不審感
机で始末書を書きながら、ちらりと隣を見る。
「………」
カタ
カタ
……ポタ
『……んーー…』
「………」
カタ
カタ
……ポタ
『…んーーー…』
「……」
ほたるは、先程俺が与えた何本かのペンを重ねて遊んでいた。重ねたやつが崩れて不機嫌になり、また重ねては、崩れて、不機嫌になるを繰り返している。コイツはそんなことして楽しいのか?と疑問に思ってしまうが、ガキは遊びの天才だっていう話も聞くし、とりあえず何でも楽しく感じてしまうものなのかもしれない。
とりあえず、最後の始末書を書き終えて引き出しにしまうとようやくひとくぎりを終えた俺はコキッと首を鳴らした。どうやら相当肩がこったらしい。
それからほたるを抱きあげて自分の膝の上に乗せた。このガキは、年齢の割にあまり手のかからない。昨日一晩屯所に泊めてみたのだが、すぐにそう判断した。親と逸れて見知らぬ所に連れてこられれば、コイツくらいの年齢……いや、それ以上の年齢であっても親を恋しく想って泣き出すはずだ。普通ならば。けれど、コイツは夜泣きどころか、ぐずりもしない。今だって、俺の仕事を邪魔することなく一人静かに遊んでいたくらいだ。放っておかれれば、"構って"と言わんばかりに邪魔してくると踏んでいたのだが……
『……?マヨ。』
すでに俺に慣れたのか、最初の頃のように電撃は流れなかった。
それどころか、俺の行動に首を傾けこそしたが、信頼しきった瞳で見上げてきている。
なんとも手間のかからない不思議なガキだった。どうやったら、こんなガキに育つんだ?
「だから、土方だっつってんだろ。お前は総悟から影響受けすぎだ。」
口ではそう言うものの、ほたるの仕草が可愛くないはずもなく、つい…自分の胸元に位置する小さな頭を撫でていた。
『そご?…ウーー…そうご!!』
「だから、なんでアイツは名前なんだよ。」
ため息をはきながらも、そのまま机に向かい、何枚かメモ紙を置くとペンをほたるに持たせる。俺の仕事を邪魔しなかったコイツのために、一緒に遊んでやろうと思った。
『?』
「ガキは絵とか描いて遊ぶんだろ?例えば…」
そう言いながら、俺はそのメモにマヨネーズを描き出す。
カリ…カリ…
途中で合点がいったのか、ほたるの手も動きはじめた。
「ほらよ、こんな感じ――」
先に書き終えた俺がマヨネーズの力作をほたるに見せようと紙を降ろし、そしてついでにほたるのメモを覗きこむと…そこには信じられない内容が書かれてあった。
【〇月◇日
一番隊隊長
沖田 総悟
攘夷浪士捕獲のためバズーカーを使用。
破壊された店の賠償金***万求む。】
そこには、俺が先程書いた始末書兼請求書と同じ文字が書かれてあった。
「……お前、文字書けたのか?」
俺が書いたやつはすでに引き出しの中に仕舞っているはずだ…つまり先程俺が書いていたのを覚えて書いたっていうことか?
「いやいや、それはないだろ…」
考えをふりきるかのように、ブンブンと首をふる。
「いや…だってアレだぞ?コイツは二才児だ。ナイナイ。」
俺は首筋に冷や汗を感じながらも、ほたるが再び腕を動かし始めたらしくもう一度そのメモ紙をのぞいた。
【His love for her blinded him to her faults. Love is blind!(愛するあまり彼には彼女の欠点が見えなかった。恋は盲目!)】
「……って、日本語ですらねェェェェェェ!!!しかも何?お前いくつだ?愛だのなんだの言える歳じゃねェーだろ!!」
俺が否応なしに叫んだからかほたるは肩をビクリと跳ねらせた後、体をねじって俺の膝から降り、そのままタタタと副長室から走り去ってしまった。
ヒューー…
開けっ放しの戸から冷たい風が部屋いっぱいに広がる。
その肌寒さが物理的によるものなのか、気持ちからくるものか判断しがたかった。ガキに大声は禁忌らしい。…またやっちまった、と思ってももう後の祭りだった。
「あーあ、土方さん。まーたやっちまったんですかぃ?」
「うぉあ!!てめッ、いつの間にここに入ったんだよ!!」
ほたるが出て行った側と反対の方、つまり俺の背後に総悟は壁に寄り掛かって腕を組みながら立っていた。そのまま腕を解くやいなや、俺の許可なしに腰を降ろしてくる。
「こんな簡単に後ろをとられるなんざ戦場では命取りですぜ。」
「うるせぇよ。」
ほたるも出ていったこともあり、俺はさっそくタバコを取出すと火をつけた。
それを黙って見ていた総悟に、なんだよ、という意味をこめて視線を向けると奴は徐に話し始める。
「…土方さん、ほたるの前では全然タバコ吸わないんですねィ?」
「……。ずっと、てなわけじゃねェーがな。…だが、いつもよりは控えているつもりだ。」
俺がそう言いながら煙をはくと、総悟が心底驚いたような顔をした。
「…へー、じゃあ―――」
総悟の言葉を遮るように、少し開いていた戸が勢い良く開かれる。予想していた展開に俺はタバコの火を消した。
『…クスン……スン…ヒック』
そこには近藤さんに抱きついているほたるがいた。
「トシ!!ほたるちゃん泣かせちゃダメじゃねーか。俺んとこに泣き付いてきたぞ!“義を見てせざるは勇無きなり”と言うだろ?。」
「アレは悪かったとは思うが……一つ良いか。それ使い方違くね?…アンタ、意味分かって言ってんのか?」
俺は近藤さんに抱き上げられながらベソをかいているほたると近藤さんを一瞥する。近藤さんはハハハとごまかすように笑いながらそのまま腰を降ろした。意味…知らなかったのかよ!と内心そうツっこみながらも俺はため息をつく。
「近藤さん、ほたるのことなんだが…コイツ、本当に二才児か?さっきメモ紙にコイツが書いた――――」
俺が紙をとる前に、総悟が机の上で散乱していた紙のうちの一枚を手に取ると、それをじぃっと見つめた。
「ほたるが描いたってのはこれですかィ?二才児にしては巧いですぜ。近藤さん見ます?」
俺は総悟が予想に反して普通の反応を示したことに驚いた。
確かに、二才児にしては字は巧いが…その前に書かれた内容に驚くだろ、フツー。
総悟の手から近藤さんの手へとその紙が渡る。
「どれ…おーー!!
ほたるちゃんが描いたのか?巧いな!寺子屋生が描いたって言ってもわからんぞ。―――それにしても、“マヨネーズ”たぁ、まるでトシみたいだな。懐かれてんなートシ!昨日はどうなるやと思ったが、良かった良かった。」
マヨネーズの言葉に俺は訝しげに思いながらも近藤さんが持っている紙を覗いた。
それは紛れも無く、先程"俺が"描いたマヨネーズ。
「ってオイィィィィ!!!そっちは俺が描いたやつなんですけど!!つーか、なんでそれが寺子屋生レベルなんだよ!?絵書き屋も驚くスーパーマヨネーズじゃねェーか!!ほたるのはこっちだ、こっち!この二枚!!」
俺は二人にそれぞれ一枚ずつ先程の紙を渡した。
「……土方さん、この始末書間違ってやすぜ。あの時は攘夷浪士はいなかったでさァ、むしろ土方さんを亡き者…」
「んなこと上に報告できるわけねぇだろ!!テメェいい加減にしろよ。大体その修理費出させるにはこの理由が一番なんだよ!」
「マヨネーズの絵のような偽装工作感謝しまさァ。」
「…下手だってか?なめてんのか、コラ。」
「…近藤さんはどう思います?」
総悟が何食わぬ顔で近藤さんに話しをふったので、俺も思わずそっちを見た。
「……ほたるちゃん…分かる、俺にはこの気持ちが分かるぞ!お妙さんの欠点なんざ俺は気にしねェよ。少し暴力的なとこは、シャイなお妙さんの可愛らしい愛情表現だよな!」
「盲目どころか痛点も狂ってんじゃねェーか?」
「ありゃ、どう見ても近藤さんを殺す気満々で殴ってまさァ。」
俺と総悟が各々呟いているのを知ってか知らずか、“ほたるちゃんもこの気持ちが分かるたァ、気があうなァ”なんて呑気なことを言っている。
「近藤さん、ちょっといいか?話がある。…総悟、テメェはほたると部屋の外で待ってろ。」
俺がそう言い放つと総悟は不機嫌そうにムスッとした。
「嫌でィ。なんでわざわざ土方コノヤローの言うことなんて、俺が聞かないとならないんでさァ。」
「トシ、そらァ今必要なことか?」
「あぁ。」
近藤さんの真剣な瞳に迷わず俺は頷いた。
「分かった。…総悟、悪ィな。暫らくの間ほたるちゃんと遊んでてやってくれ。」
近藤さんが言うことには総悟も反抗しないのか、素直にほたるを受け取り、俺を恨めしそうに一瞥すると部屋を出ていった。
戸が勢い良く閉まるのを見ると、近藤さんが苦笑をもらす。
「少しは成長したと思ったんだが、アイツもまだガキだな。」
「いいじゃねェか。ガキはガキ同士、気もあうだろ。―――近藤さん、あんまり総悟を甘やかしてくれるなよ。」
「俺は別に甘やかしているつもりはないんだかなぁ…」
俺が再びタバコの火をつけると、苦笑している近藤さんに向きなおった。
「総悟のことは後だ。―――それでほたるのことなんだが…」