再会
『♪』
ほたるはとにかくご機嫌だった。三十センチぐらいの真新しい木刀を腰に下げては終始ニコニコしてやがる。女子供がそンなもんで嬉しがるつーのがオレには理解できなかった。
クイクイ
「土方さん………アレ。」
オレが訝しげにほたるを見ていると、総悟がオレの袖を掴みながら先方を指差し、そのまま進行方向に目をむけた。
《きっとアイツは甘味処でパフェ食ってると思うんだよね。うん、絶対そこにいる。いなかったとしても、オレがそれ食べれば見つかる気がするもん。》
《いーや、きっと駄菓子屋で酢昆布しゃぶってるネ。もしいなかったとしても、私が―――》
《それ、アンタらが食いたいだけだろ!!…アノ子はたぶんお通ちゃんのライブに行ってるンですよ。もしいなかったとしても、僕が――》
《《ンなわけねェだろ、ダメガネ》》
《ちょっとォォ!!アンタらに言われたくないんですけどォォ!!》
前方からは万事屋の連中らがギャーギャー喚きながら、こちらにむかってきていた。
…今日は厄日か?そう思うとため息をはかざるをえなかった。
《パフェ!》
《酢昆布ヨ!》
《お通ちゃん!》
…いつになくうるせェ連中だな、オイ。何か?あいつらは常に口を開いてないと死んじゃうよー…的な呪いにでもかかってんのか?
「オイ、総悟。早く帰っぞ!アイツらと関わるとロクなことねェ――」
…って、隣を見るもすでに奴はいねェーし!!!
オレの気持ちを余所に、すでにアイツはオレから約十メートルほど離れた万事屋と合流していた。
《旦那じゃねぇか。これまた奇遇ですねィ。揃ってお出かけたァ仲の良いことでさァ。…実は俺も土方さんと買い物に来ててねィ。》
総悟がオレを指さしたことで、万事屋たちが一斉にこちらにむく。銀髪と一瞬目が合うが、すぐに奴は総悟の方にむきなおった。わざとらしく、奴は額に手をかざしてキョロキョロ辺りを見回してやがる。
《え、何。多串くんも来てンの?オレには全然見えないンですけど。》
…あの野郎、さっきばっちり目ェ合ったじゃねェか。わざとだろ。絶対ェわざとだ。
《アアアァァアアア!!》
いきなりメガネがオレの足元を指さしながら叫んだ。それはもうおもしれェぐらい表情が崩れるほどに。
「新八うるせェよ、地味キャラだからって気持ちはわからなくもねェけどよォ…無理に叫んで自分を誇張するっつーのは逆にマイナスポイントだぜ?」
銀さんが腕を組み目を閉じながら、僕の肩をポフポフ叩きながら分かったようにうんうん頷いている。
「それなら土方さんも同じでさァ。いつもちょっとしたことで、すぐ叫んで……まったくいただけねェったら。」
「総悟、それの八割はてめェのせいだ。」
僕は土方さん達の真顔のトークに苦笑しながら、隣で肩を叩かれたことでそっちを見ると、神楽ちゃんがひどく真面目そうな顔で僕を見つめていた。
「…どうしたの?神楽ちゃん。」
「新八…もっと自分に自信を持つネ。
ダメはダメなりにオマエは良い味だしてるアル。」
「神楽ちゃん……………。って、それって結局地味からダメに格下げされてるだけェ!?」
…って、そんなことしている場合じゃなかった!
僕は土方さんの随分下の方に位置しているほたるちゃんの頭をそっと撫でた。
ニコニコと僕たちを見つめていたほたるちゃんの瞳が、気持ちよさそうにすっと細められる。まるで子猫のようだなと僕は少し微笑んだ。
「銀さん、神楽ちゃん。ほたるちゃんが見つかりましたよ。」
「「何ィィィ!?」」
僕の言葉に一斉に銀さんと神楽ちゃんがほたるちゃんの元へ駆け寄る。
「ぐはァッ!!」
ついでに突進してきた定春が土方さんを撥ねていたけど、二人はほたるちゃんとの再開で思いっきりスルーしていた。
その場から垂直に飛び、そのまま地面に激突した土方さんに、沖田さんはニヤリと笑っている。
どこから取り出したのか、小さな花を倒れている土方さんのお腹に乗せ、さらに木魚とともにお経をまでも唱え始めていた。
《南ー無阿ー弥陀ー仏…
土ー方ー地ー獄に落ーちろー
副ー長の座はーオレのものー
南無阿弥陀仏
南無阿弥陀仏
南無阿弥陀仏…
おとなしく召されィ!》
カチャリ…どがーーん!!
《グゥオボゲァ!》
沖田さんのバズーカが発射されたらしく、土方さんが倒れたあたりが煙で舞った。ってかアレ、土方さん本当に死んじゃったんじゃ?なんか沖田さんがガッツポーズしてるみたいですけど、その煙の後ろから修羅のような黒い影が見えた。
僕は関わっちゃいけないと思い、急いで視線をほたるちゃんに戻す。
《くォらァァ!総悟ォォ!!》
後ろで土方さんと沖田さんの追い駆けっこが始まったみたいですけど、僕は極力気にしないようにほたるちゃんの頭を再び撫でた。神楽ちゃんなんか、ほたるちゃんと会えたのがよっぽど嬉しいのか、しっかりとほたるちゃんを抱き締めている。
僕はそっと口を開いた。
「…ほたるちゃん、心配したよ?僕たち必死になって君を探してたんだからね。」
「おーーい、てめェらさっき甘味処とか行こうとしてなかったか?」
いつの間にこちらに来たのか土方さんがタバコに火をつけながら真顔で呟いた。
「多串くん、君ねー分かってないなー、うん。分かってないよ。銀さん、君みたいにバカじゃないからほたるが行きそうなとこしぼってたんですぅー。」
「コイツマジ斬っていい?」
「オイオイ、一般市民に刀抜いちゃっていいのか?てめェの首がスコーンと飛んじゃうんじゃない?」
「構わねぇよ、その前にてめェの首をスコーンと斬っちまって証拠隠滅すりゃー問題ねェー。」
「ああん?マジでスコーンといくか!?」
「上等だ。やれるもんならやってみろ、返り討ちにしてやる!」
「つーか、なんでてめェーらとほたるが一緒にいンだよ!?」
「あ″ぁ!?迷子だったみてェだから、こっちはわざわざ面倒みてやっただけだ。てめェーこそ、ほたるとどんな関係なんだ?このガキの体質はフツーじゃねェー…それにオレァコイツが…」
なんだか、とてつもなく雰囲気が悪くなったので、僕は二人の間に入って宥めた。
「えーーとですね、ほたるちゃんは、その…」
その時、銀さんは僕の話しを遮るように土方さんの方に一歩近付いた。
「てめェなんかに教える義理なんざこちとらねェーよ。人の身上ガサゴソガサゴソ、てめェらはゴッキーか?ゴッキーなんですかぁ?」
「あンだと?」
いつの間にかお互いに顔を引きつらせるなか、ふと銀さんが一瞬僕を振り替えって、“それ以上しゃべんな”というように鋭い目線を送ってきたため、僕は訝しげに思いながらも素直に頷いた。
その後すぐに銀さんは何事もなかったように土方さんに向きなおる。その時だった。
どがーーん
「「うぉ」」
それを沖田さんのバズーカによって二人は難なく引き剥がされる。丁度二人の間スレスレの壁にでっかい穴があいて、その威力を見た二人はゴクリと生唾を飲みながらも勢い良く沖田さんを睨んだ。
「ほたるの前で喧嘩なんてみっともねェですぜ。そんなことより、こいつは驚いたでさァ。まさかこのガキも旦那がこさえたンですかィ?この間のガキと違って、旦那、今度は随分と自分の遺伝子制御したんですねィ。それとも相手の女が――」
沖田さんのニタリ笑いにピクピク顔を引きつらせながら、銀さんは口を開く。
「“も”って何?この間のは違うから!あれ、ただの依頼だっただけだから!つーか沖田くん、これ少年誌ね。新八代表とするチェリーボーイたちが読む健全なものだから!」
「ちょっとォォ!!今僕の話必要ないでしょ!?」
僕は一通り叫んでから、土方さんに頭を下げた。
「ほたるちゃんを真選組で保護してくださって、本当にありがとうございました。僕たち、ほたるちゃんも誘拐されたかもって思ってたんです―――近ごろ何かと物騒ですし…」
土方さんはタバコの煙を一つ吐くと、そのまま火を消した。
「いや、お礼なんざ必要ねェよ。それも俺たちの仕事だ。」
土方さんはしゃがんで、未だに土方さんの近くにいるほたるちゃんの頭を撫でた。あの土方さんでも、こんな優しい顔をするなんて…と僕は信じられない気持ちでいっぱいだった。
「ところで気になっていたンですが、ほたるちゃんの腰に下げているちっちゃな木刀って…」
「悪ィ。たぶんコイツに変な興味持たせちまったらしい。百パーセント総悟のせいだが。」
『マヨ、マヨ!』
ほたるちゃんが土方さんに抱っこをせがんでいるらしく、両手を土方さんに向けている。
土方さんはため息をつきながらも、軽がるとほたるちゃんを抱き上げて片腕に乗せた。ほたるちゃんは、そこがお気に入りなのか、キャッキャッと嬉しそうに笑う。
「ーーーちょっとちょっと、うちの子勝手に抱かないでくれる?テメェのマヨヤニに侵されて大変なことになったらどうしてくれんの?」
「ーーーああん?」
銀さんがほたるちゃんを土方さんから奪い取ってゆっくりと後ろを振り返り、もと来た道を引き替えしていった。
「銀ちゃん、どこ行くネ?」
僕や土方さんが神楽ちゃんの不安げな声で銀さんに注目する。銀さんは一瞬立ち止まると、その状態のままため息をはいて頭をガシガシとかいた。
「新八、神楽…ついでに定春。見つかったし、万事屋に帰っぞ!ほたるもはしゃぎすぎて眠くなったみたいだしな。」
見ると、確かにほたるちゃんはコクリコクリとし始めている。
「オイ、待て!まだほたるのこと―――」
「あ、土方さん。確か今日五時から【結婚できないはぐれ刑事 純情にほえやがれ】 二時間スペシャルが始まりやすぜ。」
「マジで?やべ、録画してねェーわ。オイ万事屋、今日は引き上げるがほたるのことは、きれいさっぱりはいてもらうから覚悟しろ!」
そう言って彼らも屯所に戻っていった。すでにほたるちゃんと銀さんの姿も見えなくなっている。
「神楽ちゃん、僕たちも帰ろう。」
「新八…」
神楽ちゃんに呼ばれて、僕は振り返る。
「やっぱ、銀ちゃん最近おかしいネ。なんか、私たちに隠しているアルか?」
神楽ちゃんの心配そうな顔に、僕は一瞬なんとも言えなくなったが、すぐに口を開いた。
「うん…。だけど、僕たちが聞いたところで、あの人は本当のことを言わないよ。一人で荷物背負って、僕たちにその荷物さえ見せてくれない。」
僕の言葉で何を思ったのか、神楽ちゃん下をむいて隣にいる定春の喉を撫でていたが、すぐに前をむいた。
「でも新八、私たちは仲間アル。それなら、銀ちゃんが自分から話してくれるまで信じて私、待つヨ。…ねー、定春。」
「アン!」
僕は神楽ちゃんの言葉に少し微笑んだ。
なんだか、僕自身も元気をもらった気がする。
「もちろん僕も待つよ!みんなで待とう。…じゃあ、お腹もすいたし僕達もそろそろ帰ろうか。」
銀さん、僕たちは万事屋の仲間です。僕たちは銀さんが僕たちにも荷物を分けてくれるのを待ってますからね!!