「保健室のせんせえ?」
怪我がすっかり治ったある日、あの小柄な先生のことを思い出して友人に聞いてみた…けれど、不思議な顔をされてしまった。
彼女が言うには、保健室の先生は女性なのだという。私は保健室によくお世話になるわけではないので、運動部に所属している友人にその話を持ちかけてみたのだけれど、どうやら知らないらしい。ならあの人は誰だったのだろう。
「…なに、あんたまさか幽霊でも見たんじゃない…?」
「でも、手当してくれたし……足、あったし…」
一緒になって考え込んでいると、戻るよう促す部活仲間の声がした。困った表情をする友人を大丈夫だよと見送って、私は教室に置いてある荷物を取りに行った。保健室の先生らしき人のことを考え込んでいる最中に、忘れ物をしたことを思い出したのだ。荷物と言っても最後に先生が返したテストの答案で、鞄にしまわずに机に放り込んでしまっただけなのだけれど。そんなにいい点数ではないし、もしも誰かに見られてしまったら恥ずかしい。
でもきっと、こんなことを考えてる時点で誰かに読まれることは決まっていたのかもしれない。
教師の扉の前に立つと、私の机に座ってプリントをじいっと見つめる男子生徒が居るのに気がついた。
「(…困ったな)」
正直、あまり知らない人と話すのは得意じゃない。校内で話したことがあるのは先生と友達と、時折友達の友達くらいで、特に男子生徒とはこれっぽっちだって喋ったことがないのだ。別に男性恐怖症というわけではないし、人見知りが酷いというわけでもない。けれど、これまでずっと同じ友人と付き合ってきた自分には、とてもハードルが高かった。
「お」
「…!」
考え事をしているうちに、その男子生徒は教室を出てきたようで、扉の前にいた私と見事に目があった。しまった、と思う前にびっくりして目を丸くした。…保健室の、先生だ。
「ここの担任に戸締りするよう言われてな。忘れ物に気付いたんだが、どうしようか困ってたんだ」
「……そうなんですか」
「ああ。じゃ、確かに届けたぜ。気をつけて帰れよ」
保健室の先生と思われるその人は、私が来た方向とは逆の方向を向いた。
「あ、そうだ」
かと思うと、こちらを振り返ってプリントを指差す。50点、と書かれたちょうど半分の点数しかとれなかった答案を、無駄とは思いつつもさっと後ろに隠した。言い訳をしたい気持ちに駆られながら、言葉を待つ。
「勉強、もう少し頑張った方がいいぜ」
そう言うと先生は、白衣をひらりと翻して、もう一度反対側へと歩いて行った。保健室の匂いがする。薬品のような、なんとも言えない匂いが鼻を掠めて、先生の姿が見えなくなるとその匂いもゆっくりと消えていった。けれど私の頭の中から、先生の優しい表情は消えそうになかった。
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