各々の常識
――――――――――…



「―――彼女はサヤ・リドル。サヤには僕の助手としてここで働いてもらうことになります。」


『よろしく。』


黒のワンピースに身を包んだサヤは、スカートの端を摘むと軽く会釈をする。サヤの容姿と西洋風の挨拶に、麻衣とぼーさんは呆然としていた。いち早く我に返った麻衣はソファーから立ち上がるとサヤに右手を差し出す。サヤはニコリと笑ってそれに応じた。



「あたし、谷山麻衣。ここでバイトしてるの。麻衣って呼んで!よろしくサヤ。サヤって黒髪黒目だけど日本人、じゃないよね?」


『よろしく麻衣。…えぇ、一応イギリス人よ。日本に来てまだ間もないの。いろいろ教えてね?』


「うん!任せといて!でも、イギリス人なのに日本語上手!ってことはバイリンガル!?」


『まー…そういうことになるかしら。』


続いて茶色の長髪を一本に結わえた男の人が手を差し出す。


「俺は滝川法生。所謂、坊主…つっても分かんねぇか。まー、説明は追い追い。皆からはぼーさんって呼ばれているんだ。よろしくな。」


『えぇ、よろしく。』


「あと、綾子と真砂子とジョンがいるんだけど…皆SPRの仲間だよ。今日は都合が悪いんだって。」

「に、してもサヤは別嬪さんだな。どう?おじさんと…」


「ぼーさん親父くさい。」


「あー、麻衣ひっでぇ。親父ってなんだよ。せめておじさんにしてくれや。」


「どっちも似たようなもんじゃん!」


「おま、分かってねぇ――」


『えーと、生憎ですが――』


「「?」」


『鏡は見慣れてますので。自分の安売りはしないわよ。』


「「……(第二のナルっ!?)」」


『ふふ、冗談よ。』


「「………」」


――――――――…



「麻衣、サヤ、ちょっと来てくれ。」



デスクに座っていたナルが資料に目を通しながら、二人を呼ぶ。ぼーさんと三人で雑談をしていた麻衣とサヤは首を傾げながらもナルの前に向かった。


「おいおいナルちゃん、俺だけ仲間はずれ?両手に華は狡いんじゃねぇの。」


ブーブーと不満を表すぼーさんにナルは暫く考えて溜息をついた。


「……華。残念ながら華と呼ぶに値するかどうかは僕には判断しかねますね。」


「なんだとこのー!」


『……。』


ナルの毒舌に、麻衣はプルプル拳を握りしめ、一方でサヤはニッコリと笑いながら懐に忍ばせている杖を握った。

サヤ・リドル。その容姿は父親から受け継いだこともあり申し分なく整っている。自分で言うのもなんだが、ホグワーツの学生時代はそれはもうモテモテだった。とにかく自他共に認めるであろう美しい容姿。それが、華ごときにも劣ると言うのだから、さすがのサヤもプライドが刺激された。できるものなら今すぐにでも、このすました顔の男にクルーシオを唱えてやりたいくらいだ。


『……アグアメンティ。』



だがこの世界、なぜか許されざる呪文や闇の魔術を使うことができない。仕方なく杖をナルに向けて杖先から水を出すと、その水は容赦なく彼(主に顔)を直撃した。
え、え?と一人慌てふためいている麻衣を余所に、犯人をすぐ特定したナルはギロリッとサヤを睨みつける。


「……どういうつもりだ。」


『別に。大層ご自身に自信があるようだから、水をかけてあげたの。華って美しいもののことを言うんでしょ?ならナルも花ね。だからお水をあげなくちゃ。』


「結構だ。麻衣、タオル。」


「あ、はいはい。」


ナルに命令された麻衣はパタパタパタと走らせて、奥の部屋へと去っていった。


「ナルちゃんや、今のどういうことだ?俺にはその細長い棒から水が出てきたように見えたぜ。」


ぼーさんはサヤとナルを交互に見ながらデスクを見遣る。そこには先程までナルが読んでいた資料がびしょ濡れのまま置かれていた。


『棒じゃないわ、これは――』


「彼女はPKの能力を持つ、所謂超能力者です。ですが―――」


一旦ナルはそこで言葉を切ると、物言いたげに不満そうな顔をしているサヤをチラリと見てからぼーさんに視線を移す。


「どうやら能力をうまくコントロールできないらしい。」


『……ちょっと、それどういうことかしら。』


「感情に流されて能力を発動させるというのは幼い子供が行う行為だ。僕はサヤを客観的に見てそう判断したにすぎない。」


『……。』


「ま、まあまあ二人とも落ちつきなさいなって。つまり、今のはサヤの能力っつーことだろ?すげーじゃねぇか!」


ぼーさんは苦笑しつつもポンポンとサヤの頭を撫でる。暫くサヤはナルを睨みつけていたが、プイっとそっぽをむいた。微妙な空気がナルとサヤ包みこみ、丁度タオルを持って戻ってきた麻衣はそれを敏感に感じとると口元をヒクつかせた。



――――――――…


「えぇ!?サヤがあたしの学校に編入?」


麻衣と同様サヤも驚きで目を丸くするが、すぐにナルを睨みつけた。


「そうだ。彼女はその能力のせいもあって今まで特殊な環境で育ってきた。その分、一般常識に疎い。常識を学ぶには良い機会だろう。」



『……気のせいかしら?通回しに私のことを非常識だと言っているように聞こえたのだけれど。』


「それ以外の解釈があるのなら、ぜひとも教えていただきたいものだな。……麻衣、さっきも説明したようにサヤの能力は未熟だ。彼女が不要に能力を使わないよう学校では監視をしてくれ。」



「えぇ!?あたしがサヤの監視!?」


『監視なんていらないわよ。そこまでマヌケじゃないわ。』


「では、さっきの水。アレはマヌケな行為だったととるが?」



『……。私、貴方のこと嫌いよ。』


「奇遇だな。僕もだ。」


『「……」』


睨みあっているサヤとナルに挟まれた麻衣はぼーさんに助けを求めようと視線をむけるが、このことに関してぼーさんは傍観するつもりらしく明後日の方向に視線を反らしていた。


「え、えーと。あ、そういえば、今日リンさんを一度も見てないんだけど、ナル知らない?」



麻衣はとにかく話題を変えようとリンさんの話に持っていけば、なぜかナルは苦虫を潰したように顔を潜め、一方でサヤは先程の不機嫌さはどこへ行ったのだろうと不思議に思うくらいの爽やかな笑顔を浮かべる。


「え、ど、どうしたの?」


『よく聞いてくれたわね、麻衣。リンはちょっと今取り込み中で出てこられないのよ。なんたって可愛いケナガイタ――』


「リンは風邪をひいて今日は休みだ。」


「え?え?」


『あら。あの状態をマグルでは風邪と言うのね。初耳だわ。』


「そうか、ならやはり君にはその空っぽの頭にきちんとした常識を詰め込む必要があるな。」


再び喧嘩を始めたサヤとナル。麻衣は涙を浮かべながら「ぼーさーん…あたしゃはもう無理だよ…」と言ってぼーさんに抱き着き、一方でぼーさんは、「麻衣はよく頑張った。」とうんうん頷きながら麻衣を慰めた。


しかし編入と言うからにはどの学校にもある編入試験を受けなければならない。もちろん魔法界で育ったサヤはマグルの習う理科や社会など知るはずもなく、それを巡って一悶着が起こるであろうとは……この時はまだ誰も気づいていなかった。




(ねぇ、麻衣?なんで彼のことナルって呼んでるの?一也だから?)


(え?そりゃ、しょっぱなからナルシスト発言連発してたから、だけど。ナルシスト、のナル。でもなんで?)


(・・・ううん、ただ不思議に思っただけよ。)

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