姉御の来襲
――――…



あれから数日が経って、僕たち万事屋は皆で昼食を食べている。もちろん、昼食っていうのはいつも通りの卵かけご飯だけなんだけどね。それくらい万事屋の家計は火の車だった。


『…ンー…』


〈新八、新八。ほたるが食べれなくて可哀相ネ。〉

隣で食べていた神楽ちゃんに耳打ちされて、向かい側のソファーに座っているほたるちゃんを見る。


確かにほたるちゃんはなんとか箸を使って一人で食べようとしているが、やはり扱いが慣れていないのか、うまく口に運べていない。


ユルユルな卵かけご飯をグウの手で掴んでいる箸で掬った傍らからご飯を落としそれを先程から繰り返していた。



『……フ……ゥ…』


だんだんと機嫌が悪くなっていくほたるちゃんの隣では、一人もくもくと銀さんはご飯を食べている。



銀さんも、あんな様子のほたるちゃんの隣でよくご飯食べられるなー…。


僕は銀さんをちらりと見るも、銀さんはほたるちゃんの様子を無視しているのか、気付いていないのか…僕にはわからなかったけど、あれじゃあほたるちゃんが哀れで見ていられなかった。


「あの、銀さん。ほたるちゃんが箸使えなくてご飯食べれないみたいですよ?」


「――アー?」


銀さんは箸を止めながら、隣のほたるちゃんを見る。もはやほたるちゃんの瞳からは微かに涙が溢れていた。お腹がすく中、目の前のご飯を食べられないもどかしさは相当なものだろう。


「…何。オマエ箸使えないの?」

「いや、二才で使えたらたいしたもんですって。」

「この間は私が食べさせてあげたアル。」


ほたるちゃんは一旦手を止めて、大きな涙目の顔で僕達の方を見渡したあと、銀さんにむけて自分の箸と茶わんをかかげて首を少し傾けた。


きっと“食べさせて”という意志表示だろう。


ほたるちゃんの茶色の細い猫毛が微かに揺れる。ほたるちゃんの行動に銀さんは目を丸くしていたみたいだけど、すぐに何事もなかったように表情を元に戻すとわざとらしく大きなため息をはいた。


「ったく最近の親は何やってんのかねぇ、こうやってガキの頃から甘やかしているから、いざいい大人になった時にやれ“ニート”だの、それ“アダルトチルドレン”だのなんだの言われんだよ。ったく少しは自分でやってみるっツー向上心がなけりゃーいつまでたっても成長しねェーっての。だいたいなァ、今が可愛い時期ってなもんで男親なんかシュークリームのクリーム並に娘に甘ェが、そいつがいざ思春期むかえてみろ。今まで手塩にかけて可愛がってきたものが手の平返すように煙たがわれるんだぜ。それに加えて定年まじかの会社リストラされ、嫁と娘に出ていかれた矢助五十五才の気持ちがおめェらに分かるのか!?」


「って実話ァァ!??誰だよ矢助って!!ってゆーか、ほたるちゃんはさっきからちゃんと自分で食べようと努力してましたよ!いい加減食べさせてあげてもいいじゃないですか。」


僕の言葉に銀さんは“しょうがねェーな”とかなんとかブツブツ言いながら、ほたるちゃんを膝の上に乗せる。僕と神楽ちゃんは、ご飯を食べながらそんな二人の様子を見ていた。


「ほら、ほたる。あーんしろ、あーん。」

『…アー』


銀さんは卵かけご飯をほたるちゃんに食べさせる。ほたるちゃんは素直に口をあけてやっとありつけたご飯を満足そうに食べていた。ニコニコとご機嫌な笑顔が可愛らしい。


「あ、コラ。ちゃんと口開けろって!端から零れてるじゃねぇか。」


銀さんは食べおわったほたるちゃんの汚れてしまった口をティッシュでごしごしと拭いてやっている。

『…ヤーー』


銀さんの力が強すぎるのか、ほたるちゃんは目をギュッと瞑ってイヤイヤと首を振り続けていた。


「なぁーにが、“やー”だ!そのままだとベタベタになるっツーの。」


銀さんの言葉にほたるちゃんは頬を膨らませ、銀さんを拒絶するかのように目を細め“イー”とする。


(…あれ?)


今のほたるちゃんの顔はどこか銀さんと似ていたような気がする。というか、僕には二人の顔がかぶって見えた。一度メガネをはずして、目をごしごししたあと、再びほたるちゃんを見る。やっぱり、いつもどおりの可愛らしいほたるちゃんがいた。


(見間違え…かな?)


「オイ、なんだその“イー”は!?“嫌よ嫌よも好きのうち”の“イー”なのかコノヤロー!」


「いやいや、違うヨ。銀ちゃんがあまりにも乱暴に扱ったからほたるが嫌になったネ。その“イー”は“娘に嫌われてもいいじゃねェか、伊藤矢助五十五才!オマエは一生懸命頑張ったマダオEXの“イー”アル!」


「もはやほたるちゃん関係ねェェ!ってか、何気神楽ちゃんもその矢助さん知ってるし。いったい誰なんです?矢助さんって…僕がいない時に来た依頼の方ですか?」





「「いや、夢で見た。」」


「オィィィ!!何そのシンクロされた夢!夢も希望も何もない夢だな、オイ!」


僕は二人の態度に思いっきり突っ込んでしまった。


《こんにちわ》


突然玄関から聞こえた声。僕たちは、身を起こして扉の方を見た。






「お邪魔します。」

「姉上!どうしたんですか?」


いきなり姉上が万事屋に来たということにも驚いたが、何よりいつもの二倍笑顔で立っている時点で恐ろしい。おもわず僕は一歩あとずさった。



「新ちゃん、少しお話があるんだけど良いかしら?」


ポキッポキッと指を鳴らす姉上に、おもわず喉奥からヒィーというような声にもならない音がでてしまう。…僕何かしましたっけ?




「おーおー、姉弟喧嘩か?頼むから家壊すなよ。じゃねェと下のババァがうるせぇー。」




銀さんの声にかまわずに姉上は僕喉元の服を思いっきり掴んだ。
その瞬間、姉上の絵に描いたようなすばらしい笑顔が消え、瞳がカッと見開かれる。ヤクザさながら、あまりにも目が開きすぎて血管が恐いくらい浮き出ていた。


「あたしの昔の着物どこだゴラァッ!?
あれはなァ、父上から買ってもらった思い出のモンなんだよ!」


そしてそのまま姉上は背負い投げの態勢…


「ちょ、姉上ストップ、ストップぅぅーー!!!」


「問答無用じゃあぁあぁ!!!!」


ぎゃゃゃぁぁぁあああ


ドゴォォォン!!!


「ぐほぉ!」


「「い、一本…」」


神楽ちゃんと銀さんが冷や汗を流しながらも、僕と姉上から視線をはなして白旗をあげた。




―――――…



「まー…そうだったの。それならそうと早く言ってくれれば良かったのに。」

「いや…姉上が勝手に…」

「あ”ぁ”!?」

「スミマセン!」


背負い投げを決められた後、僕はとりあえず謝り倒して事の真相を全て話した。

今僕達はソファーに座ってお茶を飲んでいる。ちなみに銀さんとほたるちゃんは苺牛乳だ。


「それにしても…ほたるちゃん可愛いわー。」


『?』



姉上は先程の機嫌の悪さはどこにいったのか、ニコニコ笑顔でほたるちゃんを抱き上げた。いきなり抱き上げられたほたるちゃんはキョトンとした顔で不思議そうにしていた。


「おーーい、あんまほたるに触れるなー。マジで。銀さん、ほたるが怪力女に成長したら泣いちゃうから、うん。」


苺牛乳を飲みながら銀さんが呟くと、姉上の無言の攻撃で銀さんの頭がテーブルにめりこんだ。



それを見てほたるちゃんは無邪気そうに笑っている。


「とにかく、ほたるちゃんは可愛いいけど、これとは別。私の着物は返してもらうわ。」

「あ、姉上…」

「アネゴ、それじゃあ、ほたるはどうするアル。裸ですごさなくちゃならないヨ!」

「よく言った神楽!ほたるに変なプレイやらせるつも―――」


ゴガーン

「フゴォ!」


銀さんがめんどくさそうに呟くと、再び姉上の制裁。僕は銀さんの懲りない言動にため息をはきたくなった。



「とりあえず、私はこれからほたるちゃんと呉服屋に行ってきます。」


「お、おー、さすがキャバクラで働いているだけあるな。太っ腹なこった。」


顔中、鼻血塗れの銀さんが呟くように言った。


「いやだわー、何言ってるの?もちろん銀さんのお金に決まってるじゃない。」





…や、やっぱりそうきたか。



「は?何言ってんのお前。万事屋の財政はなー」


「だすよな?」


「「「ハイ」」」



こうして姉上とほたるちゃんは呉服屋に、僕は―――…コホン。お通ちゃんの生ライブに行ってきます。いやー、ほたるちゃんが行方不明ってことで、涙ながら行かない予定だったんですけど、こうして行けることになったんです。




―――――…




「銀ちゃーん、暇アル。」


「しょーがねーだろ。こちとらなけなしの財産ブンどられて明日の生活費すら危ういんだ。これ以上余計な出費を控えるにも家でじっとしてるのが一番―――」



ポチン




【《みんなーー、今日はお通のために来てくれてありがとうがらしイッキはめっちゃつらい。》


《《めっちゃつらい!!》》


《さっそくだけど、今日はお通から発表がある妖怪ぬらりひょん!!》


《《わぁぁぁ!!!》》】


そう言って銀時はテレビのスイッチを付けると神楽はがばりとソファーから起き上がった。


「これ、今新八が行ってるライブネ。
新八もテレビにでるかもアル。」


「イヤ、こんな暗い中だとわかんねェーだろ。」


【《紹介するよ!お通の妹分として多くの候補の中から選ばれた期間限定のニュウーアイドル『ほたる』ちゃんでーすトロンガージェット!!》】


「は?ちょ、今ほたるっつってなかったか?イヤイヤだって今、アイツは買い物に行ってるはず。同じ名前たァ、めずらしいな。」


「銀ちゃーん、ほたるがテレビに映ってるネ。ついにテレビデビューヨ!録画しなきゃ!」


まるで公園デビュー!とでも言うような神楽の声に、銀時は急いでテレビを覗き込んだ。スポットライトをたんまり浴びたお通に抱かれているのはまぎれもなくほたる。


《「な、なにィィィィ!?」》



直接会場内にいる新八と銀時の声がかぶった瞬間だった――――…

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