じりじりと照りつける日射しもなくなり、涼しさが寒さへと移り行く寒露の頃。あまつさえ、審神者であるなまえが薄着で床につき風邪をひいた。
そう目の前の男の口から告げられた時、白布の下で揺れる金色の隙間から見えた碧眼は、呆れたように男から視線を逸らした。
「頭が悪いんじゃないか」
「まあ、否定はできないね」
でも、と燭台切光忠が続けようとしたのを見なかったことにし、彼に話しかけられていた、くすんだ白布を被った男、山姥切国広は、そのまま足を進めようとして、白衣を着た薬研藤四郎に行く手を阻まれる。
「どこへ行く気だ?」
「……どうせ看病でも押し付ける気だろう。そういうのは、向いている奴がやるべきだ。俺は戻る」
踵を返そうとして、今度は先刻まで話していた燭台切光忠に捕まる。背後から薬研藤四郎が背中をとん、と叩いてきて、山姥切国広は自分が行くというまで彼等に逃がすつもりがないことを悟った。
「どうして俺に押し付けるんだ…!」
「まあまあ。ほら、風邪の時はあったかくしてやんねえとな」
「やっぱり栄養も摂らないとね。ねぎ味噌と畑で採れたみかんがあるから、持っていって」
「だから、俺はやらないと…!」
▽
「はあ……」
山姥切国広の抵抗も虚しく、「何のための近侍か」との意見に諾う奴が多く逃げた先々で捕まり、あれよあれよと言う間に審神者の寝室へとたどり着いてしまった。
「全く…人の話を聞かない奴ばかりだ……」
一体誰に似たんだか。部屋の中にいるであろう人物を思い浮かべながら、山姥切国広は障子を開けた。
「!」
そこには、想像よりはるかに辛そうな我らが主が、しどけない寝間着姿で布団に横たわっていた。
「……だれか、いるの…?」
「…山姥切国広だ。あんたが風邪だと聞いてな」
「あー…光忠だな…1人で大丈夫って言ったのに…」
なまえはのそのそと力なく起き上がると、山姥切国広の手に持っているものに気付いたのか立ち上がって受け取ろうとするので、山姥切国広はそれを阻止すべく、いそいそと机に向かった。
机の上にある堆い書類と、一寸前まで仕事を消化していたかのような状態を見て、山姥切国広は息を呑んだ。
「後で食べるね…わざわざごめんね、使いっ走りみたいな事させちゃって」
「…これくらい、気にしなくていい。それより、あんたは動くな。寝てろ」
「そんなに心配しなくても大丈夫だよ、だいじょぶ…」
ふらりと足元がぐらついて、なまえの身体が倒れこんだ。咄嗟に山姥切国広が抱きとめたものの、伝う熱は酷く、体は汗水漬くで、息も絶え絶えのようだ。
「無茶をするな!…昨日も、遅くまで書類を片付けていたんだろう」
「あはは…皆には、内緒にしてね…」
山姥切国広は燭台切光忠が「でも、」と言った時の表情を思い出して、困ったように笑うなまえに微笑み返した。
「内緒にしなくとも、そんなこととっくにばれているさ」
「…それは、ちょっと……恥ずかしい、なあ……」
「恥ずかしいなら、早く治して励むんだな」
からかうようにそう言えば、なまえは目を細めて頷いて、そのままゆっくりと目を閉じた。
「………寝たのか」
すやすやと寝息を立てて眠るなまえの稚い表情を見ながら、山姥切国広は名状しがたい感情に襲われていた。なまえを布団に横たわらせて、面映い気持ちを感じながら、胸元をぎゅっと握りしめた。微かに微笑むなまえの髪を、そっと空いている手でかき分ける。
「…早く良くなってくれよ。あんたがいないと、俺は……」
まんじりともせず傍に居続けた山姥切国広の小さな本音は、誰の耳に届くこともなく、ただただ気付きはじめた自分の気持ちを深めるばかりであった。
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