幼馴染の弊害
『【こんにちわ。現場のヒカリアナです。僕は今病院のとある病室の前に来ています。
病院とか医者とか注射とか薬とか、とにかく大っっ嫌いな僕がなぜここにいるかというとですね、なんっと驚くことに―――――】』

ガラガラと僕の背後の扉が開く音がした。


「さっきから煩い。入るんならさっさと入りなよ。」


『もうちょっとだけ待って!
【最強と恐れられる風紀委員長様が珍しい、ほんっとうに珍しくも風邪をこじらせて入院しているからです。】』


「ねぇ、君さっきからなんなの?」


『えへ。キャスターごっこー!』


眼鏡をかけて、マイクを持つ僕。うん、キマッてる。


「……没収。」


『えー!ケチ恭弥!』


無表情の恭弥に眼鏡もマイクも僕の訴えも虚しく全て取り上げられてしまい、僕はプクリと頬を膨らませた。そんな僕の不服な顔にため息をつきながら、恭弥はどこからこんなの持ってきたわけ?とメガネとマイクを掌で弄びながらぶつぶつ呟いている。


なんだよ。風紀委員長ともあろう人がこの間まで風邪こじらせてうんうん唸ってたくせに。僕が応接室に行かなかったらどうなってたと思ってんだよ。まったく。



事態は数日前に遡る。



『恭弥ー!お菓子頂ー戴――――ってあれ?誰もいないの?』




風邪がすっかり治った僕は、登校してすぐに応接室にむかった。
もちろん僕が休んでる間のお菓子をたかるためだ。けれど、残念ながら応接室は誰もいなかった。
恐らく、見回りにでも行ってるのだろう。仕方ないので応接室の本棚の裏に僕自身が隠した並盛通販の雑誌を手にとってソファーに寝そべって恭弥を待つことにした。

『〜♪』


恭弥の名前を書けば無料で品物が届く。これは利用しなきゃ損だ。中学生のお小遣なんてたかが知れてるし、僕の気に入った物を発見したら風紀委員の権限を有効に使って取り寄せている。もちろん恭弥には内緒だけど。
ニシシと笑いながら雑誌のページをめくると、見計らったようにガラッと突然応接室のドアが開けられ、咄嗟にヤバいと感じた僕は雑誌をテーブルの下に隠した。


現れたのは、僕の予想どおり恭弥だった。



『恭弥、遅いよ!一体どこ行ってたん――――』


僕の言葉が途切れた理由。そんなの簡単。恭弥の体が傾き僕に寄り掛かってきたから。
咄嗟に受け止めようと腕を伸ばすも、恭弥の重さに耐え切れず勢いよく床に押し倒されてしまった。激しい音に僕は思わず目を閉じた。背中がジンジンと痛い。そして重い。

僕は恭弥に文句を言おうと目を開けると、当たり前だけど目の前に恭弥の顔があった。近すぎる恭弥の顔が思いのほか赤くて、普段じゃ考えられないほど息が上がってる気がして、僕の怒りよりも疑問が勝り思わず言葉を濁した。





『恭…弥?』





僕はその体勢のまま恭弥の額に手を当ててみた。尋常じゃない体温の高さ。




『うわーお、今度は恭弥が風邪っぴきさん?』


なんとか恭弥から抜け出した僕は、すぐに草壁を呼んだ。



―――――――――…



「さっさと入りなよ。」


言われて入る病室。

隣を見ると、積み重なっているいけにえという名の患者さんたちがいて、ご愁傷様…と僕は黙祷を捧げた。それから恭弥のベッドの隣にある窓際の椅子、つまり恭弥の右側に座る。恭弥は…というと何やら本を読んでいた。


『ねー恭弥。それ、なんて言う本。』




「[宇宙相対論とその概要]」



『へー、面白いの?』




「……別に。」



『……………』




「……………」



『…………暇。恭弥…僕、ものすっごく暇。暇すぎて眠くなる。』


パタンと本を閉じる恭弥は僕の顎を掴むと、じぃーっと見つめてきた。



『……何さ。』


首を傾けると、恭弥はハァーっとため息をついている。


「瑩ってムード作れないんだよね。少しは可愛らしく顔でも赤らめたらどうなの。」


『…なんで赤くしないといけないの?』


「普通するでしょ。異性と見つめあったら。」


恭弥に言われて、成る程と改めて思った。だけどね、僕が通っていた氷帝学園。ちょっと普通じゃない。兄である芥川慈郎を始めとして、跡部や忍足など性格はアレでも顔だけは無駄に良い男子テニス部と長年付き合ってきた僕としては、これくらいで可愛らしく頬染めてたらやってらんないってもんだ。兄貴たちに過保護並に守られていたからそこらの男子は近づいてこなかったけれど、身近すぎる兄貴たちのおかげで無駄にそれはもう免疫バッチリだった。



「…もういいよ。僕は寝るから起こさないでね。」


『あ!ズルイ。恭弥、待って。僕も一緒に寝る。』


靴を脱ぎ、ズイズイと僕もベッドに乗って恭弥の隣を陣取って布団を被ると必然的に恭弥と密着した。こういうのってどこかワクワクする。


「もしかしてと思うんだけど、君、ここで寝るの?」


『当然!他にどこで寝るの?じゃ…おやすみー』



おやすみ三秒。
僕はすぐに夢の世界へと旅立った。



――――――――…



「…これじゃあゲームにならないんだけど。」



雲雀は瑩を見ながらため息をついた。



「そもそも、こんな密着しておいてどういうつもり?」



スヤスヤ眠る瑩。雲雀の質問に答える者は誰もいなかった。




「……………君は昔から僕に対して警戒心がなさすぎるよね。無防備にもほどがある。」



これでも僕は男だよ?そう呟きながら雲雀は瑩の頬を撫でた。



「僕がしようと思えば、その首をへし折ることもできるし…」


雲雀は瑩の首をつー…と撫でる。


「トンファーで君の頭をめった打ちにもできる。」


そのまま瑩の頭を撫で、髪を優しくすいた。


「そして…」



瑩の頬に自身の左手を添える。右肘に全体重をかけると、ベッドが僅かに軋む音がした。瑩の寝息が雲雀の頬を掠めたのを合図に、みるみる顔を瑩の顔へと近づかせて、唇と唇が触れ合う一歩手前でピタリと動きを止めた。



「君から口づけを奪うこともできる。
…こんなにもたやすくね。」



雲雀は体勢を元に戻すとナースコールを押し、そのまま数分と経たないうちにナース…だけではなく、この病院の院長もやってきた。


「ねぇ、誰か僕の暇つぶしになる奴はいないのかい?」




「それでしたら…つい先程雲雀様と同じ並盛中学校の生徒さんが入院してきましたけど…」


「ふぅーん…で、そいつの名前は?」



「沢田綱吉っという患者さんです。」



院長が言った瞬間、雲雀の目が見開き、横に寝ている瑩を見遣ると、ニヤリとほくそ笑む。なんとグッドタイミングなことか。


「いいよ。彼をここに連れてきて。」




「はい。すぐにでも。おい、君。」


そう言うと、院長は一緒にいるナースに呼び掛ける。



「は、はい。」


「今すぐ沢田さんをここにお呼びしなさい。」




「わかりました!」




ナースはお辞儀をして急いで病室を出ていった。


―――――――――…


スヤスヤスヤスヤ夢の中。
夢の中で僕はツカサちゃんといた。
一緒になって三日月に座り、星を眺めている。


『綺麗…』


僕の言葉にツカサちゃんも頷いた。


その途端、ドカーンと夜空に花火が咲く。パラパラと惜し気もなく綺麗に咲かせた夜空の花ははかなくも散っていった。

それと同時に薄くなっていく僕とツカサちゃん。僕はキュッと握って彼女の腕を抱きしめた。




『行かないで…』


もう僕を一人にしないで。
一緒にいようよ。


僕の言葉にツカサちゃんは首を振ると笑顔をむけてくれた。




『大丈夫…もうすぐだから』


ツカサちゃんは一言残すとスゥっと消えていった。




―――――――――…


『行かないで!!』



再び僕が叫ぶと頭にポンっと何かが置かれて、不思議に思って目を開けた僕は目の前の光景に驚いた。なんたって、そこにいたのはツカサちゃんじゃなくて恭弥がいて僕の頭に手を乗っけていたのだから。…なんだろう。恭弥の表情が柔らかい気がする。普段無表情で、気をつけて見なければ分からないほどの変化なのだけれど。大丈夫、って言われている気がして……それが、今はなぜか僕を安心させてくれた。そう思った瞬間、僕の胸の奥が小さく…僕も意識をしなければ分からないほどの小さな痛みを感じたけれど、僕はそれを心の隅に押しやって深く沈めた。





「その声はヒカリー!?なんでお前が雲雀さんのところに!?」


ツナの叫び声に僕は一気に覚醒した。



そしてガバリと起き上がる。
僕がツカサちやんの腕だと思って掴んだものは恭弥の腕だった。



「しかも、なんで雲雀さんのベッドで寝て―――」」


「沢田綱吉。黙らないと咬み殺すよ。」



とりあえずツナは精神的にダメージを受けたみたいでヒィィと悲鳴をあげている彼をよそに、僕は首を傾けた。ツナがなんで病院にいるの?と素直に疑問に思う。





「雲雀さん、妹が迷惑かけてすみません!!すぐ連れていきますので!」




「……待ちなよ。瑩が僕の腕を握ってるから今は君を咬み殺すことはできない。けど、君が瑩を連れていったら僕の腕は自由。君を咬み殺すことになるけど…いいの?」




恭弥の言葉にツナは冷や汗を流してブンブン首を左右に振った。



『ツナ、僕が恭弥の相手してるからツナは自分の病室に戻ってなよ〜』


「いや…それが…」





「沢田さん、困りますよ!病院に爆発物を持ち込むなんて!」




ツナがしどろもどろしてる間に看護婦さんがきて、ツナは彼女に引きずられていってしまった。どうやら部屋を変えられるらしく、あとでお見舞いに行ってあげようかなーとゆったり考えていると、隣から視線を感じて僕は目線を上げた。




「さっき、僕の相手してくれるって言った?」


『うん、言った。だから一緒に寝よ。』


僕は恭弥の胸に寄り掛かって目をつむる。上の方でため息が聞こえたけど、僕は気にしないことにした。恭弥が僕をギュッと抱きしめた後、一緒にベッドに横になる。


それから僕たちは今度は二人仲良く夢の世界へと旅立った。

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