#05
どうしてこんなことになってしまったのか。鎖で繋がれた腕をぶらぶらと振ると、向こう側の重みが伝わってくる。船長室のベッドに踏ん反り返るトラファルガー・ローと、その近くのソファーに寝転がる私。繋がれた片腕を互いに伸ばしてギリギリまで離れた位置に居座る姿は、あまりにも滑稽だ。段々と伸ばしている右腕が疲れてくる。けれどこの男と同じベッドに寝るなんてゴメンだ。危うく永眠し兼ねない。
「おい。こっちへ来い。」
「絶対に嫌。」
「キングサイズのベッドじゃ狭すぎか?ダイエットしねェとな。」
「笑える。」
読書をしながら皮肉を浴びせてくるトラファルガーに、無表情で受け応える。なんとも複雑な心境だ。彼は敵の海賊の一人である私を殺しもせずに助け、次の島で降ろすと言う。海賊ともあろう者が、自らの利にならないことを何故するのか。彼は何を考えているのか全く読めない、食えない男だ。
「……どうして何も聞かないの?」
「聞いてほしいのか?どうせ答えねェだろ。」
「まぁそうだけど。」
本から目を離すことなく、彼は淡々と喋る。力尽くで拷問すればいい話なのに。とは思うが、口に出したら実行し兼ねないのでやめておく。
「そんなことより俺の左腕が限界だ。
早く、ベッドに、上がれ。」
ふとこちらに視線をやって、犬に命令するかのように人差し指でベッドを叩く。強調された言葉に、少しの苛立ちを感じる。こっちだって好きでこうしているわけじゃない。腕だって痛い。
「私を誘ってるわけ?お上手だこと。」
「安心しろ。中古品には手をつけない主義だ。ユースタス屋と穴兄弟なんて御免だからな。」
皮肉を浴びせ返したつもりが、明らかな侮辱を食らってしまう。海賊だから当たり前と言えば当たり前だが、気品のない癇に障る物言いだ。キッドはどちらかというとすぐ手が出るタイプだが、この男は口で言い負かすのが得意らしい。内心穏やかではないが、私は取って付けたような笑みを浮かべた。
「今すぐその首へし折ってやりたい。」
「ゴールドロジャーにでも頼むんだな。」
鼻で笑う彼に苛立ちながらも、なんだか拍子抜けする。てっきり慰み者にでもされるかと思ったが、それも違うらしい。それならと恐る恐るソファから降りてベッドへと移り、そっと彼を跨いで隣に寝そべった。できるだけ離れて距離をとっても、さっきよりはずっと近い。思わず顔を顰めると、そんな私を見て彼は口端を上げて笑う。
「そうだ。素直にしてろ。見た目は悪くねェ。」
「……悪くない?」
思わず眉間に皺を寄せた。一言余計なことを言う奴だ。見た目が売りだとキッドからのお墨付きがついているというのに。
「ご不満か?いい女は死ぬほど見てきた。」
「ならいっそのこと死ねば?」
「死ぬより殺す派だ。」
私のことなどどうでもいいといったふうに、彼は本に視線をおいたまま淡々と喋る。食えない男は嫌いだ。今まで力で勝てない相手には女の武器を使って懐に入り込んでいたが、彼にはそれすらできそうもない。
「ああ言えばこう言うのね。その気になっても絶対に乗ってあげないから。」
そう言ってロングのTシャツの裾をちらりと捲ってみせるが、案の定彼は鼻で笑うだけだった。
「お前がその気になることはあっても、逆はない。」
「……言ったわね。」
「ああ、言った。」
「触れた方が負けよ。」
このまま次の島まで待ち続けるのも退屈だ。少し面白くするのも悪くない。挑発するように言ってみせると、彼は顔を顰めた。
「鎖で繋がれた仲でか?運任せにも程がある。」
「"恣意的"によ。誘惑に負けて触れた方が負け。」
彼の方に身体を向け、笑みを浮かべて見せる。襟ぐりが大きいせいではらりと見えた胸元に、彼が視線をやる。なんだ、しっかり見てるじゃないか。彼は怪訝な顔をして一つため息を吐くと、渋々と口を開いた。
「……何を賭ける?」
「勝ったら船長は私。」
我ながら良い案だと微笑むが、彼はまたしても鼻で笑って本へと視線を戻す。
「そん時はお前を殺して俺がまた船長だ。」
「負ける可能性を認めたのね。」
今のは私の勝ちだ。視線は本に向いたままだが、眉がぴくりと動いたのを見逃さなかった。
「……少しは頭が回るな。」
「どうも。で、あなたは何を?」
言えば私に視線を移し、じっくりと上から下まで見つめてくる。
「……そうだな。」
乱雑に本を床に放って、彼もまた私の方に身体を向ける。わずか数十センチの距離にある彼の顔は、なかなか端正でどこか色気がある。確かに女には困らなそうだ。私の目をじっと見据えたまま、彼はそっと手を伸ばして人差し指を私の鎖骨の下に添える。
「お前の、心臓をもらう。」
真顔でそう言う彼に、不意のことでどきりとして固まる。殺すという意味なのかなんなのかよくわらない。それより、微かに触れている指先が気になる。
「触れてますけど?」
揚げ足をとるように、冗談めかして触れた指先を指差す。すると彼はわざとらしく顔を顰めた。
「お前処女か?」
「……馬鹿じゃないの。」
皮肉屋には何を言っても無駄らしい。「これくらい触れたうちに入らない、お前はガキか」と馬鹿にしているのだろう。ムカついて足元の毛布を乱雑に引っ掴んで、自分の方にだけ引き寄せる。そして彼とは反対を向いてギリギリまで距離をとった。背後からくつくつと笑う声が聞こえるのが面白くない。私は苛立ちを逃がすように大きなため息を吐いた。
彼は不思議だ。最初こそ見た目の威圧もあり恐怖を感じたが、実際話すとそうでもない。海賊らしい面もあればそうでもない面もあって、とにかく異質な存在だ。どんな男なのか、もっと知りたくなってしまった。拾われたのは幸運だったかもしれない。錠のついた手首を摩りながら、私はそっと目を瞑った。
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寝耳にミサイル