頼る
――――――――…


「……#仁菜#。」


ジョットの声に内心ビクビクしつつも、朝になったにもかかわらず寝たふりを決め込んでいた#仁菜#は、そのままベッドの中にいた。


「プリーモ、そろそろ会議が始まる。」


「あぁ。……G、すまないが先に行っててくれ。オレもすぐに行く。」


「…分かった。」


遠くから微かに扉が閉じられる音がすると共に、衣擦れの気配がした。

「……#仁菜#」

#仁菜#の頭の上に静かに置かれる大きく骨張った手。


「この間は……怖がらせて、すまなかった。」


内心心臓が破裂しそうな程、緊張している#仁菜#の心を見透かしているかのように、ジョットの掌が彼女の頭を何度も行き来する。
その幼子を宥めるような触れ合いに、少しずつだが、#仁菜#も平常心を取り戻しつつあった。




「会議が終わった後に、お前と話がしたい。――――行ってくる。」





一瞬の間の後に、ジョットは躊躇いなく#仁菜#のこめかみにリップ音をのせると、そのまま颯爽と部屋を出ていった。








『………キザだわ。キザすぎるよ。』


足音が遠ざかってから、#仁菜#はムクリと起き上がる。
そして、キスされたこめかみを片手で押さえ込むと視線をさ迷わせた。


『イタリア人って、何なのよ。……それともイケメンだから成せる技なの?』


今のは、所謂さよならのキスだろう。ただの挨拶だ。他意はない。だが、もう少し日本人の奥手さを理解して欲しい。それが無理な話だとは分かっていても、#仁菜#はそう思わずにはいられなかった。

『……っ』


バクバク唸る心臓を落ち着かせようと目をとじれば、瞼の裏に(想像上の)先ほどの情景が浮かび上がる。
一瞬触れたのであろうジョットの唇は、思いの外柔らかくて温かくて、少し、くすぐったかった。
自身の掌で触れたこめかみが酷く熱を帯びているような気がする。

きっと、彼にキスをされたらもっと心地好いのかもしれない。


『って、何想像してるの!』


わーわーわー恥ずかしい。もの凄く恥ずかしい。
思わず妄想に耽っていたことに気づいた#仁菜#は、顔を真っ赤にしながら瞼を開けて妄想を脳外へと強制的に追い出した。


「失礼します。」


そうこうしているうちに、控えめなノック音が聞こえたため、ゆっくりと開かれる扉の方を見遣ると、美人な女性が入ってきた。



優し気な大きな瞳と、透き通るような白い肌。少し癖のついた長髪は、傷むことを知らないかのように、彼女が歩みを進める度に綺麗にそよいでいる。スラリと長い体躯はさすが西欧の女性といったところか。最近の日本人の体型や発育も欧米化しているとはいえ、やはり本場の西欧には及ばぬところなのかもしれないと、密かに#仁菜#は感じた。
シンプルな白いワンピースに身を包みながらも、彼女の高い品性が辺りに染み出ている。
もしかしたら、家がそれなりに良い所のお嬢様なのかもしれない。

「あら…もしかして起こしてしまったかしら?だとしたら、ごめんなさいね。」


ジョット達に聞いていたのだろうか。幸いにも彼女の第一声が日本語であり、言葉が分からないということはなかった。


『大分前から目が醒めていたので大丈夫―――あ、…………。』


失言をした。これではジョットが来た時から狸寝入りをしていたことを自ら暴露しているようなものではないかと頭を押さえて#仁菜#は溜息をつく。


#仁菜#の様子を見ていた彼女は、合点がいったのか控えめにクスクスと笑った。


「成る程。貴女に振られたから、ジョットがあの様子だったのね。」

『ふ、ふられたって……。』


「ま、それは置いておきましょう。私はエレオノーラ。エレナと呼んで貰えると嬉しいわ。」


ふわりと微笑み、エレナと名乗る目の前の女性は#仁菜#に躊躇いなく右手を差し出す。
#仁菜#は彼女につられるように、右手を差し出すと、彼女の艶やかな手を握りしめた。


『あたしは#仁菜#。沢田#仁菜#です。よろしくお願いします。』


「そんなに畏まらないで。…#仁菜#ね。良い名前だわ。だれが名付けてくださったの?」


エレナの問い掛けに、#仁菜#は一瞬躊躇うも『父親が名付けた…と母が』と何とか搾り出すように答えた。


「……そう。良いお父様ね。」


それから間髪いれずに、エレナはポンっと両掌を合わせると、瞳をキラキラさせた。


「ね、#仁菜#、もし貴女の体調が良ければだけれど、今から少しの間街に出てみない?」


『街に?え、良いの?』


#仁菜#が驚きのあまり数回瞬きをしていると、エレナが茶目っ気たっぷりの瞳を片方閉じながら人差し指を#仁菜#の口元に寄せる。


「額を寄せ合いながら、難しい議論真っ最中の殿方達には内緒ね。女性だけ仲間外れ、なんていただけないと思わない?」

『………。』


見た目に寄らず、なかなかの物言いに#仁菜#は頷くことしかできなかった。それを見て、エレナはニコニコと惜し気なく微笑みを漏らす。


「―――#仁菜#がいてくれて良かったわ。ここに来るまでデーモンが付きっ切りだったせいで、ろくにお店を回れなかったんですもの。あの人の心配性も考えものね。」

『デーモン?』


「私とジョットの共通の友達。後で貴女にも紹介するわ。彼、とても優しくて良い人なのよ。」


そう言って頬を赤らめながら微笑む彼女はどこか優し気で……エレナがデーモンに好意を寄せているのではないかと#仁菜#なりになんとなく予測した。






―――――――


ペラリと紙の擦れる音と、ランポウのグースカと鼾をかく音が部屋中に響き渡る。


それからすぐにゴンっという音がして、ランポウはその痛さに頭を抱えながら現実へと強制的に戻されたのだった。


「G、痛いんだものね。」

「うるせェ。真面目に会議に参加しやがれ!」


「そうだぞ、ランポウ。この案件は究極に素早く取り組まねばならんのだ。」


黒髪短髪で神父姿のナックルが首を縦に振った。ナックルの賛同に、ランポウは若干いじけながらも目の前に置いてある資料を退屈そうに眺める。
貴族服のデーモンは、ランポウの様子を見てこめかみに青筋を浮かべるGを眺めるや否や「ヌフフフ」と独特の笑い声を上げた。


「ったく……とりあえず、手元の資料に目を通してくれ。今回の標的はネーロファミリー。麻薬密売・恐喝・暗殺・賭博・人身売買等を手がけている連中だ。…三日後にアジトに突入する。」


「…ウヒャー。今回は俺様、ここに残って伝達の仕事がしたいんだものね。」

「ランポウ、またお前は…そろそろ、その臆病癖を治さんとならんぞ。」

「だってー、怖いものは怖いんだものね。」


ランポウを諌めるナックルに、雨月は「まーまー」と宥める。
場が落ち着くのを見計らい、Gは口角を上げながらランポウを見遣った。

「安心しろ、ランポウ。お前にはプリーモから直々に命じられた仕事があるぜ。」

「ゲっ。それってまさか…。」


ジョットはフッと微笑みつつ、机の下から中華鍋のようなものを取り出す。それが意味するものとは、所謂、前線の突撃隊長を任せられるということだった。


「――お前の働きに期待しているぞ、ランポウ。」


「プリーモの鬼ィっ!。……やっぱりあの時のこと怒ってるんだものね。俺様絶対嫌だ!」


「ランポウ、うるせぇぞ。んで、資料にある通り、近隣の住民に被害が出ている他、今ここで保護している例の娘のこともある――」


「――――少々良いですか?」


デーモンの発言に、Gは頷きで話しを促した。


「この#仁菜#という娘に何やら要らぬことを吹き込んだ侵入者がいた…と。それも表の二人の門番を難無く殺ったところを見ると、相当の手鍛れのようですね。」


「あぁ。俺と雨月で奴を追ったが見失った。ランポウの話しだと、一週間後に再び#仁菜#と接触する可能性が高い。」


「それで、彼女には敢えて誤った日数を伝えた。本当は彼女が眠っていた期間は四日なのでしょう?プリーモ。」


「………あぁ。奴(侵入者)のことはお前に任せたぞ。デーモン。お前の幻術をおみまいしてやれ。」

「ヌフフフ、プリーモの命令とあれば従わざるをえませんねぇ。」

デーモンはニヒルな微笑みを浮かべると、隣に座るアラウディを見遣った。


「それにしても、貴方もこの作戦に参加するとは…。」


「……。プリーモと僕の利害が一致した。ただそれだけだよ。」


瞳を閉じ、腕を組みながら静かに会議の話しを聞いていたアラウディは淡々と答える。


「君こそ、エレナをここに連れてくるとはね。」


「彼女の意思ですよ。私はそれを尊重したまで。」


デーモンはやはりヌフフフと笑ってアラウディの追求を軽く受け流す。
話しが逸れてしまい、このままでは埒があかないと思ったのか、Gは大きく咳ばらいをした。


「他に質問はないな。―――プリーモ、何かあるか?」


「あぁ――――お前達、今日はよく集まってくれた。特にナックルとデーモンは長期任務を終わらせて間もないと言うのに、すまなかったな。」


ジョットの言葉に、ナックルは首を横に振る。


「プリーモ、究極に謝る必要はないぞ。友のためなら当然というものだ。」


「ありがとう。#仁菜#はオレにとって、縁ある女性なんだ。彼女を助けるため、皆の力をオレに貸して欲しい。」


ジョットの静かな言葉に、守護者達は皆一様に肯定を示して会議は閉幕となった。

そのまま無言で立ち上がったアラウディは、まっ先に会議室から出ていく。
その様子に苦笑しながらも、雨月はプリーモに近づいて#仁菜#の様子を尋ねた。


「………どうやら、起きてはいるようなんだがな。」

「と言うと?」

「プリーモは#仁菜#に狸寝入りされちゃったんだものね。」

「ランポウ!テメェはまた余計なことを。」


少しはプリーモの心情を察せ、と怒鳴るGにランポウは再び拳を喰らうこととなった。


「しかし……四日も目覚めぬとはな。彼女は大丈夫なのか?」


ナックルの問い掛けに、ジョットとGは互いを見合わせると「とりあえずは…」と頷く。今は状態も落ち着いている様子だった、と。

「ヌフフフ。しかし良いのですか?彼女、素性も知らぬ輩から貰った薬を今だに持っているのでしょう。」


「それは、心配ない。ただの睡眠薬だったしな。万が一アイツが使用したとしても、プラセーボ(偽薬)にすり替えてある。今回のように四日間も眠り姫になっちまうつーことはないはずだ。」


「流石ですね。G。」






頼れる心強い仲間達の集い。
その全ては君のために――――





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エレナさん&守護者全員集合という暴挙。やっぱり女の子同士の会話は楽しい。
さて次回は、街に出かけたエレナと#仁菜#に迫りくる影。うん、一瞬の隙が命取りなのよね。きっと。
ということで、感想などいただけたら管理人の意欲&嬉しさupしますので、よろしくお願いします。


瑠季様、はじめまして。
初めての初代夢ということでしたが、当小説を楽しんでいただけたようで嬉しいです。
感想ありがとうございました。


空良様、はじめまして。
大好きと言っていただけてすごく嬉しいです。
これからも少しずつ更新していきますので、またご訪問していただけたらなと思います。
感想ありがとうございました。


2012/2/21 夕姫

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