アメイジング・グレース

あれから三日後、ハンドベルやバイオリンを携えて阿笠さんのご自宅を訪ねれば、この間の子達に加えて茶髪の女の子いた。名を灰原哀ちゃんと言うらしい。二日前から阿笠さんが面倒を見ているということだった。


『哀ちゃんもハンドベルやってみる?』

「.......遠慮しておくわ。興味がないの。」

『.......そ、そう?もしやりたくなったら言ってね。』

「......ええ。」


クールすぎる。彼女と上手くコミュニケーションがとれない。小学一年生といえばつい最近まで幼稚園児だったはずだ。けれど、私よりも大人びて見えるのは一体どうしてだろう。やはり最近の小学生は怖い。


「ーーーお姉さん、大丈夫?」

気遣うように見上げてきたコナン君に何とか笑みを浮かべると、彼にはうちにあった分数バイオリンを渡した。加えて、ソのベルを元太君、シのベルを歩美ちゃん、レとオクターブ上のレの二つのベルを光彦君に手渡す。
ハンドベルの子達に、入るタイミングや鳴らし方などを簡単に説明をすれば三人ともすぐにマスターしてくれた。
さて、次はコナン君だ。

『ーーーとりあえず、コナン君。いつも弾いてるような感じで一度通して貰える?』

「はーい。」


彼はバイオリンを構えた後に一度深呼吸をし、そのまま両眼を閉じた。


『ーーーっ?』


眼を閉じたままアメイジング-グレースを弾く彼は、とてもじゃないけれど小学一年生のレベルではないように感じられた。恐らく、先天的に耳が良い方なのかもしれない。


所々ピチカートが固いのは癖なのか.....その部分は少し引っかかったものの全体的にとても良い演奏だった。



「.......どうかな?」

『うん。凄く上手でびっくりした。お世辞抜きで多分一年生の時の私より上手だと思う。』

「........う、わーい!」

一瞬戸惑いを見せたコナン君だったけれど、すぐさま諸手を上げて喜びの声をあげた。

「コナン君すごーい!」

「小春さんより上手だなんて、将来バイオリニストになれるんじゃないですか?」

「オメー、歳ごまかしてるんじゃねぇの?」


元太君の言葉にコナン君が空笑いを零しているのを横目に楽譜を眺める。

『ね、コナン君、そのバイオリンの弾き方ってもしかしてホームズの真似をしていたりする?無意識、なのかもしれないけど。』

「ーーーーえ?」


練習記号C Dの小節を彼に指し示す。


『ここの小さい音符を弾く時に、多分爪を立てて引っ掻くようにしてないかな?確か、ホームズって弦を引っ掻くのが好きだったって、この間貸してくれた本に載っていたから−−−その影響なのかなって。』


「ーー言われてみれば.....」

『その弾き方は、速いパッセージでよくするんだけどね−−−』

私も自身のバイオリンを構えて練習記号Cからのフレーズを弾いてみる。最初は爪を立てるように、2回目は少し指を丸めて。

「全然音が違うねー!」

「そうか?どっちも一緒に聞こえたぞ。」

「全然違いましたよ、元太君。1回目は少し音が固く聴こえて、2回目は柔らかくなりました!」


子供達の言葉を聞きながら、コナン君に向き直る。


『私が気になった所はそこの部分だけかな。ゆっくり伸びやかな曲だから、2回目の弾き方をするのがメジャーではあるんだけれど、コナン君の弾き方も面白味があって良いかもね。』


「......お姉さんとしてはどっちの弾き方をして欲しい?」


『や、そこはコナン君に任せるよ。弾き方を直して欲しくて言ったんじゃなくて、自分の癖を知っているのかなって思っただけだから。知ってるか知らないかでは大きな違いでしょ?』


そう告げれば、彼は納得したように笑った。







「小春お姉さん、今週の土日って空いてる?」


練習後に歩美ちゃんに袖を掴みとられた。阿笠さんに入れてもらったコーヒーカップをテーブルに置いて、文和さんとした打ち合わせを思い起こす。確か土曜は何もないけれど、日曜はバイオリンの個人レッスンとパンフレット用の写真撮影があったはずだ。


「俺達、土曜はスキーをして、日曜はサッカーの試合を観に行くんだぜ!」

『今の季節ってスキーできるの?』

「春スキーって聞いたことない?場所によっては5月くらいまでできる所もあるんだよ。」

コナン君の言葉にへぇ、と頷く。
哀ちゃんを含めた子供達5人と博士でバスに乗って移動するそうだ。


「小春さんも一緒に行きませんか?」


『そうだね.......日曜は用事があるからサッカーは観に行けないけれど、土曜だったら.....』


私は断りを入れて一度席を立つと、少し離れた所にいる阿笠さんや女性雑誌を眺めている哀ちゃんに声をかける。一応、私の同行について二人に許可をもらっておきたい。


「−−−どうして私に許可を求めるの?」

「こ、これ.....哀君。」

『私が参加することで、もし哀ちゃんが楽しめないようだったら嫌だな......と。ほら、私、音楽くらいしか取り柄がないじゃない?哀ちゃんが好きそうな話しができるかどうか.......いまいち自信なくて。』


「..........。馬鹿ね。そんなこと気にしないで貴女の好きにしたら良いんじゃないの。」


「−−−人数が多ければ多いほど楽しいしの。勿論ワシは大歓迎じゃよ。」


無事、二人に許可をもらえた私はホッと息をつく。
明日は秀一さんと久しぶりに会う約束があるため、次に彼女達に会うのはスキーに行く当日になりそうだ。スキー器具一式やウェアーは全て現地調達で良いか。きっとレンタルサービスくらいやっているはず。


『−−−そしたら、そろそろ私は帰ろうかな。』


土曜日当日は恐らくスキーで疲れて練習もそれほど長くはできないだろうから、今日中にレッスンの課題を復習した方が良いのかもしれない。
阿笠さんに待ち合わせのバス停の場所と時間を聞くと今日は早めにお暇することにした。

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