決心
「あの子はダメになる。」
冷たい壁に寄りかかりながら、私はため息交じりにそう言った。柴医師の研究室は、いつもながら広くて薄暗く不気味だ。レントゲンの影に指を当てながら、彼は渋々と口を開く。
「……それを私に言ってどうする?」
「あなたは医者でしょう。最低限の配慮をして欲しいんです。彼はあのままだと危ない。」
クインクスたちの施術を行っているのはこの人だ。今後の方針をどうするのかは知らないが、クインクスである彼、瓜江くんには大きな問題がある。それを伝えておかなければならない。
「何が問題なんだ。彼は討伐数も申し分なく身体の状態も良好だ。少し素っ気ないが態度も普通に見える。」
「普通に見えるけど、普通じゃないんです。あの子は誰も信用してない。それが承認欲求に現れてる。」
「……承認欲求か。彼は父親を亡くしているからな。」
瓜江久生の父親は、捜査官として殉職している。それが理由なのか、無表情な見た目の奥に、黒い、燃えるような感情があるのに気づいてしまった。それに加え、彼は平気で嘘をつく。カウンセリングでも、上手く話せているつもりなのだろうが私にはわかる。いつも適当なことを言って終わらせていることなどお見通しだ。彼は本音を誰にも話さない。いや、話すことができないのだろう。そういう人間の末路を、私はよく知っている。
「彼はクインクスとしてやっていくには危険すぎます。いずれ自分自身を制御できなくなって、きっと壊れてしまう。」
「……それもまた仕方のないことだ。」
「仕方がないで済ませられないでしょう!」
あまりの素っ気のない言葉に、思わずカッとなってしまう。いい歳して取り乱すなんてみっともない。けれど、彼を見ていると昔の記憶まで思い出されて、つい感情的になってしまう。セラピストだというのに、情けない。
「……君は随分とお人好しになったようだ。それとも、瓜江君と"彼"を重ねているのかな。」
痛い所を突かれ、私は押し黙る。その通りだ。瓜江くんはあの人によく似ている。決して感情を表に出さず、独り善がりに前だけを見ていた。本当は寂しくて不安で仕方がなかったのに、私はそれに気づくことができなかった。
「……そうかもしれません。」
「そんなに心配なら、手っ取り早く彼と信頼関係を築けばいい。」
「どういう意味?」
「幸いにも君は女だ。いくらでも方法はある。」
「……プライベートに干渉しろと?」
「君は医師ではない。失うものが何もないと言うのなら、やってみる価値はある。こんな薬を私に処方させるくらいなら、君もそろそろ前に踏み出したらどうかね。」
押し付けるようにして渡された、薬の入った紙袋。私はそれを握りしめ、踵を返してその場を後にする。どうするべきか。悩みに悩み、足早に廊下を歩く。第一カウンセリング室。そこのドアを開けて閉めた時、ついに決心した。携帯を取り出してダイヤルを押し、ドアを背に凭れかかる。ちょうど4回目のコールの後、爽やかな声が耳に聞こえ出した。
『はい。佐々木です。』
「佐々木くん、こんにちは。セラピストの香島だけど…今電話大丈夫?」
『大丈夫ですよ、ミズキ先先。どうかしました?』
「瓜江くんの次の休みの日、教えてくれる?」
back top next
寝耳にミサイル