囚われた者達
―――――――…


学校に着いた時、僕の息は切れ切れだった。時間を確認すると、約束の時間一分前。辺りを見渡すも、人の気配はしない。


『……ギリギリセーフ。』


いつ、僕を呼び出した奴らが来ても良いように深呼吸をして息を整えた。

遠くの方で、部活をやっている生徒の声が聞こえる。
それを聞き流しながらもう一度、時間を確認する。


……。約束の時間が一分過ぎた。


『……。』



5分が経ち…



『……。』



10分が経ち…



『……。』




30分が経った。




『オイコラ、コノヤロー。ありえない。マジありえない。僕をいつまで―――』


不機嫌を露わにする僕の言葉を遮るように視界が暗くなった。
そして、口と鼻を布で塞がれたと気づいた瞬間にフラリと身体がよろつく。薬品の臭いが身体中を巡ってそのまま気が遠退いていくのが自分でもよく分かった。


"しまった"



そう判断した時には全てが遅かったんだ。










青い空を埋めつくすほどの桜並木が周りに立っていて、やわらかな風が吹く度にゆらゆらと舞う花びら。
普通なら絶好の花見日和もよいところ。だけど、僕達には周りの景色に見とれている暇がなかった。

パコーン


「こ、こっちはもう3セットも取ってんだぜ?」


「も、もちろん約束は覚えてるよな?俺達が買ったら今日一日付き合うっつーよ。」



『『………。』』



僕達は公園のテニスコートにいた。目の前にいる奴らは、大学生…だと思う。少なくとも、中学や高校ではないだろうなと僕は推測していた。

僕とツカサちゃんが真剣勝負をしていたところ、コイツらに声をかけられた。所謂ナンパ。



もちろん僕達はいつものようにスルー。こんな奴らに構ってあげられるほどお人よしでもなければ、そんな暇もない。

……けど、今回のナンパヤロー共はしつこかった。
痺れをきらした僕達は言った。


"僕(俺)達とテニスで勝ったらね"

と。



自信はあった。
実際、予想に反すことなく試合は流れていったのだから。
けれど、僕達が二セットめを取ったところで、相手の動きが変わった。次々と出てくる大学生(仮)の仲間と思われる人達(恐らく、目の前の奴らが呼んだのだろう。)が来て、僕ら側のコートを囲んだ。



「お、やってるね〜、しかも結構可愛いじゃん。」


「早くこの子ら負かして連れて行こーぜ。」



にやにやと厭らしい笑みを浮かべて囃し立てる周りの野次に、僕とツカサちゃんの眉に皺が寄った。何より、明らかに僕らをナメきっている彼らの態度にムカついた。
"馬鹿にするな"と、そんな意味を込めて打ち放った僕のスマッシュは鋭い音を立てて得点を入れる。


『よくやった。』



ツカサちゃんの労いの言葉に振り返ろうとした途端、僕の目に信じ難い光景が映り、それを理解した途端に言葉よりもまず身体が動いた。



"ツカサちゃんっ!"



あの一瞬で、僕が見たのは…僕らのコート……というよりもツカサちゃんの頭に向かって投げられたのであろう小石。


僕は、ツカサちゃんを思い切り押しやった。
そして、ズキンと突き刺さるような痛みが僕の左側のこめかみに走ると同時にツーっと頬に液体がつたっていく。少し気になって、ゆっくりとそれに指を添えると……まー、お約束というかなんというか、僕の指は僕の血で赤く染まっていた。


僕に突き飛ばされて尻餅をついていたツカサちゃんの表情が、驚きから青ざめ、そして怒りを現すようにキッと周りの大学生(仮)を睨みつける。


それから、ツカサちゃんはゆっくりと立ち上がってポケットから高級ブランドのハンカチを取り出すと、無言で僕のこめかみに押し付けた。

ピリっとした痛みに、うぅ…と呻いてみるも、ツカサちゃんは至って無言。

てっきり『無茶してんじゃねー!』と怒鳴られるかと思っていたのに。



『……ツカサちゃ――』


『……ヒカリ、あと5分頑張れそうか?』



恐る恐るツカサちゃんを覗き込んだ僕の言葉に被せるようにして言った彼女の言葉。その瞳は冷え切っていて、珍しくもツカサちゃんがマジギレしていることが伺えた。



『……あいつら、マジ許さねぇ。』



ツカサちゃんのいつもよりも低い声が辺りに響いていた。














ふと、そこで意識が浮上した。
ゆっくりと瞼を開けてみるも、辺り一面真っ暗……というよりは、僕自身が目隠しされている状態であることを理解し、同時にかび臭さと湿っぽさが肌で感じられた。



急いで目隠しを取ろうとすれば、ガチャガチャと鎖の音がして、ようやく自分の腕が拘束されていることに気がつく。


……なぜ、こんなことに?
一瞬、頭が混乱しかけたが、冷静に記憶を手繰り寄せると、あぁと納得した。


僕は六月六日に指定された場所、指定された時間通りに氷帝に行った。そして30分待って、そろそろ僕の限界が超えそうになった時に、何者かに薬をかがされて、それで…………今の状態ってわけか。おかげで、随分懐かしい夢を見たような気がする。


『………。』


えっと…つまり、だ。ここまでの移動中僕はずっと気を失っていた、目隠しされている現在、場所の特定は不可。恐らく、ポケットに入れていた携帯も取られていることだろう。ということは、助けも呼べない。まさに、絶体絶命の大ピンチ、だ。



『……うわー、これ何プレイ?』

思わずそう呟かずにはいられなかった。と、同時に、少し放れたところでカサリときぬ擦れの音とガチャリという金属音がして、身体を強張らせる。
人の気配を感じるその一点の方向に警戒心を強めた。



『……………その声……ヒカリ、か?』




"……え?"






聞き違うはずのない声に、僕は驚きで言葉を詰まらせた。



―――――――…



"この人は悪い人じゃない"


それは骸との攻防が続く中で真っ先に俺が思ったこと。
ずっと変だって思ってたんだ。
骸は俺を攻撃する時に、いつも目を閉じていた。
俺に留めをさそうとした時も、自分の拳ではなく鋼球を使っていた。


まるで、相手を自分の手で傷つけるのを恐れるかのように。
相手の傷つく瞬間を見ていたくないかのように。










「ガハハ、ツナ!ランボさんとあそべっ!」


ガチャーン


「あぁ!?お前何してんだよ!それ、ヒカリのお気に入りのマグカップだぞ!」


「!!?……ら、ランボさん悪くないもんね。〜♪」


「あ、コラ、ランボ!逃げるなよ!」







どこか似てるんだ。
ランボと。
いつもランボは無茶苦茶なことばかりしてるんだけどさ……









「ランボ、粘土で何作ってるんだ?」


「!!……べ、べっつにー。ツナには関係ないんだもんね!ランボさん、ヒカリのカップを作ってるんじゃないじょ!」


「……そ、そう。(ヒカリのマグカップ、作ってるんだ。しかも粘土で。)」










………根は良い奴なんだよな。





ドガッ

「……クっ……。」



俺は骸に最後の一撃を加えると、奴は仰向けに倒れて動かなくなった……と同時に俺の死ぬ気の炎もシューと消えていく。
それから、骸に「とどめをさせ」と言われたけれど、俺は首を振った。そしてそのまま俺が感じたことを素直に骸に伝える。


貴方は悪い人じゃない。
貴方からは、怖い感じがしない。

……と。


そしたら、骸は目を丸くすると、一瞬悲しげに眉根を下げてそのままフッ…と自嘲したように笑ったんだ。




「……俺は影武者だ。本物の六道骸は別にいる。」



彼は本物の六道骸に操られて、恩人であった自分のファミリーを手に掛けてしまったこと。その後も同じように、沢山の人達の命を奪ってしまったこと。

彼がポツリポツリと話すその節々に、悔しさ、悲しさ、諦め……うまく言えないけれど、それらが直に感じとれて…本物の六道骸の冷酷さを改めて思い知った。





「ボンゴレ…気をつけろ。奴の狙いは―――――」



それから先の言葉を聞くことはなかった。


いきなり俺は彼に身体を勢いよく押されて、頭が混乱するなかで状況を把握した時にはすでに彼が沢山の毒針を全身で受け止めていたのだから。




「…これは、あのメガネヤローの!」


少し回復したらしい獄寺くんが辺りを見渡すも、すでに敵の姿は消えていた。



「だ、大丈夫ですか!?」


彼はドサリと地面に倒れると、苦しそうに息をしている。
……さらに咳をしながら、血をはく様子を見てもう一度声をかけようとした時に、ふと思った。


「貴方の名前はなんですか!?」

「……名前…だ…と?」


「六道骸じゃない、貴方の本当の名前です!」


「……ランチア。」


「しっかりしてください!ランチアさん!」


「……。その名前で呼ばれると…思い出すぜ……俺の…昔の…ファミリー……を……」



俺がそう呼ぶと、ランチアさんは嬉しそうに微笑んでそっと目を閉じていった。
ゆっくりと、ランチアさんの閉じられた目尻から涙がツー…とこぼれ落ちる。



"これで……皆の元にいけるな…"



そう最後に呟いたランチアさんの言葉にすごく……すごく泣きたくなったんだ。

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