風邪っぴきさんのお約束
体中の怠さがはんぱなくて、視界がぼやける中で僕はジロ兄に会った。懐かしさとともに今まで我慢していたものが溢れてきて、とめられなかった。やっぱり僕にはみんなが必要なんだ。そして、彼女も。ツカサちゃんがいない今、僕の時間は止まったままだった。
そう思ったら、体が暗い暗い闇の中に沈んでいく。


もう、戻れない。


そう思った瞬間に微かな光を感じた。


《俺も皆もお前のそばにいる。お前は一人じゃないんだ!》


確かに聞こえた誰かの声。
その瞬間、僕に纏わり付いていた闇が不思議と晴れて暖かな光が僕を包んでくれた。

――――――――…

目を開けるとすでに部屋は明るかった。


「目が覚めたのか?」


ピョンと僕の寝ている隣にリボーンに飛び乗られ、僕は僕で、あれ、なんでリボーンが僕の部屋にいるの?っという素直な疑問の意味をこめてリボーンを見つめた。


「昨日、お前は熱出したんだぞ。見てみろ、こいつらも徹夜でお前を看病していたんだ。」


僕の疑問に答えたリボーンはベッド下を指さすと、途端に興味が湧いた僕は未だに怠い体を起こしてその先を見遣ると、リボーンの言う通り確かにツナとディーノが地べたに座りながら寝ていた。


「おい、お前らいつまで寝てるんだ。」


ドガっと容赦ないリボーンの蹴りにディーノとツナは「「痛っ」」と叫びながら目を覚ます。しばらくぼーっと寝ぼけていた二人だが、僕が起きていることに気づくとようやく覚醒したようだった。


「ヒカリ、大丈夫か?」


ディーノに体温計を渡されて脇の下に挟む僕は、ツナの言葉に反射的にコクりと頷いたけれど、同時に酷い目眩がして咄嗟に頭を抑えた。頭がぐわんぐわんしていてダルそうにしている僕の様子に気づいてくれたツナは僕をもう一度寝かせてくれた。結果は37.8度。
ツナ達曰く、これでも昨日よりはだいぶ下がったらしい。


「今日、ヒカリは学校休みだね。母さんには俺から学校に連絡してもらうように伝えるから。」


そう言うとツナとリボーンは僕の部屋を出て行った。



「ヒカリ」



ディーノの声に、僕はツナが出ていった扉から彼へと視線を移す。


「ヒカリ、お前が何に悩んでいるかは分からないけどな。オレで良ければいつでも力になるぜ。」


ディーノの言葉と真剣な眼差しに僕はドキリとした。なんで、分かったの?と素直に驚いたけれど、とりあえずは頷いておいた。


ガチャリと、次の瞬間には水に浸したタオルを持ってきてくれた奈々ママがドアから顔を出すと、僕たちを見て何を勘違いしたのか少し顔を赤らめながらも嬉しそうに微笑んでいる。


「まー…お邪魔だったかしら?」

奈々ママの言葉にディーノの顔はぶわっと赤くなる。僕はそのディーノの焦りようがすごく面白くてケラケラ声を出して笑うと、ディーノはそれを咎めるように僕をジト目で見つつも、ツナに用事があるとかでそのまま席を外してくれた……というより、逃げたという方が正しいのかもしれないけれど。でも、僕も汗をかいて気持ち悪くてかったから丁度良かった。


「ヒカリちゃん、大丈夫?学校とテニススクールには連絡しておいたけど…」


『ありがと、奈々ママ。ごめんね、心配かけて。』


「あらあら、いいのよ。あとでお粥持ってくるけど、何か欲しいものあるかしら?」


大丈夫と答えた僕に奈々ママは微笑むと、僕の着替えを済ませもう一度僕を寝かせて部屋を出ていった。
丁度その時にう"ーう"ーと僕の携帯のバイブが鳴って、だれからだろうと疑問に思いながらも携帯を開くとメールが一通届いていた。相手は隼人。

心配してくれているらしく、後でお見舞いに来てくれるそうだ。
とにかく返信はいいということだから、僕はそのまま携帯を放置することにした。



――――――――…




俺が死ぬ気状態から元に戻った時には、桃巨会はすでに壊滅していた。そして時計を見るも、すでに二時間目が始まる頃で、どうせ遅刻だしヒカリの様子も気になるってことで、ディーノさんの車で俺の家に帰ることにした。



「ただいま。」


「「お邪魔します。」」


外でリボーンとディーノさんが話したいことがあるらしいから、俺たちは先に中に入ると、予想通り、母さんが驚いた様子で俺らを迎えた。



「ツナ?学校は?」


「それが…」



「ヒカリさんの容態が心配で居てもたってもいられなくなってしまったんで、来てしまいました。」


「ヒカリの様子はどうっスか?」


口ごもる俺を庇うように、獄寺くんや山本が一歩前に出て母さんに尋ねる。


「まー…わざわざありがとう。ヒカリちゃんは今落ち着いているところよ。でも食欲がないみたいで…」


このままだと薬も飲めないらしいく、困ったわ…と頬に手を当てて眉を下げる母さんに、ビアンキやチビ達のことを聞くと、ヒカリのために薬草を取りに行ったとか。何でまた…と思ったけど、とりあえず獄寺くんにとって安全であることがわかって安心した。


「じゃあ…母さん、俺がヒカリに食べさせてくるからお粥と薬用意してくれる?」


俺の言葉に母さんは嬉しそうに頷いてくれた。



―――――――…

体が熱い。奈々ママには悪いけど、今はとても何かを口にできる気になれなかった。パソコンをカタカタといじって電源を落とす。
また、ツカサちゃんの情報が掴めなかった。僕はぼーっとする頭を余所に椅子に深くもたれると深いため息をはく。熱があるせいか、いつもよりも落胆度が大きい。そしてまるで見計らったようにトントンとノック音がした。


『…はーい?』


誰だろ?と不思議に思って体を起こすと、やっぱりクラクラした。

「…ヒカリ…具合は――って何で起きてるんだよ!そんな赤い顔をして!」


『……ツナ。』



ツナがドアから顔を顔を出して一変、思い切りつっこんでくれた。さすがは、つっこみ役。こんな時でも自分の役割を忘れないなんて偉い。


「寝てなきゃダメだろ!」


『ヤダ。飽きたもん。もう眠くない。』


僕の言葉にツナはガクリと頭を下げていると、その後ろから隼人と武が心配そうに覗いていたことに気付いた。


『…隼人と武も?』


僕が疑問に思っているうちに、無理矢理ツナにベッドに押し込められた。ついでにツナに差し出された体温計を仕方なく脇に挟む。
パジャマのボタンをはずす時、隼人は免疫がなかったのか熱がある僕と同じくらい顔を赤くしていた。暫くするとピピピというお馴染みの電子音が鳴る。


結果は38.5度


『…あちゃー』


「あちゃーじゃないだろ。安静にしてないから熱上がってるじゃないか!」


『ツナがキレたー…こわーいー…』


ツナの怒鳴る声を避けるように僕は自分の耳を手で押さえると、武がツナを「まーまー」と宥めてくれる。


「とにかく、ヒカリ。何か食べないと薬が飲めないんだから…今、食欲ある?」


『ん…ない――じゃなくて、あるある!』


ツナに返事を言い直した訳…そんなの僕の背中を見れば一目瞭然で、リボーンが僕に銃口を突き付けていた。グリグリ痛い。何この扱い。とりあえず、ツナがよそってくれたお粥を受けとると、白くてほんわりと熱い湯気が顔にかかった。

『ねぇ、ツナ。これ、熱い?』


その僕の言葉に、はーっとツナがため息をつくものだから、僕は頬を膨らませた。


『……ツナがフーフーしてあーんしてくれなきゃ、僕、食べない。』

「な!?お前いくつだよ!それに、獄寺君や山本も見てるぞ。」


『僕は気にしないもん。……いいじゃん、風邪っ引きの特権じゃん。』


全く譲る気配のない僕を見て、ツナは諦めたのだろう、仕方ないなと呟くとフーフーと冷まして僕に食べさせてくれた。



隼人はメールの通り果物の盛り合わせを買ってきてくれたらしく、僕はお礼を言って蜜柑をむいてもらった。一口食べると、甘酸っぱくて美味しい味が口の中に広がった。


『……ありがとう。』


僕の言葉を聴いた隼人はパーッと嬉しそうに笑っていた。


「じゃあ、俺からはコレな!」


僕が一通り食べた終えたのを見計らって、武がビニール袋から何かを取り出す。それは―――



『プ…リン…?』



「おう!俺が風邪ひいた時はいつも食べるんだ。」






『ヒカリ、具合どうだ?なんか食ったか?薬は?』


『う"ー食欲がないんだもん。』



『……つまり何も口に入れてないわけだな。ほら、こいつなら食えるだろ?』


『…プリン?』


『あぁ、ほら口開けろ。』


僕が風邪を引いたとき。
いつもツカサちゃんが買ってきて食べさせてくれた。




ポタ…ポタ…


あれれ、おかしいな。
なんで、泣いてるんだろう?


「え!?ちょ…ヒカリ?」



「野球馬鹿!何ヒカリを泣かせてんだよ!」


「わ、悪ぃ、プリン嫌いだったか?」



僕は急いで涙をぬぐう。


『…違っ…ごめ…武、プリン僕大好き。…食べさせて?』



僕がニコリと笑って武に頼むと、武は焦った顔から一変してニカリと笑ってくれた。


「いいぜ…ほら、あーん…」


『あーーん』


口の中をとろける甘い味。
どこかツカサちゃんの面影が重なって、とても嬉しくなった。






―――――――――…


「おーおー、可ー愛いヒカリちゃんが急病だってんで、おじさん飛んできたぜ。」


「「Dr.シャマル!」」


僕の部屋に入ってきたのは、前にツナの病気を治してくれたシャマルだ。


「オレが呼んでおいたぞ。」


「リボーン!いつの間に!?」


ツナたちはリボーンの登場に驚いていた。


「とりあえず、ガキはすっこんでろ。ちょーっとヒカリちゃんごめんなー。」



シャマルはツナ達を押しのけて僕の脈や眼球、扁桃腺を診察してくれた結果、やはりただの風邪だということがわかった。シャマル曰く、寝不足による疲れからきたのではないかということだった。


「じゃあヒカリちゃん、大事にな。」



その後、残りのナンパがあるとかですぐにシャマルはどっかに行ってしまった。市販の薬でも大丈夫らしいので、ツナが奈々ママに貰ってきた薬をありがた迷惑にも僕にもたせてくれた。



『………………』

「………………」

『………………』

「………………」

『………………』

「………………」


『………ツナ。』

「………何?」


『これ、飲まなきゃ…ダメ?』


「ダメ。」

『……これ、飲まなきゃ…本当にダメ?』

「ダメ。」

『………………』

「………………」

『………………』

「………………」



薬が嫌いな僕を知っているツナはテコでも動いてくれなかった。
カチャリとリボーンが銃で僕に無言の脅しをかけてくるけれど、これだけは僕だって譲れない。どうしても薬はイヤだ。そんな僕を見て、リボーンはため息をついた。

「ヒカリ、飲まねェんなら誰かに無理にでも飲ませさせるぞ。」

『どういう意味?』


リボーンの言葉に首を傾ける僕。ツナは青ざめ、隼人と武は顔を赤らめていた。


「リボーン、呼んだか?」


そこでガチャリとディーノが帰ってくる。リボーンはディーノに何やら耳打ちをすると、赤らめて焦るディーノをそのままにツナ達を部屋の外へと連れ出した。


―――――――――…




「なーリボーン。無理に飲ませるって…や、やっぱり口移しじゃ。」


「秘密だ。…いいからディーノにまかせておけ。」


「「「な!」」」


たった数分間…
ディーノが出てくるまで、物音一つしない部屋に耳をすませながら廊下で待たされている青少年達の想像が嫌に膨らむこととなったが真相は闇の中…

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