現実の狭間
依頼どおり子犬を買った僕たちは三丁目の饅頭屋“みずの”にたどり着いた。




「あの・・・銀さん、ここで本当にあってるんですよね?」



僕はゴクリと唾を飲み込みながら銀さんを見る。銀さんは頬をかきながらも“あァ・・・”と呟くように言った。



「でも・・・いったいどうして・・・・」


「みずの・・・きく・・・そうぎじょう・・・銀ちゃん、これって葬式みたいアル。」



「・・・神楽ちゃん、“みたい”じゃなくて、そうなんだよ。銀さん、どうします?
入るにしても、僕ら私服だし・・・神楽ちゃんにいたっては赤い服。ほたるちゃんもいますし、これじゃあ入れませんよ。・・・あ、あれはお登勢さんじゃないですか?」



喪服を着たお登勢さんも僕の声に気づいてくれたようだった。


「なんだい、アンタ達。こんなとこに揃いも揃って・・・」




「アン!」



「・・・キューン」




お登勢さんは僕らの服装と、神楽ちゃんが乗っている定春とほたるちゃんが抱いてる柴犬の子犬を横目で見やると、はァとため息をはいた。それを見たほたるちゃんは、キュッと子犬を抱きしめる力を微かに強める。





「・・・アンタ達、その格好じゃ常識はずれもいいとこだよ。」




「うっせーな、ババァ!こちとら依頼をこなしに来ただけだ。てめェーこそ、なんでこんなとこに?」





銀さんの言葉に、お登勢さんは店の前にかかってある“水野 菊 葬儀場”を見つめた。




「なァに、あたしの古い友人の最期の面を拝みにきただけさ・・・」


「「「古い友人?」」」




「あァ、お菊はもともと消極的な子でねェ。自分の言いたいことを素直に言えなくて、若い頃はいろいろとあったんだ。
あたしとは奉公先でたまたま知り合ってさ。あたしの店にも前まではたまに来てたンだけどねェ、理由があってある日を境にピタリと来なくなってそれきりだったんだよ。
・・・まさか殺されちまうなんて。」




「・・・殺された?」





銀さんの言葉にお登勢さんは“あァ”と呟いた。



「丁度、三日前・・・道端で何者かに斬られていたんです。もちろん犯人は捕まっていません。同心の方は、恐らく通り魔だろうって・・・」


第三者の声に僕らは一斉に振り向いた。そこに立っていたのは、喪服に身をつつんだ小柄なお爺さん。水野さん同様、とても優しい雰囲気のある人だった。だけど、その瞳は悲しみに沈んでいる。




「お登勢さん、この度は家内のためにわざわざお越しいただいて・・・なんとお礼を申し上げたら・・・」


「・・・なんだい、水臭いねェ。お礼なんてするほどのことじゃないさ。それより・・・今回のことは残念だったねェ。」




「はい、突然のことで・・・あの世にいる家内が一番驚いてるでしょうね。」


「・・・・・」




お登勢さんは黙って聞いていた。




「・・・家内は人前が苦手なところがあって店に出ることもありませんでしたが、その代わり家事はしっかりとやってくれて・・・誇れる女房でした。それなのに・・・なんで・・・こんなことに!いったい・・・誰が!お菊に・・・私はお菊なしでどうやって生きていけば・・・」





水野さんが膝をついて涙を流すとお登勢さんもしゃがみこんだ。




「・・・しっかりおしよ。アンタがそんなんじゃ、お菊も安心して眠れやしないだろ?お菊を誇れる女房だと言っておきながら、アンタが落ちぶれちゃあお菊の面目まるつぶれじゃないかい。・・・本当にお菊のことを思うなら、アンタはお菊の分も生きなければならないんだよ。それを、お菊は望んでいるはずさ。・・・そう思うだろ、銀時?」



お登勢さんはその体制のまま銀さんに呼びかけた。僕らも銀さんを見る。銀さんは、面倒くさそうに頭をかいながら“ったくしょーがねェーな・・・”と言うと、しゃがみこんで水野さんと目を合わせた。




「銀さんも来てくれたのか・・・?」



水野さんの言葉に、銀さんはほたるちゃんを呼ぶ。銀さんに呼ばれたほたるちゃんは、いつものようにタタタとかけ寄った。




シャラン


それと同時に微かな鈴の音も鳴る。





『ヒク・・・んう”・・グス・・・』




水野さんの涙に触発されたのか、先程から泣きじゃくっているほたるちゃんに子犬は“キューン”と鳴きながら頬をぺロリと舐めた。その様子に銀さんは苦笑すると、ほたるちゃんから子犬を受け取って水野さんに渡す。



思いもよらなかった子犬の登場に、水野さんは目をパチクリとした。


「銀さん・・・この犬は?」



「・・・これはアンタんとこのバァさんが、三日前に俺達に依頼してきたもんだ。」



「・・・三日前・・・お菊が・・・?」



「あァ、代金はすでにもらってるぜ?」



水野さんは驚きで目を丸くした。



「・・・銀さん、本当にお菊が?」




「あァ。」


僕もしゃがみこむと、ほたるちゃんの頭をなでながら水野さんの目を見た。


「水野さんが言ったんですよ。三日後に子犬をここに持ってきてくれって。」


「・・・君は?」




「志村新八です。この子がほたるちゃんで、あっちにいるのが神楽ちゃんです。銀さんと一緒に万事屋をしています。あの、どうして水野さんはそんなに驚かれているんですか?」


僕の言葉に、水野さんはすごく懐かしむように目を細めた。やや暫くして水野さんは口を開く。



「家内は・・・お菊は、犬アレルギーなんです。犬に触れるがけで、くしゃみや蕁麻疹がでたり・・・ひどい時には発熱も・・・」



「・・・そんなにひどい犬アレルギーなら、なんでバァさんは俺たちにこんな依頼を?」




銀さんの言葉に神楽ちゃんは、昨日テレビでやっていたはぐれ刑事の仕草のように顎に手をあてた。


「うーむ、謎アル。これは事件の匂いがするネ。」


「神楽ちゃん・・・・。でも、お菊さんが何者かに襲われたのは事実だし何かこれには深い理由があるかも。」


僕が訝しげに眉をひそめると、それを見かねた水野さんが少し言いづらそうに口を開いた。


「・・・実は、最近お菊は痴呆が進んでまして。今回も自分が犬アレルギーであったのを忘れていたのかもしれません。」


「・・・お菊が痴呆?そんなことになってたのかい?」


お登勢さんは驚いたように目を開いた。


「はい・・・二、三ヶ月くらい前から。」



夕食はいつも同じ内容、既にある日用品を買ってくる、夜中に突然起き出しては家を勝手にでていく.....など挙げたらキリがないと言う。神楽ちゃんは、ほたるちゃんの手を握りながら銀さんに向かって首を傾げた。



「ねー銀ちゃん、“ちほう”って何?」




銀さんは、だるそうに鼻をほじくると、そのまま神楽ちゃんの頭をグシャグシャにした。その行動以前を見ていなかった神楽ちゃんもほたるちゃんも首を傾げる。僕だけは口元をヒクつかせた。





「ちほう・・・っていうのはなァ、まァあれだ、ほらよく都会の学校に田舎のガキが転校してくるとさ、あるだろ?
“田舎くせェー”だの“方言しゃっべってみろよー”だの・・・んで、その転校生は初日に馴染めず、行動の選択をミスるとゲームオーバーとなる。
まれに友達になろうと近づいてくる奴もいるが、クラスに一人はいるジャイアン気取りがそれを邪魔するようになるからな。
そこで転校生太郎君は、自分を気遣ってくれた子たちが、自分のようにからかわれるのを恐れて言うんだ。“もう自分に話しかけるな。”・・・と。
そして太郎君のその言葉をそのまま受け止めたそいつらは、じきに話しかけるのを止めてしまった。そうなると、前の学校では元気一杯で活発な太郎君もどんどん根暗になっていくわけだな、これが。すると、ますます苛めの対象になる・・・なんとも恐ろしいサイクルだ。」






「なにこれ、無駄に長いんですけど・・・」




「田舎もん舐めんなコンチクショー!!!太郎!負けるな、お前ならまだやれる!!」




神楽ちゃんは感動していて涙を流しながらこぶしを握った。




「か、神楽ちゃん、これはね・・・」




「・・・そして、根本の原因であるジャイアンを恨んだ太郎君は、太郎家代々伝わる禁じられたある黒魔術を使ってしまった。その名も・・・“助けてードラえもーん”黒魔術のせいでジャイアンは転校することになったが、禁を犯しちまったのび太君は・・・」





「え!?まだ続いてんのコレ!?しかも太郎君どこにいったんスか!?」




「コホン・・・えー・・・太郎くんはー」




銀さんの指さした先は・・・僕の眼鏡。




「コレになりました。めでたしめでたし。」


「僕の眼鏡が太郎ゥゥゥゥ!!??しかもこれのどこにめでたさがあるんだ!」


「マジあるか!?太郎、新八の眼鏡になったアルか!?うおおおおお!!太郎ゥゥ!」


神楽ちゃんは僕の眼鏡を取り上げた。


「え・・・ちょ・・・神楽ちゃん!?」



パリーン



「何やってんのオオおお!!???」


「太郎オオ、オマエ新八ごときの眼鏡になりやがってェェ!!這い上がって来い!!地獄のそこから這い上がって来い!!」




神楽ちゃんのこぶしによって、僕の眼鏡は粉々になった。









━━━━━━━━・・・





「なんだ、全部嘘だったアルか・・・」




「当たりめェーだ、そういう大人のジョークにも笑ってごまかせるそうになんねェと、この世の中大変だぜ?・・・にしても新八に眼鏡がないとなんか物足りねェーな。やっぱ、新八の99パーセントは眼鏡だもんなァ。」




「こうなった半分は、てめェのせいだよ。」




そう言いながら、僕はほたるちゃんの腕を引いた。


ビリビリ

「え、ちょ・・・ぎやああああああ」



なぜか、ほたるちゃんから発せられた電流。僕の体に電気が流れた。



「ほたる、どうしたアルか?」


僕が倒れている間、僕を心配するどころかほたるちゃんの心配をする神楽ちゃん。ほたるちゃんを見ると、首をかかげて不思議そうにしていた。



「・・・あれじゃね?眼鏡を失った新八は、いわゆる眼鏡新八の1%程度しかないだろ?」


「いや、それおかしい!おかしいですよ!新八の本体は僕!100%僕!」


「・・・まーとりあえず聞けって。んで、ほたるはその1%ごときの新八だけじゃ判別できず、警戒しちまったってとこだな。しゃーねェーから、こいつを使って・・・」



銀さんは、油性ペンで僕の顔に眼鏡をかいた。


「え・・・ちょ・・・ええええええええ!!???」


「いいからいいから、ほたる手をだせ。」



銀さんはほたるちゃんと僕の手をつないだ。電気はピタリと流れない。



「「おおおおお!!!」」



「・・・・・・・」


僕とほたるちゃんの絆ってこんなもんだったのか、と素直に落ち込んだ。

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