早送りバースデー
――――――…
「…ヒカリ、ヒカリ!」
誰かに揺すられて意識が浮上する。
『ふわふわ…流れ星…』
「は?ったく、ほら起きろよ!」
『む…う…あと一時間…』
「長ぇよ!」
誰かのツッコミが聞こえたけれど、丸無視を決め込んだ。だって僕は何も聞こえないし(指で耳栓済み)、何も見えない(アイマスク着用済み)。だから僕は、寝る。だいたい今良い夢見てるんだから邪魔しないで欲しいよね。
だけど、もうちょっと寝ていたいという僕の気持ちが相手には通じないのか…
ゆさゆさゆさゆさゆさゆさゆさ
…そう飽きずに揺すってくる。
はっきり言ってウザい。睡眠妨害。
とにかく気にくわなかったから、そのまましばらくは寝たふりを続けることにした。普通なら数分経っても起きる気配のない奴を見れば、大抵の人は諦めるはずだし。
ゆさ…ピタリ。
僕の思った通り、僕を起こそうとしていた人の手が止まった。ほらね、楽勝楽勝。
『(案外チョロイね。)』
僕は心の中でほくそ笑むと本格的な眠りの準備に入ろうとし……………
ゆさゆさゆさゆさゆさゆさゆさゆさゆさゆさゆさゆさゆさゆさゆさ
たんだけど……………
ゆさゆさゆさゆさゆさゆさゆさゆさゆさゆさゆさゆさゆさゆさゆさゆさゆさゆさゆさゆさゆさゆさ
『……ちょ、ギブ。ヘルプミー。吐く、吐いちゃう!』
「り、リボーン、ちょっとやり過ぎなんじゃ…大丈夫?ヒカリ。」
僕は急いで飛び起きてアイマスクを取り外した。その途端グラリとする体。あまりにも揺られすぎた。
それをなんとか支えるススキ色の髪の男の子。
沢田綱吉。
包帯やら何やらでボロボロの中、僕を心配そうに覗いていた。
そして、さっきからウザいほど僕を揺らしてくれていた黒スーツに黒ハットの赤ん坊。
リボーン。
「これでも優しく起こした方だぞ。ツナだったら確実にぶっ放していたからな。」
「ヒィィ!」
ツナの怯えを無視して、オレは女には優しいんだっと豪語するリボーンに、どこが優しいか三十字以内で答えろコノヤローとツッコミたくなったが…
「ヒカリ、今度オレにそんな言葉むけたら…」
『すみません、ごめんなさい、起こしてくれてありがとう。だから読心術使うのは止めてください。』
無理だった。懐に手をやったリボーンを視界に留めると、とりあえず頭を下げる。くそー、僕の弱虫意気地無し根性なし!
僕がこんなにも弱腰になる理由。それは、この赤ん坊の恐ろしさをツナで嫌というほど知っているから。
くそぅ、なんだよこの屈辱。マジマジムカつくんだけど。そう思いながら、僕はリボーンから見えないように強く拳を握ると、いつか絶対ギャフンと言わせてやるという密かな誓いをたてた。
ここは言わずもがな、家庭教師REBORNの世界。つまりは漫画の世界。僕とツカサちゃんが飽きずに見てきた、大好きな世界。
僕のいた世界とリボーンの世界。この二つは決して交わることはない……普通ならば。
なのに、なせ゛僕がここにいるかって?むしろ、僕の方が聞きたい。あの光を浴びてから目を覚ましたら、僕はこの沢田瑩として生まれ、そして育てられていた。しかも、ツナを双子の兄に持つっていう特殊設定付き。けれど、あの光を浴びたのが僕だけじゃなかったら?ツカサちゃんはあの部屋にいなかった。彼女が僕より先に、この世界に来た可能性はないのだろうか。ジロ兄や他の人達もこの世界にいる可能性は全くないだろうか。その可能性を信じたかった。
そんな時だ。出会いこそは最悪だったものの、幼馴染となった雲雀恭弥は僕の様子に異変を感じたらしい。家族やツカサちゃんに会えないこと寂しさに耐え兼ねた僕は、ある日彼にぶちまけた。大切な人と別離したこと。彼女達がどこにいるのか、分からないこと、を。彼の年齢にしては大人びていた雲雀恭弥は、暫く思案した後に言った。
叶えたいことがあるのなら......会いたい人がいるならそれこそ貪欲に求め続けるべきだ、と。
とにかく、この十三年間、僕達は密かに一番可能性としてあり得そうなツカサちゃんの情報を集めようとした。
勿論、情報収集と言っても、僕は子供だから使える機器やツテも限られていて…結局のところ、大したことは分からなかったけど。唯一の救いと言ったら、瑩という名前も、顔や髪の毛も前の世界と変わらなかったことだろうか。これで、いつかどこかで出会っても僕だと気づいてくれるはずだ。
「――――ヒカリ聞いてる?」
ツナの言葉に僕はようやく現実に戻った。ちょっとだけ、ツナのほっぺたが赤い気がする。
この世界では、今日で僕とツナは十三才。所謂、僕たち双子のバースデー。昨日はリボーンの奇数才の誕生日ということで、ツナはものすごくひどいめにあった。そして今も入院中で、ここは病院。奈々ママは僕たちのために家でケーキを作っている。
沢田家の人にとっては、僕は扱いづらい子だったと思う。実際の僕は頭は中一の状態だから、この世界における子供時代なんか退屈で仕方なかったし、わざわざ子供に成り切ろうともしなかった。同世代の周りの子供は皆僕より年下だし、はっきり言ってつき合ってられなかった。幼稚園の先生から、もう少し協調性が…とかなんやらといらぬことを知らされた時も、沢田家の人たちは特に僕を叱るわけでもなく、僕の個性として受け止め、そんなことを言う先生達をマイペースに受け流していた。
『何?ツナ?』
僕が首を少し傾けると、ツナはコホンと一つ咳をした。
「その…な、ヒカリ、誕生日おめでとう。」
そう言ってからツナはニコリと微笑んで、僕の両手をギュッと握ってくれる。なぜ、そんなことをするのか分からないけれど、物心ついたころからツナは毎年毎年、僕の手を握っておめでとうを言ってくれるのだ。
『ありがとう。ツナもお誕生日おめでとう!』
僕も毎年のように出来るかぎり僕の最上級の笑顔を添えて言う。
もちろんツナのことは大好きだし、確かに血は繋がっている。だけど、僕にとっての兄貴はただ一人、芥川慈郎だけなんだ。幸いなことに双子であるぶん、名前呼びでもOKという立場。だから僕は一度もツナをお兄ちゃん、兄貴、ツナ兄…などの類の呼び名を使ったことはない。それをツナがどう思っているかは、分からない。正直、特に気にならないし、興味もなかった。
「だから、オレはマフィアにはならないって!!」
今日もツナの叫び声が、元気良く響き渡っていた。