夢破れた先には
――――――…

ゆっくりとヒカリの身体がソファーから起き上がるのを見て、俺は「ヒカリ!」と片割れの名前を呼んだ。
あれだけ呼んでもピクリともしなかった妹が、普通に動きだしたことに酷く安心する。


けれど、ヒカリのその瞳を見た瞬間俺の背筋が凍った。
今まで見たことのないような冷たい瞳。無表情な顔。


「お帰りなさい、ヒカリ。」


骸はそんなヒカリに近寄ると、静かに三叉槍の持ち手をヒカリに向ける。

―――嫌な予感が身体中を走った。


「さて、目の前にいるのはお前の友人とお前を殺った憎きマフィア勢……」


「や、やめろ、ヒカリ!その武器を取っちゃダメだ!!」


俺は思ったことをそのままに叫んでいた。


「――――どうすれば良いのか、お前なら分かりますね?」


コクりとヒカリは頷いてから、骸の三叉槍に手を伸ばし、受け取る。
すると三叉槍は姿を変え、次の瞬間には真っ黒な二つの扇がヒカリの手に握られていた。



「――良い子ですね、ヒカリ。さて、マフィアへの復讐を始めましょう。」


骸の合図とともに、ヒカリは俺に向かって走り出していた。
スピードがいつもより速く、あっという間に、呆然としている俺の前に立つヒカリ。
そしてすぐさま振り下ろされる黒い扇――――


「十代目ーーっ!」


獄寺君の言葉で我に返った俺は咄嗟にディーノさんの鞭の柄で凌いだ。鋭い金属音。力の押し合い。男女の差として僅かに俺が押し勝っているけれど、ギシギシいっている柄ではいつまでもつのか分からなかった。


「クフフ…血を分けた兄妹の殺しあい。ボンゴレは随分と愉しませてくれる。」


「………チッ。まずいな。ヒカリの奴、完全に骸に操られてやがる。」



骸とリボーンの声が頭の隅で聞こえた。
骸に操られている…ってことは、ヒカリもフゥ太と同じく酷い目に合わされていたのか――――?
俺は、鞭の柄でヒカリの扇を押さえ込みながらヒカリの瞳を覗きこんだ。



俺は、ヒカリを救う魔法の言葉を知っている。




ランチアさんや、フゥ太と同じ目をしているのなら、助けてやりたかった。お前が罪悪感を持つ必要なんてない、と言ってやりたかった。


スラリとしたスタイル。灰色の綺麗な髪。色白の整った顔立ち。凛とした瞳。

「お前達がこれから行く所に人質は二人いる。片方はお前でも助けられるだろうけど、もう片方は無理だな。」


屋上で出会った、お嬢様のような外見に伴わずなんとも男らしい口調を使う女性。そして彼女は一瞬にして俺の隣に移動すると、コソリと耳打ちしてきた。



その時の言葉を、俺はちゃんと覚えている。












「―――――ヒカリ、跡部司ちゃんは生きてるよ。」


「「!!」」


その時の俺は、ヒカリの動きが一瞬止まったこと、ヒカリの瞳に光が戻ったことに気をとられていて、リボーンや雲雀さんの様子まで気が回らなかった。


「だから、大丈夫だ。ヒカリ、一緒に帰―――」



けれどその先に潜んだヒカリの扇の攻撃は俺の予想に反していて、驚きで息を呑んだ。


「―――ヒカリ、お前…」


その瞬間、受け身をとり続けていた俺の鞭が弾け飛んだ。そしてヒカリが振りかぶって勢いづける扇を垣間見て、次に襲いかかるであろう痛みに目をつむった。



―――ガキン、と金属音が鳴った。



「瑩、君の相手はこの僕だよ。」


うっすらと瞳を開けた俺の前に立っていたのは…意外にも雲雀さんだった。


「雲雀さん!?」


「おやおや、おかしいですね―――」


骸が雲雀さんの骨を何本も折ったという告白に俺は驚いて雲雀さんの名前を呼ぶ。


「何?僕の獲物を横取りするの?」

「獲物っていうか…俺の妹なんですけど……」


雲雀さんの怪我を負っているようには思えないほどの俊敏な動きに、俺は黙らざるをえなかった。



その間にも、ヒカリは助走をつけて雲雀さんに向かっていく。右手の扇を振りかぶると、雲雀さんが左のトンファーで受け止めた。それからヒカリに向かって真っ直ぐ振り下ろされているトンファーにヒカリは脇に避ける。




「……君も相変わらずだね。」



雲雀さんがニヤリと笑ってトンファーを握り直すと、もう一度ヒカリにむかって今度は斜めに振り下ろした。



ヒカリはそれをしゃがんでギリギリに攻撃を回避すると、制服の上着を一瞬で脱ぎさって雲雀さんの顔面に投げつける。そのままヒカリは左足で地面を踏ん張りながら右足を思い切り振りかぶった。
その先は雲雀さんの鳩尾。


「雲雀さん、危ない!」


俺の言葉を遮るようにドゴーンとヒカリの回し蹴りが炸裂した。その状態のまま、雲雀さんは数メートル先まで吹き飛ぶ。一撃を入れられて苦しかったのか、数回ゴホゴホとと咳をしながら膝をついてしまった。


「ひ、雲雀さん?ヒカリももうやめるんだ!」


俺は雲雀さんに駆け寄ろうとした途端、リボーンに「待て。」と止められた。


「なんで止めるんだよ!」

「………。」


「ただでさえ雲雀さんは大怪我を負ってるんだぞ!
それにヒカリのマインドコントロールは解けて――――――ヒカリ、もうやめるんだ!」


俺の制止も虚しく、ヒカリは素早く雲雀さんの元へ移動すると、疼くまっている雲雀さんに向けて無情にも扇を振り落とした。

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