真への戸惑い
「すんませーん。昨日から入院したほたるっていう超カワイー女の子の部屋はどこアルか?」
病院の受付の女性に神楽は尋ねた。
「おいお前、何を笑ってるネ。私は歌舞伎町の女王神楽アル!頭がたかーい!!」
「私は水野雪。女王さん、ちょっと待っててね。」
総合受付にいた女性はクスクス笑いながらも、私を病室を案内してくれる場所のところまで送ってくれた。
「…銀ちゃんも新八も覚えてろネ。これを見て、二人とも私一人のけ者にしたことを後悔するヨロシ。」
神楽は手に持つカラクリを見て、上機嫌にニカリと笑った。
――――――――…
昨日の夜…
「なんでアルか!?どうして私だけお留守番ネ!!」
「仕方ねェだろ。ジャンケンでお前が負けたんだから。お前は明日の依頼をこなしてから病院に来い。」
銀ちゃんはため息をつきながら私に告げる。これからほたるの入院している病院に銀ちゃんは行くのだが、私に残ってろと言ってきたネ。
「神楽ちゃん、ほたるちゃんは別に命の危険があって入院してるわけじゃないんだから。」
依頼主は水野。今回ババァを殺した犯人を知りたいという依頼を破棄して、万事屋のうち一人だけで良いから荷物整理を手伝って欲しいと言ってきたアル。店をたたみ、明後日には江戸を出てしまうらしいネ。さらに銀ちゃんがすでに新しく依頼料をもらってしまったから断るわけにもいかなかった…って、ンなことしるか、あのクソ天パァ!!
銀ちゃんを私の気が済むまでボコボコにしたヨ。
――――――――…
医療事務の男に部屋を調べてもらっている間に、背後で足音が聞こえた。
「ちょっとちょっと聞いた、お雪!お菊さんを殺した犯人が判明したんですって!」
雪と名乗った女は一瞬固まり、それから何でもないように良かったわねと微笑んでいる。
「冷たいわね。縁を切ったとはいえ、貴女の母親でしょ――――」
「義理の、ね。それに覚悟はとっくにしていたから。そもそもあの人は−−−」
神楽の耳に入った会話。
それを聞いているうちに、これは銀時や新八に知らせなければならないと感じた。受付の人に告げられた部屋にむかって急ぐ。背中越しに「病院内では走らないで!」と言う声が聞こえたが、気にする暇もなかった。バタバタと走る中、ようやく目的の部屋が見えた。丁度一階だったので辿り着くのはすぐだった。
そしてほたるの病室のドアを蹴破ろうとした時―――首根っこをグイっと捕まえられた。
「お前、何してんの?」
呆れたように神楽を見下ろしていたのは銀時。隣には新八が苦笑しながらも、「仕事お疲れ、神楽ちゃん。」と言った。
とりあえず、何か言いたそうな神楽の様子を察して銀時は談話室へと連れていく。
そこには誰もいなかった。
数個ある椅子の一つに神楽を座らせ、銀時や新八も椅子に座る。
「銀ちゃん…新八…あのババァ…本当に死に水を必要としてたアル。」
「神楽ちゃん、それってどういう意味?」
神楽の言葉に首を傾ける新八。
「あのババァは…」
「―――病気だったんだろ?それも末期の。」
神楽の言葉に続いて繋げる銀時に、二人は驚いた。
「銀ちゃん、なんでそれを?」
神楽の言葉に、銀時は溜息をはくと懐から一つの薬を取り出す。
「あのバァさんがうちに依頼に来た時に落として行ったんだよ。源外に聞いたら、麻薬の類ではなく一般に処方されてる薬だっつーから、ここの病院で調べてもらったってわけだ。」
「…あ、銀さんが一時いなくなったのはそういう訳だったんですね。」
「ま、それだけじゃねェんだけど…」
どこか決まり悪そうな銀時に新八は首を傾げる。
「それで…こいつァ、アレだ。モルヒネ。もちろん医療用のな。」
「新八、モルディブって何アルか?」
「神楽ちゃん、モルヒネだよ。…一般的に麻薬扱いされているんだけど、医療用ってことは病気…例えば癌などの末期の患者さんに痛み止めとして使用されるんだよ。一時的措置としてね。」
「つーか、神楽。お前、それどうしたんだ?」
銀時が指を指した先は先程から神楽が持っていた時計のカラクリ。待ってましたとばかりに、神楽の瞳はキラキラと輝いた。
「これはあの水野のジジィに貰った私の戦利品ネ。」
「「戦利品?」」
目を丸くする二人に神楽は鼻息を荒くして続ける。
「あのババァ、家に何個も時計があるっていうのに新しいの買ってきたらしいヨ。他にも、毎日同じ食べ物を作ったり、その余った物をどっかに持って行ったりしてたアル。ジジィはそういう病気だって言ってたネ。」
「なるほどな、だからジイさんは痴呆だっつってたわけか。もしかしたら、ほたるに会ったのも本気で忘れてたのかもしんねーな。」
銀時の言葉に首を傾ける神楽。
そこで銀時は先ほど真撰組に言われた内容を神楽に話し出した。ほたるの居所を聞いてきた、天人が犯人であり、そのリーダーがこの間自分たちの前で屍になっていた麟鵬(りんほう)だったのだ…と。
「銀さん!これ、今流行りの録音目覚まし時計ですよ!!しかもセットが5時。前に言ってたんですよ。水野さんはお菊さんの声でしか起きられないから、最近は仕込みの時間を寝過ごすことが多いんだって。」
新八の声にあー?とやる気なさそうな返事をする。つまり、だからどうしたって言いたいのだ。
「神楽ちゃん、この時計の時間いつ合わせたの?神楽ちゃんに渡すくらいだから水野さんはこの時計は使っていなかったはずでしょ?箱詰めされてたりしなかった?」
「…してたアル。でも、時間は最初から合ってたネ。電池も入れてあったアル。」
「「!!」」
銀時も新八が言いたかったことに気づくと、目覚まし時計の目覚まし機能をオンにして5時に合わせた。
"−−−−−−−−..."
そこから流れ出るのは暖かみのある落ち着いた言葉と声色。
「銀さん、やっぱりこれは…」
「あぁ、神楽これはお前が持ってても意味がねぇ。明日返しに行くぞ。何時に水野のジジィは江戸を発つんだ?」
「確かお昼ごろって言ってたアル。」
「明日のお昼って言ったら…ほたるちゃんの退院の時間帯じゃなかったですか?それにお菊さんについてまだ分からないこともあるし…もう夜ですよ?」
「徹夜で調べればなんとかなるだろ!お昼には帰ってくればいい。新八、神楽。一旦万事屋に戻るぞ!」
「ほたるちゃんはどうするんですか!?」
「あいつらがいるだろ。」
銀時が向けた視線の先には、土方と沖田がいた。
「あの人達、まだいたんだ。」
「税金ドロボーのくせに暇なこって。」
銀時はケッと呟いた。
――――――――…
夕食の時間帯。
新八たち万事屋組は売店に行ってしまったのだが、山崎も自身の部屋に戻って食事をしなければならなかったため、ほたるの病室には沖田と土方の二人がいた。
「ほたる、その手じゃ食べれやせんでしょ。俺が手伝いやす。あーんしてくだせぇ。」
『あー…。』
とにかくほたるはまだ一人では食べれなかったので、沖田に手伝ってもらいながら病院食を食べる。
「おい、ほたる。マヨネーズかけるともっと上手いぞ。」
「ほたる、土方コノヤローのことはほっときなせぇ。」
ほたるの視線の先には、モグモグ咀嚼している土方の焼きそばパン。土方の持参したマヨネーズがところせましとかけられてある。
『..........ヤー』
そう言って、ほたるは沖田の膝の上から降りると逃げるように病室を出ていってしまった。
「土方さん、ほら見なせぇ。ほたるが可哀相でさぁ。オレが着いていきますんで、あんたは犬の餌を存分に食べててください。ほたるーオレも行きまさぁー!」
廊下の途中で立ち止まったほたるは、コクリと頷くと沖田に手を繋ぐよう要求した。
「奴の味覚はすでに腐っちまってやがる。ほたるはあーゆー大人になっちゃ駄目ですぜ。」
ほたるは再度頷く。
自販機で沖田がジュースを買ってやると言い、二人は談話室へとむかった。その数メートルのところから声が聞こえる。談話室からは光が微かに漏れていた。
《つまりだ。水野のババァはほたるの居所を言わなかった、だから麟鵬の部下に腹いせに殺されたってわけだ。》
いきなりほたるの名前が出てきたものだから、その場で立ち止まった。
《銀さん、もう少しオブラートに包んでくださいよ。》
《包むも何も仕方ねぇだろ。これが事実だ。》
《…このことはほたるには言うアル?》
《神楽ちゃん…。きっと、ほたるちゃんに言ったところで理解するのは難しいよ。言うとしても、あと数年経たないと。》
沖田が談話室へと歩みを進めようとする。それをほたるは沖田の服の袖を掴んで止めた。
『そご、もどる。』
「........。もしかしてお前、あいつらの言ったことーーー」
理解できたのか?と沖田はしゃがんでポンポンと優しくほたるの頭を撫でた。
コクリと彼女は小さく頷く。
「利口すぎるのも考えものだねェ。だが、ほたる…アンタは何も悪くないですぜ?」
『…………。ご、は、ん!!へやかえる。かえる!!』
「ほたるが言うなら…」
ほたる達が踵を返す時には、銀時達の会話がほたるの話から時計の話に変わっていた。