迫り来る銃弾
―――――――…

『……その声は…ツカサちゃん?』


僕は恐る恐る彼女の声が聞こえる遮断された暗闇へと問い掛けた。そして、訪れたのは数秒間の静寂。


『……。なんで…お前まで、ここにいるんだ、よ。』


ようやくツカサちゃんから発せられた言葉は少し皺がれていて、さらに怒りを孕んでいるのか地を這うようなとても低い声だった。


『……ツカサちゃん……?』


『ヒカリ、お前が…ここにいる理由を説明しろ。現状も、含めて。包み隠さず。一分以内に。』


『え……さすがに無理じゃ――』』

『しろ。』


『……ハイ。』


『………。』

『………。』


『………あと、四十五秒。』


『あぁっ、待って!そのさ……』

『んだよ、早く言え。』



『えっと…さ。その……怒らない?』



『知るか。』


『そんなっ!?』


『お前の話しの内容による。良いから言え。』



有無を言わさないツカサちゃんの言葉に、僕が肩を竦めた。そして、ゆっくりと言葉を紡いでいく。


部活をサボって買い物に行ったあの日、ツカサちゃんがトイレに行っている間に飛んできたナイフと脅迫文。

内容は―――


"跡部司に危害を加えられたくなければ――誰にも言わず六月六日、午後四時に氷帝学園中等部裏門に来い"と書かれていたこと。



『―――くそ…はめられた!あいつら、はなっからそのつもりで…ッ。』


話しの途中でツカサちゃんが舌打ちを漏らした。



『……はめられた?』


僕はツカサちゃんがいる(と思われる)方向に視線をやると、ついでツカサちゃんのため息が聞こえてくる。


『……。俺も、もらってたんだ。』

『……何を?』

『脅、迫、文。』


一つ一つを区切って紡ぐツカサちゃんの言葉が僕の中に伝わってくるとと同時に、頭がフリーズして、一瞬時が止まったような気がした。



『ただし俺の場合は、"芥川瑩に危害を加えられたくなければ――誰にも言わず六月四日、午後十時に氷帝学園中等部裏門に来い"だけどな。』

『六月四日……?』

『……あぁ。』


――おかしい。六月五日の跡部の話ではこうだったはずだ。"司は風邪をひいている、だから学校には来られない"と。とにかく、ツカサちゃんが前夜に行方不明となれば、跡部財閥総力を挙げて捜索するはずだ。
跡部ももちろん既知のはずで………ってあれ?じゃあ、跡部はどうしてツカサちゃんが風邪を引いて休みだなんて嘘をついたんだろう。………ちょっと待てよ。あの時、跡部は僕がツカサちゃんのお見舞いに行くのを禁じていた。というより外出自体ダメって……。そういえば、兄貴や忍足も僕がツカサちゃんの所に行くのを頑なに拒んでいたような気がする。あの時は、あまりの理不尽さに兄貴達の言動に関しては深く考えなかったけれども……。


『……結局、ヒカリもその脅迫文につられて来ちまったわけか。クソ!つーか、ジローや忍足は何やってんだ?こうなることを防ぐために、お前を常に護衛するように言ったのによ。』



ツカサちゃんの言葉に、ようやくバラバラなパズルのピースが一つ、音を立ててハマったような気がした。



『……やっぱり。跡部が僕に嘘をついたのも、兄貴達が外出を禁じたのも――。つまり、兄貴達は最初からツカサちゃんが誘拐されていたってこと、全部知っていたんだね。それなのに僕にだけ知らされていなかったんだ。』


これまでは基本的に兄貴達は僕達の好きにさせてくれていた。持ち前のシスコンぶりを知っていたからこそ、僕達は惜しみなく甘さを享受してきたのだから。
けど、今回ばかりは違ったんだよね。


『……家、出る前にさ、もし俺に何かあった時のためにと思って……一応兄貴にはそれとなく言っておいたんだ。ヒカリが危ないってよ。』


『……』

『……お前、俺がいなくなったと知らされれば意地でも捜しに出るだろ?脅迫文を書いた奴がお前を狙ってるかもしれねーのに。』


『……』

『俺の行動のせいで、お前を危険に曝させたくなかったんだ。……ごめん。』


『……。ツカサちゃんの馬鹿。ずるいよ。そんなの僕だって同じだよ。僕だって、ツカサちゃんを守りたいよ。守らせてよ!』


『………前に言ったろ。俺は守られるのは性に合わねぇって。』


『……ッ!けど!』


『まぁ、どっちにしろ二人とも捕まっちまったし、こうなりゃ守る守られる以前の問題だけどな。』

目隠しされた暗闇の中で、ツカサちゃんが苦笑しているような気がした。


『……とにかく、話しは後だ。ヒカリ、まずはここから脱出、もしくは兄貴達に連絡す――ッ』


不自然にツカサちゃんの声が途切れたことに不思議がる暇もなく、『静かにしろ』と声を潜ませながらの彼女の指示に従って辺りの様子を耳を済ませて伺った。

コツコツコツと、革靴で進む足音が聞こえてくる。それは確かにこちらに向かってきていて、僕は思わず息を飲んだ。


ギギーっと重装の扉が開くような音がしたかと思えば、数人の気配が視覚以外の感覚器からビリビリと伝わってきた。殺気、というものなのだろうか?


次いでガチャガチャと僕の(おそらくツカサちゃんのも)鎖が地面から外される音がする。と言っても今だに両手は拘束されたままなんだけど。そして、背中に固くて細い金属が当てられている、そんな気がした。


「――立て。ボスがお呼びだ。」

「言っておくが、もし抵抗してみろ、お前の背中に宛てたこれが何だか分からないほど子供でもないだろう?」


男の声だった。


『……残念だけど、僕、目隠しされてるし、さすがにわかんないよ。』

「…なら、教えてやろう。銃だ。お前だって命は欲しいだろ?」


別の男の猫撫で声にゾッと寒気がした。


『本物?お兄さん達、銃刀法っていう日本の法律知ってる?ただの脅しなら僕らには効かないよ。』

『……ヒカリ。』


ツカサちゃんは言外に止めとけと言いたいのだろう。だけど、僕は理不尽なことが大嫌いなんだ。




「―――クク、威勢がいいな。だが小娘、それは時に自分の身を滅ぼすことになるぞ。」


「「ボス!」」



図太い声と共に、また異なる男の気配がした。この声の主がボス、つまりツカサちゃんや僕をこんな目に合わせた変態ヤローってことか。



「貸せ。」



カチャリと無機質な音に続いて、ズガンっと音が鳴った。と、同時に僕の左腕が火傷をしたように熱くなり、それから一拍遅れてズキズキと身を突き刺すような激痛が走った。


『――う"ぁ"ッ!』

『ヒカリ!?おい、大丈夫か!?……テメーらヒカリに何しやがった。』



視覚的には認識できないけれど、鼻をつくような火薬の臭いと痛覚を総じて考えると、どうやら僕は撃たれたらしいという結論に至った。
…正直に言うと、思っていたよりも痛い。ハンパなく痛い。痛さから背中や額から冷や汗が流れているのが自分でもよく分かった。熱さと痛さで足元が震えて崩れ落ちるのをどうにか耐えながら、声を荒げているツカサちゃんに微笑みかけた。ちゃんと笑顔が作れているかは自信がないけれどツカサちゃんだって目隠しをされているんだから、それ程心配することでもないだろう。


『……だ、いじょぶ。ツカサちゃん。かす、ただけ。』


だと良いなという僕の希望。
若干涙目になっている状態なのは、自分でも分かってはいるけれど、そこは見逃して欲しい。例えるならば自動雑巾絞り機のMAXフルパワーで腕を絞られている感じなみの痛さなのだから。


『かすったって…お前…撃たれた、のか?』


ツカサちゃんの声が震えていた。


「お喋りはそこまでだ。その身でコイツが本物だと理解できただろう。オイ、お前らさっさと小娘達を連れていけ。」


僕の心境を察したのか、笑いを堪えながら話す(おそらくボスの)声に、僕は悔しくて悔しくて、素直に従わなければならないこの状況に、唇を固く噛み締めた。

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