訳知り顔の星々は云う

「ってことなの、色々お願いね」

 美夜は真夜中にどこかへ電話をかけ、怪しく微笑んだ___。



「美夜姉さん!今俺の正体を知る奴が来たんだ!黒ずくめの組織かもしれない。俺の家族のことまで調べられてた!俺は今逃げてるけど、姉さんは無事!?」
「えぇ、無事よ。寝てたところなんだけど、急いで家を出たほうが良さそうね?」
「うん!すぐに安全なところへ避難して!!」
「分かっ…きゃあっ貴方誰!? あッ」
「姉さん!?姉さん!!?」

 美夜はしれっとした顔で電話を切る。美夜のそばには誰も居ないし、何か危害を加えられたわけでもない。弟の必死な声を聞いて、美夜は愉悦に浸る。さぁ、江戸川コナン誘拐事件はすでに始まっている。


 毛利家から快く送り出されたコナンは、江戸川文代と母親を名乗る女の車に乗っていた。途中拳銃で脅されたが、車のアクセルを助手席から踏み込み、混乱に乗じて逃げ出すことができた。
 そして、姉が危険だと連絡するも、その姉は何者かに危害を加えられた。姉が襲われた工藤邸付近に近付くのは危険だが、コナンには阿笠博士しか頼れる人間がいなかった。路地から阿笠博士の帰宅を待っていたコナンだが、阿笠博士の姿を認めた瞬間、背後から薬を吸わされ意識を失ってしまう。
 目が覚めると頭がくらりとしたが非常事態にすぐさま動き出し、状況を把握する。ぼろ家の二階にあるキッチンに、コナンは腕を縄で締められていた。壁に開いた穴からは、先程の女と、シルクハットにマント、仮面と見るからに怪しい男がいる。その奥に、頭から血を流してぐったりと横たわる美夜の姿があった。

「工藤新一が失踪した日とあの坊やが事務所に現れた日が一致するわ。組織としてはあの坊やが薬の副作用で体が小さくなったんじゃないかって、それでそのサンプルのためよ」
「じゃあ俺も試してみるか。俺も持っているんだよ、組織が新開発した例の毒薬をな。これを他の人間に飲ませて、本当に人間が小さくなるのか試せばいい」
「で、誰に飲ませるんだい?」
「それは当然」

 男と女の視線が、横たわる美夜に向けられた。

「明日我々が取引する例の男。組織は取引が終わればあの男を処分する予定だ。試すには丁度いい」
「薬で小さくなるってことがわかってどうするつもり?それに、その娘は」
「小さくなった後殺せばいい。そして、あの子供も。あの娘は美しいからな、利用価値があるだろう。単に風呂屋でも良いが、富豪に奴隷として売りつけるのも悪くない」
「娘は良いとして、言ったじゃないのさ!あの子は薬の副作用の特例として調べるから、組織に連れ帰れと上に命令されてるって!」
「フン、組織の秘密を知った者を生きて帰すか」

 女と男はコナンの処遇を巡って言い争いを始める。コナンは自身のこともそうだが、巻き込んでしまった美夜のことも気がかりだった。絶対に助け出さねばならない。
 取引は明日の13時ということもあり、二人はソファでぐっすりと眠っている。今がチャンスと、コナンはキッチンに落ちていたワインボトルをマットに包んで割り、その破片で縄を切る。コナンは逃げ出したいが、二階から飛び降りるには危険なため、二人が去るまで隠れることにする。
 案の定、朝になって二人は大騒ぎ。男はコナンが隠れて自分たちが去るのを待っている、と核心を突いていたが、隠れ場所のアテが外れる。コナンの捜索は取引の後回しにされ、二人は美夜を連れて去っていった。

「そうだ!確か奴ら言ってたぞ、取引相手を始末するって。ヤベェ、早く取引場所を割り出して殺人を阻止し、薬を手に入れなきゃ!それに美夜姉さんを助け出すんだ」

 コナンは取引場所が米花ホテル30であると割り出し、すぐに向かう。しかし、30の意味が分からず困り果てるが、近くにいたカップルの会話から駐車場の番号だと分かる。
 しかし30番に停まっていたのは全然関係のなさそうな家族のもので。その車が走り去った後、コートの襟を立てて帽子を目深にかぶった大男が駐車場の番号をじっと見て立ち去る。
 コナンは30の文字の横に小さく書き足された1に気付き、301号室が取引場所で、大男は始末されるであろう男だと推理して、大男の跡を追う。

 大男が301号室の前に立つと、仮面の男が現れて引き入れる。その時、エレベーターの軽快な音が最悪を告げる。女がこちらへやってくるので、コナンは組織の人間に挟まれてしまう。
 偶然の力を借りて別室からルームサービスを頼み、その隙に小細工をして部屋に忍び込んでクローゼットの中に隠れる。しかし、仮面の男に見破られ、絶体絶命のピンチ。時計型麻酔銃で形成逆転を狙う、が。

「その面白い時計なら、最初にお前を捕らえたときに動かないようにさせてもらったよ」
「何!?」
「俺様を甘く見たことをあの世で後悔するんだな…。高校生探偵 工藤新一!」

 仮面の男が額に照準を合わせていた銃の引き金を引いた。

「うわぁ!」

 驚き後ろに倒れるコナン。しかしその額には吸盤のついた矢のおもちゃ。呆然としているコナンに、仮面の男も、大男も、女も、ベッドに寝かされていた美夜も、笑いを堪えられない。

「まだ分からんのか?私だよ私、世界屈指の推理小説家 工藤優作だ」
「父さん!?じゃあまさかそのおばさんは…」
「ごめんね、新ちゃん」
「母さん!!」
「それにしても我が子にも気付かれないなんて、私もまだまだ女優としてやっていけるわねー」
「ってことはその大男は」
「わしじゃよ」

 優作は仮面を取りウィンク、有希子はマスクを破り太く見せるための詰め物を落とす。そして大男のコートとシャツの間から阿笠博士が笑顔でひょっこり。

「あっはっはっはっは。はぁー、最高よ、新一。見事な愚者だったわね。ヒィーっ」
「姉さん…」

 美夜もベッドから起き上がり、縄も猿轡も自分で外して見せて、大爆笑である。普段美夜はナルシスト気質で常に美しい自分であろうとするので、笑う時はふふふと上品に笑う。そして、美夜は中々笑いのツボに入らないが、一度入ってしまえば長いのだ。新一は美夜の久しぶりの満点大笑いに、自身の醜態が原因だとがっくりとした。


 ソファで拗ねて不貞寝の真似事をする新一の頬を、美夜はツンツンとつつく。

「機嫌治してよ」
「本当に姉さんのこと心配して、何がなんでも助けなきゃって思った」
「ごめんね?」
「それに、本当に死ぬかと思ったんだぞ!」

 新一の剣幕に美夜はスゥッと目を細める。

「そうかそうか、それじゃあこんな危ない国はさっさと引き上げて、家族4人で外国でのんびり暮らそうか」

 優作の誘いに、新一は拍子抜けしたように父の顔を見る。その顔を慈愛の笑みを浮かべており、本気だとわかる。本気だからこそ、なぜかそうなったのか分からない。

「そうよ新ちゃん、貴方がどんな立場にいるか分からせるために、こんなことしたのよ?」
「だからワシもこの芝居に協力したんじゃよ、新一くん」
「私がお父さんとお母さんに連絡したのよ。新一があまりに事件に首を突っ込みすぎるし、この前も目暮警部に工藤新一の名前を出したんでしょう?貴方は新一と関わりがない設定のはずなのに。迂闊すぎて見てるこっちがヒヤヒヤするわ」

 美夜の指摘に新一はぎくりと体を固くする。当然、図星だからだ。
 そういう綻びが原因で正体が露見する可能性だって低くないのだ。何せ、組織の脅威は未知数なのだから。

「インターポールに友人がいる。彼らに頼んで奴らの組織を探ってもらうことにしよう。そのうち例の薬が手に入り、お前の体も元に戻るだろう。だから、危険な探偵ごっこはこれでもう終わりにするんだ」
「やだね」

 優作の提案を新一は食い気味に拒否する。

「これは俺の事件だ!これは俺が解く。父さんたちは手を出すな!」
「新ちゃん…」
「美夜姉さんは俺の保護者がいなくなるからって日本に残ってもらってたし、悪いけど父さんたちと外国で安全に暮らしててくれ。俺は、日本を離れるわけにはいかないんだ」
「新一」

 美夜がなんのために両親を呼んでこんな茶番をさせたのか。美夜は珍しく険しい表情で新一を咎めた。

「まぁ良い、しばらくこいつの好きにさせてやるか」
「お父さん!」
「その代わり、危なくなったらすぐに外国に連れてくぞ?」

 優作はが近くに寄って耳元で何かを囁くと、新一の頬が染まる。はぁーん、蘭ちゃん関連だな、と美夜がシラけた視線を送る。

「美夜ちゃんはどうするの?新ちゃんの言う通り、危険だわ」
「私は日本に残るわ。“新一”関連で日本に保護者がいた方が都合が良いし、それにコナンくんはどうせすぐに無茶をするから。阿笠博士もなんだかんだ新一に甘いところがあるし。お目付役がいた方が良いでしょう?」

 有希子がコナンを毛利家へ送りに行った後、美夜と優作は真剣な顔で話し合う。

「それで、組織のことは何か掴めたか」
「“お客様”にそれとなく探りを入れて見たけどダメね、おかしい程何も出てこない」
「分かっているのは黒ずくめ、毒薬の開発、巨額の取引、拳銃密輸」
「これが420-フォー・トゥエンティ(麻薬)-やS-エス(合成麻薬)ならヤクザ絡みかなって思ったんだけど、未知の毒薬開発となると規模も格も桁違いよ」
「世界的な組織だろうな。それを愚息が解く、か」
「本当に世界規模なら各国が黙ってるわけないわ。ICPOを始めとして世界各国の諜報機関が探りを入れてるはずよ。そんな中に中身は高校生と言えど小学生が首を突っ込むなんて、場違いすぎて頭が痛いどころの話じゃないわ」
「私も友人に情報を流しておく。毒殺されているなら、遺体から成分が分かるかもしれないしな」
「名前のない毒…か」

 以前のお客さんにその手に詳しい人がいた。その人によると、毒の解析というのは、これまでのデータから総当たりで照合するらしい。つまり名前のない毒というのは識別できない、完全犯罪を可能とする恐ろしいものなのだ。
 死なずに済んだだけ行幸であるが、心配は尽きない。そんな美夜の肩を抱いて、優作は

「今回のことで脇の甘さには釘をさせただろう。なぁに私の自慢の息子だ。上手くやるだろう」
「その自慢の息子、さっきは愚息って言ってたわよ」
「…さすが美夜、目敏いな」

 
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