ひとりぼっちまちあわせ
今日は六月六日。
天気は……雨。
『棒が一本ありましたー…葉っぱかなー…葉っぱじゃないよ蛙だよー…』
黄色いレインコートに黄色の長靴、そして黄色の傘。奈々ママには黙って出てきてしまったけど、まー大丈夫だと思う。一応、それなりの置き手紙は残してきた。
『六月六日ー雨ザーザー…』
見た目幼稚園児生な僕が、こんな天気にどこへ向かっているかって?それは着いてからのお楽しみ。
口ずさんだ歌をもう何回繰り返したか分からないほどになった頃、目の前には〔並盛中学校〕と掲げられた門が見えてきた。
今日は雨のため全員が全員建物の中に入っているせいか、グランドには人っ子一人いない。
僕は昇降口に入ると、傘を畳み、長靴を持って校内に侵入した。
――――向かう先は中学校の屋上。
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『…ったくお前はまだ泣いてんのか?』
『だって…だって…跡部ちゃんが僕のせいで、肩に『ストップ!』……?』
『それ以上はナシだ。今回は俺にも落ち度があった。つーか、ほとんど俺のせいみたいなもんだし。……それよりも、ここ見てみろよ。すっげ綺麗だぜ?ここさ、兄貴達が良く来る場所だってなもんで前に連れてきてもらったんだ。』
ここは氷帝学園中等部の屋上。
フェンス越しに見えた景色は夕焼けで紅く色づき、僕の金色の髪もツカサちゃんの灰色の髪も朱く染められていた。
それはもう見事な眺め。
景色もそうだけど、外を眺めているツカサちゃんの真っ直ぐな瞳がとても輝いて見えた。
今は服で隠れて見えないけれど、包帯を巻かれた肩は決して痛くないはずはないのに…それすらも感じさせないくらいの真っ直ぐな瞳。
"綺麗"だと思った。
"強い"と思った。
『……ね、跡部ちゃん。僕はこの先、何があろうとも君を護る。』
そのためなら僕は喜んで犠牲なろう。今日、君が僕を護ってくれたように…と僕は呟く。
その傷跡の責任を彼女を護ることで報いたいと思う僕は……単純なのかな。そんなことをしても傷跡が消えることなんて、ないのに。
『………バーカ。俺を護る?大人しく護られてるような姫役は性にあわねぇよ。
ナイトは俺の役目だ。芥川と言えどもそれは渡さねー……ケド。』
『けど?』
ツカサちゃんは景色から視線を反らすと、僕の瞳を真っ直ぐ見てきた。
『…そのさ…サンキューな。』
人差し指でポリポリとかかれたツカサちゃんの頬。夕日のせいか、恥ずしさからか分からなかったけれど…そこは微かに紅く染まっていた。
今まで見たことのない表情に僕は驚きで固まる。
今日はたくさんの彼女の顔が見れた。…僕、ツカサちゃんの友達になりたいな。友達になって、もっと彼女の傍にいたい。そう強く切望した。
『……ヒカリ。』
『なーに?』
『今日からさ俺と友達になってくんねー?俺、お前のこと気に入った。』
突然の申し出だった。
一瞬、僕が考えていたことが見透かされたのかと思った。……だけど、それは違うみたいで、ジッと黙ってツカサちゃんは僕の返事を待っている。
『僕も…僕もそう思ってた。ツカサちゃんの友達になりたいって。だから…』
『よし!』
僕の返事を聞くやいなや、ツカサちゃんはフェンス付近の段差に跳び乗る。
『俺、跡部司は氷帝一、いや世界一の瑩の親友になることをここに誓う!』
ツカサちゃんは屋上から遠くに向かって高らかに叫んだ。
それを聞いて一緒びっくりした僕も、すぐに我に返るとツカサちゃんの隣に立って大きく口を開いた。
『僕、芥川瑩は病める時も健やかなる時も親友の司ちゃんの傍にいて、支え合うことをここに誓う!』
『………お前それじゃあ結婚式の誓いの言葉じゃねーか。』
『へへへ、いーの!』
ツカサちゃんはすっごく呆れた顔をしていたけれど、僕は今の誓いの言葉に後悔していなかった。いつもいつまでもツカサちゃんの傍にいたい、そう思ったから。
『ま、いいけど。えーっと、今日は六月六日だな。なーヒカリ、今日を記念してさ、毎年この日はここに集まろうぜ?二人だけの秘密記念日だ!』
『秘密記念日!?すっごーい!もちろんする!絶対するよ!』
『じゃあ、新星芥川瑩アーンド跡部司コンビの誕生だな!』
初等部五年生の時に屋上で交わした秘密の約束。
"芥川"から"ヒカリ"へ
"跡部ちゃん"から"ツカサちゃん"へ
自然と変わったそれぞれの呼び名。僕達はこの日から友達となった。
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――…
僕は屋上への扉を開けた。
やっぱり外は雨。
コンクリートをお構いなしに叩き付ける雨音は、心なしか先程よりも強まっているように感じた。
少しの期待を込めてキョロキョロと辺りを見渡す。
そこは、グランドと同じく人っ子一人いなくて、僕が捜し求めていた彼女の姿はなかった。
六月六日
今日は僕達の…僕達だけの秘密記念日。
『そーだよね。ここは氷帝学園中等部の屋上じゃないもん……』
ここは並盛中学校の屋上。そんなことは知ってる。分かってる。ちゃんと理解している。
だけど、身近にある中学校はここしかなかった。
五才児というこのもどかしい身体では、ここまでが限度だった。
分かってるよ。理解しているよ。彼女はここに来ないってこと。
『でもさ、期待くらいしちゃうよ……したっていいじゃん、この日くらいさ…』
僕は、傘を投げ捨てると…そのまま屋上のコンクリートに足を踏み入れた。
透明な雫が、感情の高ぶった僕の体温を冷やしていく。身体全体で雨に当たりたい気持ちなんて、本の世界だけだと思っていたけれど、そうでもなかった。
事実、今現在進行形で僕はそれを望み、実践しているのだから。
「……きみ、そんなところでなにしてるの?」
声が聞こえて、振り返った背後。
そこには生意気そうな黒猫が僕を睨んで立っていた。
漫画で描かれたものよりかなり幼い容姿。少し小さめのトンファー。
これが僕と恭弥の出会い。