#06
いつもは賑やかな食事の場が、今日は通夜のように閑散としている。食器の擦れる金属音だけが寂しく響き、居心地が悪い。向かいに座るペンギンとベポがチラチラと視線をやるのは当然、俺の隣に座っている女だ。視線など気にもとめず、平然とリゾットを口に運んでいる。
「おい……食事中は私語厳禁なんて誰が言った?」
「いや……なんか…喋りづらくて……。」
ペンギンが取り繕うにも無理のある、引きつった笑みを浮かべる。この女は懸賞金2億の海賊である上に"女"だ。緊張するのも無理はない。やはり置いておくのは危険だと、反対するクルーの意見を押し切ってこうなったのだから。ベポは相変わらず、見張るように女を凝視している。すると彼女はベポに視線をやり、銀色の髪を耳にかけると、目を細めてゆっくりと微笑んだ。
「なあにクマちゃん。サーカス芸でもやってくれるの?」
「……お、おれは芸なんてやらないよ!」
「ベポ。相手にするな。」
どこか挑発的な表情は色気を帯びていて、ユースタス屋が隣に置くのも些か頷ける。人を食ったような態度と太々しさはさすが海賊というところ。町娘とはわけが違う。
「喋る白熊なんて珍しい。ここはハートのサーカス団?」
「軽口はその辺にしろ。海に放るぞ。」
「心中ね。楽しそう。」
女は見せびらかすように鎖で繋がれた腕を振り、じゃらじゃらと音を立てる。ペラペラとよく口の回る女だ。味方につければ利用価値はありそうだが、うっかり真っ二つにし兼ねない。そんな女の隣に座るキャスケットは、さっきから食が進んでいない。
「ナイフとか飛んで来ないよな……?」
「あなたの態度次第。」
半笑いのキャスケットに、女はテーブルに置かれたナイフを手にとって微笑む。どうやらクルーの反応を面白がっているらしい。性質の悪い女だ。
「キャプテンまじでこの女大丈夫なんですか!?」
「どうってことねェ。ただの女だ。」
「そんなこと言っていいの?これって潜水艦でしょ。早く潜らないとぶつかるみたいよ。」
突然の女の意味深で不可解な発言に、クルー全員が固まった。当の俺も、眉間に皺を寄せる。
「……何だと?」
「キャプテン!南西の方角に海軍船が5隻!」
テーブルに乗せた電伝虫が唐突に喋り出す。この女は予知能力でもあるのか。だがそんなことを考える暇もない。
「応戦は面倒だな。潜るぞ。ペンギン、お前が操縦しろ。」
「了解!」
一通りクルーたちに指示をすると、食卓から一斉に人が散っていく。普段は燃料節約のため潜水はしないが、仕方ない。5隻くらいなら潰せるが海軍となれば面倒だ。船内が騒がしくなり、結局食卓に残されたのは食べ損ねの昼飯と繋がれたこの女、そして俺だけだ。
「あなたは行かなくていいの?」
「俺は食事中だ。」
「2分後に砲弾で吹っ飛ぶっていうのに呑気ね。」
またしても意味深な言葉を口にし、女は微笑みながらコーヒーを啜る。予想以上にできる奴だ。俺は一つため息を吐いて腕を組み、椅子に深く腰掛け直した。
「……何故わかる?」
「聞こえたのよ。海軍はとっくに気づいて、砲弾の準備を始めてる。」
思わず女を凝視する。こいつの能力は"拒絶"だったはず。なら考えられるのは一つだけ。
「………見聞色か。」
まさか覇気まで持ち合わせているとは。敵に回せば面倒なことになりそうだ。女は肯定とばかりに俺を見て口端をあげると、脚を組みテーブルに肘をつく。
「潜水は間に合わない。砲弾を防いであげるから、代わりに取引しない?」
「砲弾くらいお前でなくても防げる。」
「じゃ、いってらっしゃい。」
女はまたもや腕を振って鎖をじゃらじゃらと見せびらかす。砲弾など甲板に出て能力を使えば容易に防げるが、つまりこの女は、ここから動く気がないらしい。そして互いの腕は繋がれている。そう来るわけか。無理矢理引きずって行くのも悪くないが、俺の趣味じゃない。それに能力で抵抗されればそれまでだ。
「……条件はなんだ。」
癪だが、ここは女の話に乗る他ない。まるで爆弾のような奴だと、内心で悪態をつく。
「500万ベリー。」
「あ?」
「島に着いてからの資金が欲しいの。500万で砲弾を止めてあげる。」
何を持ち出すかと思えばくだらない。金の話らしい。金なら申し分ないほど持ち合わせているが、たかが砲弾を防ぐ程度で500万とは随分と強気だ。
「ふざけんな。100万で充分だ。」
「なら400。」
「100だ。」
「450。」
「上がってるぞ。」
「下げて350。あと25秒よ。」
「仕方ねェ……。」
引き下がりそうもない女に、俺はため息をつく。ここまで生意気で食えない女は滅多にいないだろう。
「350万ベリー。」
まるでオークショニアのようにそう言ってスプーンでテーブルを2回叩くと、女は満足気に微笑んだ。そしてテーブルに両肘つくと、こめかみに手を添えて目を瞑る。
「"リジェクト"」
小さく囁くと、女から火花のような光の粒が弾け飛び、橙色をした半透明の、薄い幕のような平面体が作り出される。それは大きさを広げながら物や壁をすり抜け、彼女がふっと息を吐いた途端、前方へと飛び出して行き見えなくなった。そして次の瞬間には、キィと硝子が軋むような奇妙な音と、刀と刀がぶつかり合うような反発音が数発聞こえ出す。その数秒後には案の定、爆発音が連続した。
「……跳ね返した。1隻当て損ねたけど、引き返すみたい。」
ゆっくりと目を開けた女の顔は少し赤く染まり、じっとりと汗をかいている。心なしか息も荒い。便利な能力だが、どうやらかなり体力を消耗するらしい。
「使えるな。さすがユースタス屋の女。便利な能力づくしってわけか。」
「その"ユースタス屋の女"っていうのやめてくれる?吐き気がしちゃう。」
吐き捨てるようにそう言って、女は髪を無雑作に掻きあげる。苛ついているその様子に、よほどの確執があると見える。
「喧嘩別れか?」
「元彼のことなんて聞かないでよ女々しい人ね。」
かと思えばそんな軽口を叩くのだから、実にしたたかな女だ。
「そりゃ失敬。腹に風穴開けられたんだったな。思い出して傷が痛むか?」
皮肉を浴びせたはずが、女は悪戯に微笑むと胸に手を当てて戯けてみせる。
「痛むのは心の傷。」
「……魔女が純情ぶるな。」
「あら、慰めてくれないのね。」
眉を下げて悲しそうな顔をするその姿に、騙される男はたくさんいるのだろう。能力を持ち合わせている上に体術も使え、女の武器も使える。ユースタス屋がこの女を手放したことに驚きだ。こうなると、彼らに生じた確執が気になるところだ。
ようやく潜水し始めたらしい船体が、微かに揺れながら海に沈んでいく。そんな中、女の少し赤く染まった顔がみるみるうちに青ざめていくのに気づく。ため息をついて背もたれに寄りかかるその様子を、訝し気に眺める。するとその視線に気づいたのか、女は気の抜けたように笑う。
「万能じゃないの。疲れるのよ、これ。」
「……今なら殺せそうだ。」
「好きにすれば。」
どうでもいいと言わんばかりの投げやりな笑みに、拍子抜けする。能力は使えるが、持久性に欠けるらしい。それなら今無理をして使う必要などなかっただろう。一体、この女は何を考えている?軽口を叩く仮相の裏には何があるのか。段々と興味が湧いてくる。味方につければ使えるが……色々と考えるところがありそうだ。次の島に着くまで、じっくり値踏みさせてもらうとしよう。
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寝耳にミサイル