革命前夜
――――――…
バタリと扉が閉じられる音がして、俺は一瞬肩をすくませてから後ろをむく。
けれど、背後に立っていたのは俺達がずっと捜していたフゥ太自身だった。
「フゥ太、無事だったのか!」
心底ホッとした。それはビアンキも同じだったようで、フゥ太に駆け寄っていった。
そして、ピタリと動きを止めたビアンキ。
「―――う゛」
苦しそうな彼女のうめき声が聴こえてくる。
一瞬、今何が起こっているのか俺には分からなかった。でも、倒れ行くビアンキのお腹は赤く染まっていて、その先に見えるのは刃物を握ったフゥ太の手。
そのことを認識した途端、俺は小さく息を呑んだ。
「フゥ太、何やってんだよ!」
俺がそう叫んでも、フゥ太はただ俺に向かって機械的に武器を振り回すだけ。そんなフゥ太から逃げることしかできなかった。
「……フゥ太、やめろよ!」
「マインドコントロールをされているな。」
リボーンの言葉に俺は固まった。つまり、フゥ太は操られているってことだ。
「前にディーノから貰った奴を持ってきてやったぞ。」
リボーンから無理矢理握らされた鞭を持って佇む。
フゥ太と戦わなくちゃ、俺がやられてしまうってリボーンは言うけど……でも俺は、フゥ太とはどうしても戦いたくはない。
「…だったら、直接―――」
骸に攻撃すれば良い。
俺は、ヒカリを横だきにしながらゆったりとソファーに座る骸を睨みつけると同時に走り出した。
骸との距離を数メートルまで近づかせると、狙いを定めて鞭を振るう。
――――バチンと嫌な音が鳴ったと同時に鞭が跳ね返り、俺の全身に痛みが走った。
自爆。それを理解した骸は特徴的な笑い声をあげながら手で顔を覆っている。
「……ほらほら、後ろに気をつけないと危ないですよ。」
骸の言葉に後ろを振り向くと、フゥ太まで俺の鞭に絡まってしまっていた。
「やめろよ、フゥ太。」
急いでフゥ太の武器を遠くに投げ捨てる。
「フー!フー!」
武器はもうないはずなのに、それでもフゥ太は俺に対する敵意を向けていた。
「来ないでツナ兄。」
ふと、フゥ太の辛そうな顔が浮かんだ。
「僕……皆の所には戻れない。僕……骸さんについていく。さよなら」
去り際のフゥ太の泣きそうな顔が頭から離れられない。
そして、骸に操られて自分の仲間に手をかけてしまったと言ったランチアさんの瞳。
フゥ太の瞳はそんなランチアさんの瞳とどこか似ているような気がしてならない。
………もしかしたら、フゥ太も骸に酷いことをさせられて、それで罪悪感を感じているんじゃないかって思った。
フゥ太が武器をもう一度拾い上げて俺に向かって刺そうとする瞬間、俺は真っ直ぐとフゥ太に向き直った。
「―――お前は悪くないんだぞ。」
ピタリとフゥ太の動きが止まる。
「みんなお前の味方だぞ……だから、安心して帰ってこいよ、フゥ太。」
金属音が響き渡る。フゥ太に握られていた武器は力無く床に落とされていた。
「……つ…な……兄……」
瞳の焦点が合い、微かに涙を浮かべたフゥ太と目を合わせた途端、フゥ太が静かに倒れる。
「フゥ太!」
フゥ太のマインドコントロールを解いたために身体がクラッシュしてしまったことを骸に告げられた。
「思えば、最初から手のかかる子でした―――」
俺達と顔見知りだという噂のせいで骸達に狙われたフゥ太。
マインドコントロールをかけても俺達のことを一切口にしなかったと骸に告げられた。
「六道骸、お前は人をなんだと思ってるんだ!」
何の罪もないフゥ太を酷い目に合わせた骸のことが許せなかった。
「おもちゃ…ですかね?」
「ふざけるな!」
俺は鞭をもう一度握りしめると、骸と向き直る。骸はヒカリをソファーの上に置くと、棒を握りしめていた。
相変わらず、ヒカリはピクリとも動かない。ヒカリの顔色は異常なくらい真っ白だった。
「………どうしてヒカリをさらったんですか。」
ふとした疑問に、クフフと骸は笑った。
「攫う?違いますよ。僕達に必要だったのはランキングの彼のみ。……彼女は自ら僕の所へやってきたんです。」
「……え?」
俺が呆然としている合間に骸は俺に向かって走り出してきたため、俺はディーノさんの見よう見真似で鞭を振るうことしかできなかった。
一瞬の間の後に、まるで身体が引き裂かれるような傷み。思わず俺は地面に膝をついてしまった。
リボーンの説明によると、どうやら今の一撃で、目には見えない速さの攻撃を何発も加えられたとのこと。
骸を見ると、奴の右目の瞳は怪しい炎に包まれていた。その瞳には微かに"四"という数字が浮かびあがっている。
「――六道輪廻という言葉をご存知ですか?」
六道輪廻。地獄道・餓鬼道・畜生道・修羅道・人間道・天道間を生まれ変わり死にかわりして巡ること。骸はその六つの世界で授かった六つのスキルを扱えるらしい。
「それが本当ならお前は怪物だな。」
「クフフ、君に言われたくないですよ。呪われた赤ん坊、アルコバレーノ。」
呪われた赤ん坊?アルコバレーノ?骸が言ったこの言葉は、リボーンのことなのか?
俺が疑問に思いながら首を傾けると、いつの間にか視界がゆがみ地面が崩れ始める。
倒れていたビアンキやフゥ太、そしてリボーンまでも地面の隙間から落ちてしまい、俺は叫び声をあげた――――
「バシッ!」
「痛っ!」
その瞬間、頬に衝撃が走った。
横を見ると、リボーンがハリセンを持っている。何するんだよ!と怒鳴ろうとしたけれど、目に入った何の変哲もないボロボロの床を見て首を傾けた。
確かに先程、この地面が崩れたはずなのに。
リボーン曰く、さっきのは幻覚らしい。
骸自身も第一のスキル『地獄道』であることを肯定した。
「アルコバレーノは攻撃してこないのですか?」
「掟だからな。」
「ほう…それは実にマフィアらしい答えだ。」
「それに、俺が手を出すまでもなく俺の生徒がお前を倒すぞ。」
次々と繰り広げられる、骸とリボーンの言葉の押収に俺は一人焦っていた。どう考えたって、俺が骸を倒せるわけがないのだから。
リボーンの言葉に骸のプライドが刺激されたのか、次の攻撃とばかりに俺の目の前には数匹のへびが転がっていた。
これも幻覚か、と思って安心したけれど、骸曰く正真正銘の毒へびらしい。
「さぁ、アルコバレーノ。助けなくて良いのですか?生徒の危機ですよ。」
「あんまり頭に乗るなよ、骸。俺は超一流の家庭教師だぞ。」
「―――十代目、伏せて下さい!」
その瞬間獄寺君の言葉が聞こえて、俺は咄嗟に地面に伏せた。
続く爆発音。
音と煙りが引き、俺が顔を上げた時にはすでに周りにいた毒へびはいなくなっていた。
「獄寺君!雲雀さん!」
ドア付近を見遣るとボロボロの獄寺君を同じくボロボロの雲雀さんが支えるようにして立っているのを見て、思わず目を見張った。
「バーコード野郎とアニマル野郎は二人揃って伸びちまってるぜ。」
「おやおや。」
獄寺君が言うには、他の敵は全て雲雀さんが倒してしまったらしい。
「わかったか、骸。俺はツナだけを育てていたわけじゃねーんだぞ。」
「……そのようですね。では、こちらもそろそろ本駒をお披露目いたしましょう。どうやら、彼女の輪廻も終盤を迎えたようですからね。」
骸がパチンと指を鳴らした。