろ。大事な幼馴染、たかが幼馴染?幼馴染って間柄に、中二男子みたいな妄想でもしてた?…否定できない。そういえばそうだ、俺、一度もなまえさんに好きだって言ったことないじゃないかーーー…

そこまで思って、俺は今思いついたことをそのまま近くにあった白いものにたまたま持っていたマジックペンで書き記す。そういえばこれ、色紙だった。…まあ、いいや。後戻りできなくなっただけだ。

「………よしっ!」






あれから一週間が経った。桜は、まだ咲いていない。新入生は出迎える癖に、卒業生は見送らないなんて、薄情な花だ。

「兄弟、気持ちの整理は済んだのか?」
「まあね。とりあえず、進級したら勉強付き合ってよ」
「ああ、もちろんだ」

心なしか優しげな微笑みをしている骨喰に、ガキっぽくて頭の悪い作戦に加担してもらうことにした。最初は呆れていたけれど、すぐに参ったとでも言いたげな様子で手伝うと言ってくれた。…うん、持つべきものは優しい兄弟だなあ。

在校生は、基本卒業式には出られない。つまり、本来俺達は楽しい楽しい休日なのだ。生徒会長とか、学級委員長とか、めんどくさいものを引き受けた人だけが入れるようになっている。その去年は感謝していた怠惰な奴に優しい制度が今日だけは、憎らしい。

「大丈夫なのか?俺達は入れてもらえないはずだが」
「…わかってる。だから、体育館から教室へ戻る時に通る渡り廊下、そこを狙う。そこに出てきた一瞬がチャンスだ…!」

なまえさんは一組。出てくるなら、一番最初だ。分かりやすくてありがたい、きっとこれも俺の日頃の行いが良いからだろう。ありがとう神様。まあ今そんなことはどうでもいい。体育館の出入口、あそこが開いたら、直ぐにでも、俺は、


「なまえさーーーーーーん!!!!!!!」


「……?! っえ、」

叫び声と同時に、骨喰と二人、事を起こした。端と端を持って横断幕を広げて、想いを伝える。でかでかと書かれた、好きという二文字。ーーー頭の悪い俺には、こんなことしか浮かばなかった。

「俺がそっちに行くまで、彼氏作らないでくださいねー!!!」

周りの生徒が囃し立てる中、隣で事情を知っているであろう剣道部の先輩が、苦笑いしているのが見えた。けれどすぐに、人に飲み込まれてわからなくなってしまった。でも、なまえさんは、見えている。なまえさんだけは、花みたいに、愛らしく咲き誇っている。びっくりして、金魚みたいに口をぱくぱくさせて、それから思い出したかのように怒ったような仕草をしているなまえさんのほっぺの色は。

さくらいろ、だ。


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