脱走劇
――――――…


「いや〜ほたるちゃん良かったなぁ、無事今日退院できるらしいぞ!」

近藤はほたるの頭を撫でながらニカリと笑った。つい先程、最終検査が終わったばかりで、結果は全てにおいて異常なく、予定通り退院することになったのだ。





『ーーーばいばい。ばいばいっ!』



着替えを手伝おうとしていた沖田や他の真選組をほたるは病室から追い出しはじめた。扉がしまったことを確認すると、椅子を駆使して窓をあける。ここが一階であることもあり、窓から外を見れば、思ったほど高くはなかった。


彼女が目指すは歌舞伎町三丁目。


――――――――…


「お願いします、お登勢さん!お菊さんのことならなんでもいいので知ってることがあるなら教えてください!」

「このままじゃ、水野のジジィは何も知らないまま江戸を出てしまうアル。」

スナックのカウンターの中でふーっとお登勢さんはタバコの煙りを吐き出した。

「それでいいんじゃないのかい?…そもそも、お菊は旦那に何も知らせないまま死のうとしてたんだ。病気のことすら、あの子は墓場まで持って行こうとしてたんだからねぇ。」

「え…じゃあ、水野さんは…」

「癌のこと、知らないだろうさ。だいたいお菊が痴呆?…笑っちまうねぇ。そんなのはあの子の演技さ。あの子はもう大分前から覚悟をし、準備をしていたんだよ。」


ドサリとお登勢さんはカウンターに古ぼけた手帳を投げ出した。


「持っていきな、お菊のレシピ手帳だよ。きっとアンタたちの役に立つだろうさ。」







僕は今、神楽ちゃんと共に水野さんの家の前にいた。だけど、銀さんはいない。ちょっと用事があるとかで、僕たちだけが先に水野さんのところに行くことになっていたのだ。

神楽ちゃんの手には時計。僕の手には処方箋と古ぼけた手帳。


昨日徹夜で調べてみて、わかったことがあった。それを水野さんたちに伝えるのが僕たちの役目。


「おや?君達は…」


ゆったりと水野さんは僕たちの前に現れる。この前あった時よりも少し顔が痩せたように見えた。

「お久しぶりです、水野さん。僕たちは水野さんに伝えたいことがあって来ました。その…お菊さんのことで。」

「…お菊の?」

水野さんは瞳を丸くしていた。

「…はい。ちなみに確認しておきたいんですけど、お菊さんの痴呆が顕著になったのはいつ頃からですか?」

「確か…二ヶ月くらい前だったはずです。時計を買ったり、同じ料理を作るようになったり、夜どこかに出かけるようになったのもその頃からでした。」


僕は手元にある手帳のうち、ペラペラめくると…ある一ページを開いて水野さんに見せた。栗釜飯にワカメのみそ汁…そしてしょうが豚の春巻。


「…!そうです!これがもう二ヶ月前から毎日の夕飯でした。」

「お登勢さんに聞きました。これは…水野さんとお菊さんが知り合った…つまり奉公先でお菊さんが水野さんに振る舞った初めての料理なんですよ。その時に、水野さんに旨い旨いと食べてもらえたことがお菊さんにとって嬉しかったんだと思います。」

「そんな昔のことを…」

僕は神楽ちゃんに視線を送った。神楽ちゃんはアイアイサーと言って、時計を取り出す。


「この時計を水野さんは使ったことがありますか?」


「いいや…家にはもう目覚まし時計があるから…お菊が買ってきた時からしまっておいたものです。」

「神楽ちゃん、水野さんの起床時間の5時に直して。」

「了解ネ。」

神楽ちゃんがガリガリと針を合わせて目覚ましをセットする。すると、カチリと機械音がなった。


《これ…もう録音できますか?―――わかりました。コホン――――おじいさん、おはようございます。もう5時ですよ。起きてください。》


「!!お菊!お菊の声が時計から…でも、どうして…」

「この時計、実は録音できる目覚まし時計だったんです。お菊さんの声でしか起きられない水野さんを思い、お菊さんはこの時計を購入したんです。…自分がいついなくなってもいいようにっと。」


「いなくなる?…それはどういう意味ですか?」

「水野さん…お菊さんは二ヶ月前に余命三ヶ月と医者に宣告されていたんです―――――」



――――――――…


ほたるが病室で着替えると言ってから30分。


「…いくらなんでも遅すぎじゃありやせんかね。ほたるーいい加減終わりやした?」

沖田がドアごしに呼び掛けてもさっきまで聞こえていた返事がしない。

「入りやすぜ?」

そう言いながら総悟がドアを開けると、室内の様子に固まった。

「おい、総悟一体どうしたん――――」


丁度やって来た土方の声に、ようやく総悟は覚醒する。代わりに今度は土方が固まる番だった。


窓は全開。病室内はもぬけの殻。


土方はプルプルと震え、沖田はゆっくり窓から下を覗き込むと一つため息をはいた。


「あーりゃりゃ。こいつぁ一本とられやした。見てくだせぇ土方さん。二才児でこんな脱走劇かますなんざ、大したもんでぃ。…どうやら相当なお転婆らしいようで――――」



「あンのクソ餓鬼…総悟、何呑気なこと言ってやがる!早くほたるを捜すぞ!江戸中を真撰組全員で捜索だ!!」


「へいへい。こりゃあ、帰ったらお説教でさぁ。」

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