冒険の合図は?





「オイ、ツカサにヒカリ。テメェら、死にたくなかったら庭の蔵に入るんじゃねーぞ。」


魔法界に来てから三日後、跡部にそう言われた日の夜。


"庭にある禁蔵を探険しに行くぞ"


真夜中に起こされた僕にツカサちゃんからの一言が放たれた――――



今日は満月だった。
誰もが寝静まる真夜中。ゲコーゲコーと蛙が鳴く声を聞きつつ、僕は庭に生い茂る草木から顔をだすと、ツカサちゃんが蔵の辺りをうかがう様子をじっと見つめていた。ツカサちゃんからのOKサインが出るまで、僕はここで待機らしい。


『……ツカサちゃん、どう?』


『誰もいないみたいだぜ。今なら忍び込むチャンスだ。来いよ。』

コソコソ声を潜めて会話をしている今もなお、夏の夜特有の蒸し暑さによって吹き出た汗が僕の背中を伝った。静かにツカサちゃんに歩みより、目の前に佇む無駄に大きな蔵の扉を慎重に開けると、外から流れこんだ風によって舞いあがった埃を直に吸ってしまい僕は思わずケホリと咳をしてしまう。


『大丈夫か?――とりあえず扉、閉めるぜ?』


『うん……』


僕に次いでツカサちゃんが蔵に入り終えると、完全に扉は閉め切られた。絶対的な外部との遮断。隙間一つないのか、外の月光すら入ってこない。それは光だけじゃなく温度もそうで、蔵の内部はヒヤリとするくらいに涼しくて先程までの茹だるような暑さが嘘のようだった。


『気持ちいい…クーラーなくてもここなら平気だね。』

『だな。よし、とりあえず先に進んでみるか。』


真っ暗闇の中、僕とツカサちゃんは埃とカビの混ざった匂いを感じ取りながら手探りで前進していく。視覚が使えないということもあり、途中で何度も転びそうになったけれどもその度にツカサちゃんに助けてもらった。


『――にしても、すっげー数のガラクタ。何に使うんだ、こんなにたくさんさ。』

『ねー。何かホグワーツに入学した後に使えそうな物ってないのかな?』


手探りの結果、この蔵は棚が沢山あって所狭しに物や書物が並べられているということがわかった。近くにある物品を手探りであさりながら、ツカサちゃんは静かに口を開く。



『――使えそうなものねぇ……なーヒカリ、兄貴はもちろん俺達はこの世界において、誰よりも優位な立場にある。なぜだか分かるか?』


『――いろんな情報を持っているから?』


『そうだな。情報はいつの時代でも重要視される。んで、もう一つ…もしハリーポッターの本を読んでいたやつ――つまりこれから先の情報をつかんでいるやつがホグワーツに入学することになったとする。』

『うん。』


『んで、これから入学する際に誰よりも優位にホグワーツで動き回り、かつ有意義に過ごしたいと考えるなら…お前は何が欲しい?』

『……』


ホグワーツで優位に動き回る――つまりは、消灯時間をすぎても動き回れること。それも誰にも見つかることなく。


『透明マントと忍びの地図…僕ならその二つを手に入れたいと思う。』


『あぁ、俺も同意見だ。兄貴達もそう考えると思わねぇか?』


『………………確かに。けど、兄貴達の時代に、忍びの地図はできていないんじゃ?』


『なら作ればいい。悪戯仕掛け人よりも先に。俺達は情報として、忍びの地図が作成可能という事実を知っているんだし。』


『作成可能……。』


『つまり、だ。兄貴達は在学中に忍びの地図のようなものを作った可能性がある。少なくとも、俺だったら作るぜ。けど、屋敷内全てを探したんだけれど、どうも見つからなかったんだよな〜。』


『いつの間に!?――じゃあ、ここに忍び込んだのって…』


『まぁな。――あ、ヒカリ、そこに何かあるみたいだから気をつけろよ。』


『うん。』


『――こういう時、杖があると便利なんだけどな。ルーモス!って一発ぶちかませば良いんだろ?』

『うん。けど、まだ僕らは買ってもらってないもんね。杖。』


『……兄貴からパクっとけば良かったな。杖。』


『跡部のはたぶん無理なんじゃないかな?さすがにさ。あ、僕の兄貴とか―――』


寝ている間に借りられそう…と続く僕の言葉は途中で途切れた。


全身を襲う、圧迫感と息苦しさ。そして、それに伴う妙なあたたかさと背筋がゾクリとするような悪寒。一斉に鳥肌が立つ。

少しずつ暗闇に順応してきた僕らの目に映ったものは本や様々な道具が、ひしめき合い、さらに脈打つその光景だった。それを肌で感じた僕の心拍数が徐々にあがっていく。


"アレには近づきたくない"


本能から発せられる警報音がガンガンなり、ひどい頭痛と吐き気がした。
暑さのせいではなく、妙な緊張感から嫌な汗が一筋流れ落ちたのが分かる。


『…………ヒカリ。一旦ここを出るぞ。なんかヤバい感じがする。』


珍しく焦っているようなツカサちゃんの声。僕はその声を頭の端っこで理解しながらも、まるで金縛りにあったように身体が動かなかった。ドクンドクンと自分の心臓の音が全身から発している心地がして、とても熱い。


『ヒカリ!』


グイっと腕を引かれて、慌てて我にかえった僕はツカサちゃんと共に出口に向かって走りだす。
その時だった。
丁度、もう片方の腕に何かがひっかかるような感じがして思わず振り返る。



――――そこにあったのは青白い"手"



暗闇でも白く不気味に光るソレは紛れもなく"手"で、それなのにその"手"の肘から先は無くて……






『ギャァァァァア!!』



『わ!?いきなりどうした!?』


『ちょちょちょっちょっ!!ツカサちゃん、手!僕の腕!僕の腕に何かいるよぉぉ!』


『腕?……。うわぁぁぁア!!ちょ!?お前、なんてもんつけてんのぉぉ!?』


『あわわわわわ!!とってとってとって!!これとって!ヘルプヘルプヘルプぅぅぅーっ!』


『とりあえず、落ちつけ―――』


ガツンと共に、ツカサちゃんの蹴りが僕をつかんでいた"手"に命中した。それと同時にその"手"はどこかに飛んでいってしまう。


『『……』』


それを確認した僕らは、今度は無言で出口まで再び走りだした。




扉を開けて、倒れ込むように外へ出ると急いで扉を閉めた。ヘタリ…とそのままその場に崩れ落ちる。夏の暑苦しさが再び僕を襲うと同時にあらゆる汗腺から汗が吹き出し、ままならない呼吸を正常に戻そうと肩を上下させた。



『な…なんだったんだ…アレ?ハァ。なん…つーもん…蔵にいやがる…んだ、よ。』


『僕、の…呪われる。』


『それを、言うな…ら、俺、だろ。蹴り、いれた…んだぜ?』



隣を見るとツカサちゃんも同じ有り様で、それに少しだけ笑った。


『あ!』


左手に感じる違和感に気づいた僕はゆっくりと握りしめたままの拳を開く。


『あ?何だ…よ?』


『咄嗟に、持って…きちゃ、た。ア、ハハ。』



そこには、薄汚れた青い石が乗っかっていたんだ。
















―――
――――――
――――――――…


目が覚めた(というか無理矢理起こされた)僕を待っていたのはツカサちゃんで――――僕が今日ずっと会いたくて仕方なかった(と言っても、待ちくたびれて寝ていたんだけれど)彼女で―――そんなツカサちゃんは口元を綻ばせながら言ったんだ。


"冒険の時間だ"



って。
もちろんまだ半分夢心地な僕からしてみたら、"え?"ってかんじで…少しデジャヴュを感じつつもポカンと口をだらし無く開けることしかできなかったわけ。それから、首をゆっくり回しながら周りを見たら、ここが湖近くの草原ではなくてちゃんとグリフィンドールの僕らの自室だってことにようやく気づいた僕は、あの昼寝から随分と時間が流れてしまっていたことに深い溜息をついた。どうりで、さっきからお腹がキュルキュル大合唱しているわけだ。



『せっかくの休日が終わっちゃった……』



勿体ないことをした、とガクリと肩を下ろしている僕。だって、そうでしょ?時間が無限にあるっていうわけでもないし、今こうやっている時間でさえ、きっとかけがえのないものだと思うんだ。しかも、平日ではなく休日。ツカサちゃんと一緒にいっぱい悪戯するつもりだった。不可逆的な青春の一ページがぁぁと嘆く僕に対して、ツカサちゃんは何かを投げつけてきた。それが、僕の頭に当たる。それ程痛かったわけでもないけれど、思わず"痛っ"という声が出た。


『……呑気に昼寝してた奴がよく言うぜ。ホラ、食えよ。腹減ってんだろ?屋敷下僕に作らせた。』

ツカサちゃんの言葉を反芻させながら、僕の膝元をよくよく見てみると、ラップに包まれたそれは今だホカホカと温もりの保たれたおにぎりだった。日本人である僕たちからしてみればとても馴染み深いものであるが、ヨーロッパ文化の根強いこのホグワーツに来てからは未だ食卓に並ぶところを見たことがない代物だ。いや…別にホグワーツの食事にケチつけているとか、そういうのじゃなくてね。もちろん、ホグワーツの食事は申し分ないくらい美味しいよ?グッジョブ、ホグワーツ。グッジョブ、屋敷下僕。

ただ、さ。ちょっとだけね。


『ジャパニーズが恋しくなるっていうか…さ。』


『………。あのさ、いきなり感傷に浸るのやめてくんない?さすがの俺でも対応に困るんだけど。』

『あ、ゴメン。』










(でもさ、今って消灯時間過ぎてるよね?僕ら透明マントも忍びの地図も持ってないし……)


(まー…あん時見つけられなかったのは痛いな。良いんじゃね?そっちの方がスリルあるだろ。とりあえず、杖は忘れんなよ。これから禁じられた森に入るんだからよ。)


(え!?禁じられた森!?マジで!?)


(大マジ。つーか、先生達も兄貴達も馬鹿だよな〜。禁じるって言葉ってさ、余計好奇心を疼かせると思わねぇ?)


(確かに。怖いものみたさっていうか、鶴の恩返しの原理っていうか…)


(……あー、見るなって言われると見たくなるっていうアレか。ま、なんにせよ、念のためいつでも魔法を使える状態にしておけよ。)


(ラジャー。……あ!ねー、ツカサちゃん。)


(あん?)


(ところで、何のために森へ入るの?フィレンツェ&ベイン探し?それともアラゴグ探し?それとも――――)


(アレ?言ってなかったか?キースとフランシスの尾行だ、尾行。)


(――――え?……。えぇ!?)


(反応遅っ。)




こんな感じで始まった僕等の非日常。理想通りにはいかない世の中だけれど、それでもこの後の展開にワクワクしてしまう。よね?

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