felix
今年のガルグ=マクには規格外の女子がいる。そんな噂が入学間もないフェリクスの耳に入ってきた。
なんでも一度彼女と手合わせすれば攻撃する間もなく一方的にやられる上に「脇の締めが甘い」だの、「急所がら空き」だの指南のように指摘されながら打ち込まれるので対戦相手は己の実力不足に情けなくなってしまうらしい。もっと悪いことに、ひぃひぃ言いながら降参すると彼女は作り笑顔で「ありがとうございました。楽しかった」などと言うので心が折れてしまうという。
それ程の手練れであれば、どんな武器種でも一度手合わせしてみたいもの。武を志すフェリクスは噂の規格外の女子に手合いを申し込むことにした。
女子はレスター諸侯同盟出身の金鹿の学級の生徒であった。フェリクスが人伝いに金鹿の教室の出入口に彼女を呼ぶと、「あなたが噂のフェリクスくん?」と興味深そうに瞳を煌めかせる女生徒が目の前に現れた。
あまりにも突然現れる為に、フェリクスは驚きに目を見開いてすぐに何事もなかったかのように細めた。何も彼女の美しい容姿を意識してかっこつけたかった訳ではなく、気配を感じることができなかったことを悟られたくなかったからである。
「お前の噂を聞いている。是非とも手合わせしたく、申し出に来た」
「フェリクスくんならいつでもいいよ。わたしも噂聞いてたの。いつか戦ってみたいと思ってたんだ。あと、お前じゃなくてなまえって呼んでね」
なまえは綺麗な笑顔で言うが、その隙のない立ち姿からフェリクスは威圧を感じとり、只者ではないことを認識した。
「悪い。なまえ、今日は空いているか?」
「うん。今日は課題がないから夕方には訓練場行けるよ。そこでやろう。じゃあ、また夕方に」
なまえは手袋のした手を振り背を向ける。スカートから覗くのは無駄肉のないすらりと伸びた脚、襯衣からはほっそりとした腕が見える。あれで紋章の力もなく男をも凌ぐ力があるというのだろうか。いや、油断は禁物である。先程感じた威圧に間違えはないのであるから。
そして手合いの刻がやってきた。日は西に沈みかけ、まだ幾分明るさが残っているがいつもより早くから火が焚かれていた。なまえが手合いの為だけに学校に要望を出したらしい。
なまえは手合い前に故郷の師範へ感謝の祈りを捧げると言い、フェリクスに背を向けて片膝を地面につけたかと思えば、鳥のように軽やかに宙を舞う。動作はどれもゆったりとしたものであるが、武術をやる者なら誰でもわかる通り、軸のぶれない動作を緩慢にすることはとても難しいことである。これだけでもなまえの強さが窺える。
なまえはフェリクスの方に向き直ると、頭を下げる。
「待たせてごめんなさい。では、真剣にやりましょう。よろしくお願いします」
「ああ、よろしく頼む」
訓練用の剣を構え、なまえを見据える。手合いの前からわかっていたことであるが、構えだけでもなまえの隙はどこにもなく、打ち込める場所がない。下手に剣を交わらせれば体勢を崩して突かれるだろう、という先の景色までもがフェリクスには見える。無論、なまえもそうであろう。
勝負はあっという間に決まった。息をつく間もない程に攻め立てられ、「隙みっけ」や「体、開いてるよ」と指摘された上にわざと急所を外したところを打たれ、なまえが剣を倒れ込んだフェリクスの首元に押し当てたところで終わった。
「わたしの勝ち、だね。はい」
なまえに手を差し伸べられたが、フェリクスは素直に受け取ることができなかった。思うように動けなかった己の不甲斐なさに腹を立てていて、勝者の手を取る資格さえないと思ったからだ。
「いい。自分で立てる。その代わり聞きたいことがある」
「手合い、ありがとうございました」
フェリクスが立ち上がると、なまえは開始前のように頭を下げる。次に顔を上げると、可憐な唇に微笑をまとっていた。フェリクスにとってとても満足のいくような内容ではなかった。なまえだってそうだろう。何故そんな顔をするのかフェリクスにはわからなかった。
「ああ。受けてくれて感謝する……本当に」
なまえを満足させるような手合いにできなかった謝罪の意味も込め、フェリクスは感謝を強調する。
「フェリクスくん、聞きたいことって?」
「体、開いていたか?」
フェリクスは途中体勢を崩したものの、脇は常に締め、打ち込まれないように気を付けていたつもりであった。自分の問題点があればすぐに改善したいと思って聞く。
「ううん。隙があんまりなかったからわたしが作って開かせた。だから気にしなくていいよ?あ、でも喉は何があっても絶対に見せちゃ駄目だから気を付けた方がいいよ。……手合い中指摘しちゃうの駄目だった?」
「いや、俺としては言ってくれた方が直せるから助かる」
「良かった。フェリクスくん、ここのどの生徒よりも強かったから楽しかった」
「……俺はなまえが言う程強くない」
「わたしはそうは思わないよ」
なまえが気を遣ったような優しい言葉を口にする程、フェリクスは自分の甘さを自覚して強さへの渇望を覚え、自然と丸めた拳に力を込めてしまう。
「あの手合い内容ではそう思わざるを得ない。次に対戦するときまで実力をつけておく」
「そう。じゃあ、頑張ってね」
「……ああ」
まるで他人事のように返され背中を向けられた後で、フェリクスとしてはもっと別のこと、「またやろうね」など再戦の言葉を期待していた自分に気がつき嫌悪した。
それに去り際のなまえの態度から、やはりなまえの微笑は上辺だけのもので生徒の中で一番強いという褒め言葉も本心ではないのだろう、とわかり自尊心が削られる思いだ。
しかし武術で最も大切といっても過言ではないのは心であり、常に志を高く持つフェリクスはそう簡単には折れないどころか、絶対に強くなってなまえに勝ってみせる、と心に固く誓った。
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