拒絶




「君は嘘をついてる。」


唐突に、断りもなく隣に腰かけた白衣の女が、そっと笑いかけてくる。局内のトレーニングルームを出て、少し休もうと休憩室の椅子に座り込んだ時だった。思わず内心で舌打ちを鳴らす。見透かすような胸糞の悪い、真っ直ぐな目。俺はその目が大嫌いだ。

「セラピストは嫌い?」

「今日のカウンセリングは終わったはずですが。」

「個人的に、話しかけてるのよ。」

セラピストとはよく言ったものだ。CCGも、もっとまともな奴を雇えばいいものの。何故こんな、ただ話を聞くだけの無能な女に金を払うのだ。臨床心理士なんて、精神科医の成り損ないにすぎない。そんなに若くもないくせに、小綺麗に若作りなんかして。どうせ金のために適当に仕事をしてるに決まってる。

「規則だから、毎回仕方なく来てくれてるのよね。」

「…………。」

「本当は馬鹿みたい、こんなの必要無いって思ってるんでしょう。」

クインクスには、定期的なセラピストによるカウンセリングが義務付けられていた。施術による精神的負担の緩和、というのが名目だが、要するに"中身"が壊れてないか見張る子守のようなものだ。CCG局内にあるカウンセリング室には、カメラが二台、テーブルには録音機。カウンセリング中は記録を取るのが義務らしいが、そんな場所で一体何を話せというのか。全く馬鹿げている。だから俺はその時間、適当にありもしない話をして事を済ませる。どうやらこの女は、それが気に食わないらしい。

「話したいことは話してますし、貴方は優秀なセラピストです。何の不満もありません。(早く失せろ。)」

取り繕うのは得意だ。これまでもそうやって生きてきた。こうするのが一番、手っ取り早く目的に辿り着ける。そのはずなのに、この女が俺に向ける視線ときたら、どこか疑念を持った慈悲深い眼差しなのだ。

「……今は何の記録も取ってないのよ?」

「だから何です?僕は嘘なんてついていませんが。」

言えば、彼女はどこか悲しげに笑う。なんだか哀れみを抱かれているように感じて、苛立ちが募るばかりだ。人を知ったふうに偉そうに。俺のことなんて、何もわかってないクセに。

「私は君の、力になりたいの。」

「充分力になってくれてますよ。それでは僕はこれで。(しつこいんだよ。)」

苛立ちを抑えつつ、さっさとその場を後にする。この女は、ただのお節介焼きの偽善者だ。どうせ生温い環境で、ぬくぬくと育ってきたのだろう。なんだかあのメンター野郎に何処と無く似ている。知ったふうな口を訊き、慈悲深く他人に手を差し伸べようとする。そんなのは自己満足の、単なる迷惑行為にすぎない。他人を案じるクセして、所詮人間は、窮地に追い込まれれば自分が一番可愛くなるんだ。信用できない、誰も。


「瓜江くん、待って。」


再びトレーニングルーム向かっていると、不意に右腕を強く掴まれた。振り向けば案の定、彼女が真っ直ぐに俺を見ていた。一体何なんだ。曇りのない澄んだ瞳。そこに自分が写るのに、言い知れぬ不快感を感じる。

「少し話をしましょう。」

「何も話すことはありません。」

その腕を乱雑に振り払って、踵を返す。しつこい奴だ。何をそこまで執着する?放っておけばいいものの、よっぽどの馬鹿なのか。振り向きもせず、さっさと歩き出す。さすがにもうついてこないだろうと思ったのに、今度はジャージの裾を掴まれて、俺は足を止める。

「瓜江くん。」

「……うるさい。」

いい加減にしろ。ぶつりと、ついに頭の中で何かが切れた。俺は彼女の方へゆっくりと振り向き、その顔を冷たく見下ろす。


「あんたは、馬鹿か?」


こんな女、取り繕う方が時間の無駄だ。なら方針を変えよう。こいつは上官でも何でもない。どうなろうと知ったことではない。いっそのこといびり倒して、辞任にでも追い込んでやる。


「あんたみたいな女は、今日の夕飯の献立でも考えていればいい。たかがセラピストが余計なことをするな。」


吐き捨てるように、そう言ってやった。怒るか?それとも泣くか?けれど彼女は、どこか安心したように優しく微笑んだだけだった。


「……怒らせようとしてるのね。」


どこか嬉しそうなその態度に、思わず歯軋りをする。気に食わない。腹が立つ。嫌いだ、こんな奴。


「俺に話しかけるな。」


またその手を振り払って、俺はさっきよりも足早に、逃げるようにその場を後にする。気分が悪い。あのメンターも、そいつにくっつく半喰種女も、馬鹿な同僚も、黒磐のクソも、この女も。どいつもこいつも、皆嫌いだ。いなくなってしまえばいい。



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寝耳にミサイル