#01



こんなはずじゃなかった。私の計画は全て失敗に終わった。積み上げてきた苦労も、受けてきた屈辱も、何もかも無駄になったのだ。赤い髪を揺らして、笑顔を浮かべる悪魔が私の首を締め上げる。

「殺すと思うか?俺がお前を。」

試すように問うクセに締め上げる手の力は増すばかりで、言葉を発することもできない。頭に血が上り、手足は硬直し、失神しかけたところでその手が放される。床へと投げ出された私は必死で空気を肺に送り込み、嗚咽を零し床に這った。

「そう簡単には殺さねぇさ。全く、女の裏切り程腹が立つもんはねぇな。」

赤い悪魔は鼻で軽く笑い、私の腹を蹴り上げた。あまりの痛さに呻いて転がると、まるで虫ケラだと彼は嘲笑い、私の頭を乱雑に掴むと、自らの顔へと近づけた。

「お前はもう"仲間"じゃねぇ。"奴隷"に降格だ。」

「キッ…ド…」

「今更謝っても遅ぇな。」

目の前で不気味な微笑を浮かべた彼は、左手にあるものをちらつかせる。手錠だ。内側に海楼石を埋め込んであるそれは、前に一度だけ嵌めまれたことがある。恐怖とともに反射的に後ろへ引いたが、彼の手はそれを許さない。しかしてっきり殺されると思ったが、そうではないらしい。ならばなんとか逃げなければ。拘束されては死と同じようなものだ。

「冗談が通じない人。」

「嘘つくんじゃねぇ。お前は本気だった。そんなに俺を殺したかったとはなァ。もう一度政府の犬にでもなるつもりか?」

まだ逃げる力なら残っている。ただ成功する確率はかなり低い。一度船尾に周り、小船を拝借して海へ出ることができればまだ希望はあるが、船尾にまでたどり着けるかも怪しい。しかし、やるほかない。

『リジェクト!』

最後の力を振り絞り、光を浴びながら私は走った。船長室を出て甲板へ、そうして船尾へ。「捕まえろ!」その声は彼から連鎖しあちこちで響いて、キラーがいち早く私の後ろについたのを感じた。なんとか走り抜け、船尾にぶら下がったいくつかの小船のうちの一つに乗り込んだ。そして靴に仕込んだナイフで小船を吊るすロープを切り、船を落下させる。私の勝ちだ。そう確信した。しかし、海に着水した瞬間、猛スピードで何かが飛んできた。突然のことで避けることもできず、肉の裂ける鈍い音とともに、それは思い切り私の腹を貫いた。船の手摺部分の木片だ。飛んできた方向に目をやると、案の定、甲板に立つ彼と目が合った。殺してやる、と言わんばかりの野獣の目が、こちらをギロリと見つめていた。呻かずにはいられないほどの腹部の猛烈な痛みに耐えかねて、私は膝をつく。追ってくるかもしれない。そう思った矢先、ふと空を見上げれば、怪しい曇天が広がっていた。

「嵐だ!嵐が来るぞ!!!」

助かった、とはとても言えなかった。急いで進行方向を変え嵐に備える船員たち。相当大きな嵐がきそうだ。小船ではとてもこの嵐には耐えられそうにない。それにこんな深手を負ってしまっては、どのみち助からないだろう。しかし、あの船で奴隷として生きるよりは、海で死んだほうがマシだ。船員へ命令を下すキッドが、もう一度こちらに振り返る。その顔は意外にも、先程とは打って変わって憤怒とは程遠い、どこか物悲しげなものだった。彼の口がそっと動き、私は目を凝らしてそれを見つめた。

『あ ば よ 。』

声は聞こえない。でもそう言ったのだろう。彼は踵を返して仲間とともに船内へ消えた。暗くなる空、押し寄せる荒波、唸り、体ごと吹き飛びそうなほどの風。去っていくキャプテン・キッドの船とは対照的に、この小船はあまりにちっぽけで頼りない。痛みのあまり感覚さえもなくなった腹部から、生温かい血が流れ出す。もうこれで終わりなのだと確信した。果たせなかった野望を抱え、私はここで死ぬのだ。


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寝耳にミサイル