再依頼
「なんだい、アンタたち、まだ漫才やってんのかい?」
お登勢さんの言葉に僕たちは振り返ると、すでに帰ろうとしていた。
「あれ?お登勢さん、お菊さんに会わないで帰っちゃうんですか?」
僕の言葉に、お登勢さんは盛大にため息をはいた。
「何言ってんだい。・・・アンタたちの漫才につきあってたら日が暮れちまうよ。アタシは線香もあげてきたよ。店もあるし、もう帰るさ。」
そう言って、お登勢さんは本当に帰っていった。
「・・・お登勢さん、お菊さんと友人だって言ってたのにわりとサバサバしてましたね。」
僕はお登勢さんの後ろ姿を見ながら、ポツリと呟いた。
「・・・そんなことありませんよ。」
「・・!水野さん。」
僕達が振り返ると、水野さんはゆっくりと微笑み返してくれた。
「お登勢さんは、お菊の前で泣いてくださいました。」
「え?あのお登勢さんがですか?」
「あのババァも人の子だったアルな。」
「・・・・・・・・」
僕と神楽ちゃんは心底驚いていたが、銀さんはただ黙ってお登勢さんの後ろ姿を見ていた。
「あの・・・万事屋さんに依頼させてください。」
「「「・・・・・」」」
「・・・・お願いします、お菊を殺した犯人を捕まえてください。」
水野さんの気持ちがひしひしと伝わってきた。僕と神楽ちゃんは銀さんを見上げる。
「・・・銀さん。」
「・・・銀ちゃん。」
僕達をちらりと見ると、銀さんは真っ直ぐ水野さんを見つめた。
「ジイさん、俺達の報酬は高いぜ?こっちにも生活がかかってるからな。」
その言葉に水野さんは、ゴクリと唾を飲み込んだ。僕たちは不安な気持ちで銀さんを見る。
「わかってます。・・・私にも覚悟がありますから。」
銀さんは、心配そうに子犬を見つめていたほたるちゃんの頭をなでた。
「報酬は・・・・その犬、ちゃんと引き取ってもらうぜ?痴呆だかなんだか知らねェーが、今更いらねェじゃこっちも困るんだよ。犬の飼育費なめんなよ。」
僕達は銀さんの言葉に安心すると、そのまま水野さんを見た。水野さんは銀さんの言葉に驚いていたが、次の瞬間子犬を抱き上げると、笑顔で頷いてくれた。
「私も独り身になってしまって、寂しいと感じていたんだ。・・・この子を大事に育てさせていただきます。」
「依頼成立だな。」
僕と神楽ちゃんはにっこり微笑むと、水野さんに近寄った。
「僕達、万事屋にまかせてください、水野さん!」
「そうネ!泥舟にのった気持ちでいるヨロシ!」
「・・・いや、それじゃあ沈んじゃうから!!普通、大船でしょ。」
「イヤアル!普通に生きるなんてつまらないアル!みんな違っててみんな良い、オリジナル・オンリーワンが一番ネ!」
「いや、確かにそうなんだけどさ・・・でも泥舟に乗っちゃったら不安で仕方ないでしょ!?」
「うるさい、ダメがね新八モドキ。」
「いや、だからおかしい!おかしいでしょ、何んで僕がもどき!?僕自身が新八!オリジナル新八!」
くっくく・・
一つの笑い声に僕たちは言い争うのを止めた。振り返ると、水野さんがおかしそうに笑っている。僕達が見ていることに気づいた水野さんは罰が悪そうに苦笑した。
「・・・すみません。つい・・・」
僕と神楽ちゃんはお互いに見合うと口を開いた。
「・・・水野さん、僕たちが必ず犯人を見つけます!水野さんがまたそうやって笑えるように!」
「そうネ、粘土船に乗った気持ちで安心するアル。」
「だからなんでわざわざ土製!?」
もう一度水野さんが笑った。
「はい、よろしくお願いします。」
そう言うと、水野さんは深々と頭を下げた。その姿がどことなく、お菊さんが依頼しにきた時の光景と被る。
「じゃあ、水野さん。まずは三日前のこと聞かせてください。」
僕の言葉を聞いた時、銀さんはほたるちゃんを抱きかかえるとそのまま僕たちに背をむけた。
「あれ?銀ちゃん、どこ行くアル?」
「あー俺はちょっと行くとこがあるから、オメェーらで話聞いとけ。」
そう言うと、銀さんはほたるちゃんとともに去っていった。
━━━━・・・・
「クソ!!なんで万事屋がもぬけの殻なんだ!?」
「落ち着いてくだせェー・・・お?土方さん、どうやら旦那の下の階の奴が帰ってきたようですぜ?」
総悟の言葉にパトカーを降りると、丁度今帰って来たらしい店のババァに話しかけた。
「真撰組だ、万事屋たちがどこにいるか知らねェか?」
土方はお登勢に尋ねた。
「銀時かい?アイツらなら、まだ三丁目の水野にい・・・」
土方は話の途中でパトカーに乗り込む。
「よし!総悟、車まわせ!!三丁目だ!!!」
「りょーかい。土方さん捕まってねェと危ねェですぜ?」
「うおあ!!」
土方がパトカーのドアを閉める前に、キキーと車を反転させながら猛スピードで発進させる。途中で土方はどうにか体を起こして、バタンとドアを閉めた。
「バカヤロ!おっ死ぬとこだったぜ!」
「・・・ち、しぶてェー野郎だ。」
「そのままてめェーの頭カチ割ってやろうか?」
「ほんのジョークですぜ?土方さん。」
「てめェーのは冗談に聞こえねェんだよ!」
走り去ったパトカーは、もうすでに見えなくなっていた。それを見ながらお登勢はため息をつく。
「・・・銀時のまわりの連中は本当に忙しない奴らばっかりだねェ。」
それから、お登勢は胸元から布製の写真入れを取り出して中身を開く。そこには古い写真が三枚入っていた。そのうちの一枚に写っているのは、若かりし頃の自分とお菊の姿。普通の人なら二人とも笑っている写真でも選ぶのだろうが、自分に叱られて泣いているお菊の姿が一番自分たちにあっていると思っていた。
「・・・・アンタは昔から変わらないねェ。アタシがあんなに言ったのに、結局最期まで旦那に秘密にしたまま逝っちまってさ。アンタは本当にこれで良かったのかい?」
お登勢の言葉に答える者は・・・いや、答えられる者は誰もいなかった。