海原の尋問
――――――
ほんの数分だったと思う。
耳鳴りと眩暈が治まった頃、あまりの眩しさに私は目を開けた。
…………可笑しい。今は夜だ。それなのに、どうして、太陽が上にいるのだろう。どうして、周囲には真っ青な海原が広がっているのだろう。
数本の刀が陽の光に反射して、鋭く主張している。
そしてどうして………
私は、複数の男達に刀を向けられているのだろう。
ゆっくりと、お揃いの繋ぎを身につけた人達の口元を見遣る。それぞれが、殺気だち、忙しく動き回っているようで残念ながら読みとることもできなさそうだ。
少し周りを見渡すと、離れた所に携帯と補聴器と医学書が数冊入っている鞄が転がっている。
せめて、補聴器があれば、まだ聞き取りが楽なんだけれど…と考えていたまさにその時、空気が震えた。
繋ぎを着た男達の列が、綺麗に割れて、ゆっくりと近づいてくる一人の男性。どうやら外人のようだった。
その細身も何のその、身の丈以上の大きな刀を担いだ彼は、目の下に濃い隈を携えていた。
無表情の彼が座りこんでいる私の目の前に片膝をつくと、周りの男達の動きが制止し、誰もが彼に(もしくは私の行動に)注目しているようだった。
彼は、その状態のまま大きな刀を鞘から少しだけだすと、私の首筋に軽くあてる。
ピリピリとした空気の震えが直に私の身体に当たっていた。
彼は、威圧するように、ゆっくりと唇を動かす。私は、それを見落とさないように全神経をそこに向けた。どうやら、日本語で話しかけてくれているようだ。そう理解すると、慎重に言葉を選びながら発する。
『私の…名前…は、倉橋なつみ。
………日本の医…学生です。』
私の言葉を聞いた彼は、微かに目を細めると、先程よりも少し速めに口を動かす。緊張のためか、そのワンフレーズを私には読みとることができず、絶望から肩を降ろした。
気心の知れている友達でさえ、私が上手く聞き取れずにもう一度と促すと、表面ではにこやかに対応してくれていても、内心では面倒臭そうな様子だった。
それどころか、目の前にいる彼等は、こうも分かりやすく殺気だっている連中だ。……このまま切り捨てられてしまうかもしれない。
私は、喉を震わせて唾を飲み込むと彼の鋭い瞳をじっと見つめた。
『……ごめんな…さい、私、病気で、両方の耳が聴こえないんです。何か筆談か、それとも……あそこに転がっている補聴器を…つけさせていただけませんか。』
言った瞬間、瞼を力強く閉じた。彼が僅かに動くような気配を感じたからだ。やはり、斬られる一瞬は痛みを感じるだろうか。
それとも、痛みを感じる間もなく絶命させてくれるのだろうか。
思考がどんどん悪い方向に偏って行くのを感じながらもそれを止めることはできなかった。
私の髪に、微かに何かが触れたため恐る恐る瞼を開ける。
"なぜ、お前はここにいる？"
羊皮紙に黒インクで書かれた英語。
筆談をしようとしてくれていることに驚き、目の前の彼を見ると、先程と変わらない鋭い視線を向けてきた。
どうやら首元の刀は外してくれたようだが、代わりにキャスケット帽子を被った男が横から刀を向けていた。
『……ありがとう。ここに…書いてあるのは英語のようだけど、私の言葉は…分かりますか？』
ゆっくりと、目の前の彼は頷く。どうやら、書き言葉は英語で話し言葉は日本語のようだ。
……ややこしい。
『……ここに来た理由は、私にもよく分からないんです。耳鳴りと眩暈がして……気がついたらここに座りこんでいたみたいで。』
それを聞き取った彼は、紙に再び何かを書きつける。
"日本とは？"
『……？東の小さな島国です。』
"イーストブルーのことか？"
『……すみません、イーストブルーという意味がよく分からないです。』
私が口を動かした瞬間、隣にいるキャスケット帽子の男が少し詰め寄ってきた。それを、目の前の彼が視線と口で諌めてくれたようだ。
"グランドラインのことは？"
ゆっくりと首を横に振る。彼らが言っている単語は、全然馴染みのないものだった。
"……最後に一つ。お前は能力者か？"
結局、最後に書かれた単語も翻訳はできても、意味が分からないものだった。超能力とか霊能力者とか、そういう類のものだろうか？
私は、溜息をつくと、再度横に首を振ることしかできなかった。
彼がまた何かを書き付けようとした瞬間、両耳が圧迫する感じと共に微かな耳鳴り、そして周囲が回転する感覚がした。
『………やば』
目を押さえるように両手で顔を覆うと、誰かに力強く腕を捕まれる。
怒涛のように悪化する吐き気に、全身から汗が流れ落ちた。
寒い。すごく寒い。
身体を震わせながら、再び遠退く意識に舌打ちをしたくなった。