魔法使いは誰?

無事に高校に入学した私は、未だ着慣れていない制服を翻しながら河原への道筋を歩く。



『..........はぁ。』



来週末に開かれるチャリティーコンサートの曲目をどうするか.....決められずにいたのだ。そして、更に私を悩ませているのが、コンサートの対象が子供であるということ。それなら聞き馴染みのあるアニソンや童謡をモチーフにした方が良いのだろうか。中々纏まらない考えに、溜息がやまない。


『ーーーへぇ、』



そして目的地である河原にたどり着くと川を挟んだ両脇には、ソメイヨシノの桃色が見えた。まるで道筋を作っているような景色に思わず笑顔になる。


『ーーー桜が綺麗.....』


憂鬱な気分で授業を受けていた私を、クラスメイトが気を遣ってこの河原を教えてくれたのだ。
明日、早速お礼を伝えなければ。



静かにバイオリンを構える。
瞳を閉じて、ゆっくりと弓を引いた。


オズの魔法使い"虹の彼方に"


伸ばされる済みきった音に耳を傾け、身体中から込み上げる懐かしさに胸を震わす。


かかし、ライオン、ブリキの人形とともにオズの魔法使いを訪ねる少女のお話。
色々不思議な出来事があったが、全ては夢で………目が醒めたら、かかしやライオンやブリキ人形はいつも彼女を可愛がってくれる農園のおじさんたちだったという、所謂青い鳥物語だ。


幼い頃に初めて連れていってもらったミュージカル。それが"オズの魔法使い"だった。それがどんなに幼く過去のものであっても、私の中では色褪せることを知らない。私の大切な思い出だ。特に、印象深かった少女の口づさむ"虹の彼方に"は、当時、まだ習い始めて間もなかったバイオリンを熱中させてくれる原因にもなり―――私が、生まれて初めてバイオリンで弾いた曲だった。



「姉ちゃん、バイオリン上手ぇな!」


「元太くん、上手なのは当たり前ですよ。この人は今日本で注目されている美少女バイオリニストの緑川小春さんですよ?」


体格の良い男の子と、ソバカスが印象のヒョロリとした男の子に話しかけられる。特に後者の子は私のファンでいてくれたようで、握手とサインを求められた。


「歩美、さっきの曲聴いたことある!!」


「オズの魔法使い"虹の彼方に"。ハロルド・アーレン作曲の歌で、1900年に発表された童話を基にしているミュージカル"オズの魔法使い"の少女役が井戸端で彼方を見詰めながら歌う、ドリーミーなポピュラーソングとして有名だよね。」


瞳を輝かせながら歩いてきた女の子と、年齢の割に博識な知識を持ち合わせている眼鏡の男の子もやってきた。

『ーーーえ、と。初めまして、』

帝丹小学校の一年生だという彼らは各々自己紹介をしてくれた。彼らは同時に少年探偵団を名乗っており、シャーロックホームズのイレギュラーズのようだねと言って微笑むと、眼鏡の男の子ーーーコナン君が瞳を輝かせた。


「お姉さん、ホームズが好きなの!?」

『ーーーや、高校の英語の授業の課題で副読本として原作を丸ごと一冊出されたことが何回かあるの。それと、知り合いがホームズやミステリーものが好きだから最近息抜きに読み始めたばかりで。』


「ってことは、お姉さん、原本も読める?僕読んでもらいたい話しが何冊かあるんだけど!」


ね、ね?良いでしょ?とこの後の予定を聞かれ、素直にフリーであることを伝えればーーー私の意思を聞かれる間も無く彼に手を引かれて寄り道をすることになった。


「コナン君って時々話し方が変わりますよね。」

「コナン君、ホームズ大好きだもんね。仕方ないよ。」

「ったく、コナンはガキくせーな。」


後ろからついて来る子供達の言葉が聞こえたのだろう、私の隣を歩くコナン君はうるせぇよと密かに呟いていた。なんだか最近の子供って怖い。


「ところでお姉さんはどうしてあの河原にいたの?その制服って電車で二駅隣の高校の制服でしょ。」

『ーーーあぁ、クラスメイトに勧められたの。気分転換に行ってみたら?って。』

「気分転換?」

『うん。子供対象のチャリティーコンサートがあって、何人かの先輩方と一緒に出ることになったんだけどね........中々曲が決まらなくて。』


「それで、あの曲を?」

コナンの問いかけに頷き返した。ソロや先輩方とのトリオの曲は既に決めてあるのだけれど、今の子達がどういったものを好むのか.....みんなで頭を悩ませているところだった。


「歩美、さっきの曲が良いなぁ。」

「俺はヤイバのオープニング曲が良いと思うぞ!」

「僕は断然パッヘルベルのカノンですね。」

歩美ちゃん、元太君、光彦君が後ろでそれぞれ案を出し合っている。彼女達の案を頭に入れつつも隣で歩くコナン君の意見も伺った。ちなみに既にカノンはトリオで演奏することになっている。


「僕はアメイジング・グレースが良いな。」


アメイジング・グレース、か。賛美歌・鎮魂歌等諸説あるが、至上の愛という意味のトラディショナルソングだ。

「そういえばコナン君もバイオリン弾けるんだよね!」

歩美ちゃんの言葉に私は彼を見下ろした。


『ーーーもしかして、弾けるの?アメイジング・グレース。』

「え?うん、弾けるよ。お姉さん程上手には弾けないかもしれないけれど。」

彼の言葉に思考を巡らせる。
先輩方に確認しようとスマホでLIMEを打てば、すぐさまGOサインがでたため安堵した。


『ねぇ、私とデュエット.....してみない?コナン君がメロディーで私はサブ。もし、本番失敗しそうになってもちゃんとカバーするから!』

「え.....でも」

『ちなみにみんなはハンドベルとかやってみたいと思う?』

「ハンドベル?」

元太君の言葉に光彦君や歩美ちゃんが、クリスマスの時にテレビでやってるやつだよといった説明をしてくれていた。


「つまり、小春さんと一緒の舞台で演奏できるってことですか?」

光彦君の輝いた瞳に頷く。
そうなるとデュエットではなくクインテットになるのだろうか?




『勿論、出てくれたらお礼もするわ。』

「私、やってみたーい!」

「僕もです!」

「そのハンドベルをしたら、うな重が食えんのか?」

『いいよ。ご馳走する!』

「おっしゃ!やるぞコナン!」

バシリバシリと背中を叩かれたコナン君は静かに空笑いを漏らしていた。


『ありがとう、みんな。でも一応貴方達の保護者の方達にも了承を得てからね。』


はーい!と元気よく返事を返してくれたみんなに、思わず顔が綻んだ。







「え?コナンが小春さんの舞台に?」


コナン君は毛利探偵事務所の所長さんに面倒を見てもらっていることを知った私は、コナン君や少年探偵団のみんなについて階段を昇る。二階にある事務所にお邪魔すれば、毛利小五郎さんという方にソファーにエスコートされた。どうやら彼がここの所長さんらしい。

コナン君が自室からホームズの原本を持ってきてくれる間に、私は毛利さんに先程の提案を説明することにした。


鞄からコンサートのチラシとチケット数枚を彼に手渡す。

「しかし、こいつらが舞台にあがって大丈夫なんですか?折角のコンサート....小春さん達の足を引っ張らなきゃ良いんだが....」

毛利さんが訝しみながら、ソファーに座る少年探偵団を見遣れば慌ててフォローに回った。

『勿論、これから放課後一緒に練習しますし....きっとこの子達なら良い感じにコンサートを盛り上げてくれると思います。万が一のフォローもしますし、この子達に恥をかかせないようにしますので』


そのまま頭を下げれば、毛利さんは慌てたように了承してくれた。コンサートも急な依頼が入らない限りは、娘さんと一緒に観に来てくれるとのことだった。




それから数冊の本を抱えたコナン君と合流すると、事務所を出る。本当はそのまま他の子達の保護者の方達にご挨拶に行こうと思っていたのだけれど、既に三人がメールで親の了解を取ってくれたため、彼らのご両親用のチラシとチケットを彼ら達経由で渡してもらうことになった。

それから彼らの保護者代わりをすることが多いと言う阿笠博士さんにお会いし、同様にチラシとチケットを手渡す。阿笠さんに本番までの練習場として自宅を使って良いとの言葉もいただけたのは嬉しい誤算だった。

明日明後日は夕方から近場でのリサイタルがあるためここに来ることはできないが、その次の日なら空いている。その二日間の間にハンドベルとコナン君用のバイオリンを用意する予定でもあった。
それを子供達に伝えれば二つ返事で了承してくれたので安堵する。


『それじゃ、三日後学校が終わり次第阿笠さんのお家に集合ね!!』


はーい!と本日何度目かの元気な返事を貰うことができた。

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