gregory


 
なまえは探し物のために夜空の仄かな明るさに包まれるソラネルを彷徨っていた。探し物は持ち歩き用の鞄にしまっていたはずだが、どこで失くしてしまったのだろう。

確か昼間に湧水の池で釣りをする仲間達を、クロエと二人で奥の天幕から眺めていたことを歩きながら思い出す。そういえば、鞄から本を取り出す時に一緒に出してしまったのかもしれない。

なまえは天幕の方へ足早に向かい、そっと中を覗いた。

「あ……」

中ではグレゴリーが横になって眠っており、腹部にはなまえの大事な探し物である安心毛布が掛けられている。どうにも回収しづらい状況だ。
仕方なくなまえは天幕に入り、グレゴリーが起きるのを待つことにした。こんな時でも本を持っていたなまえは腰帯から吊るしていた瓶にファイアーの炎を詰めて灯りにして、本を読み始める。

グレゴリーとは深い会話を交わしたことはなく、一度彼に杖で癒してもらったことがある程度の仲である。それでも、その時に「おい、大丈夫かよ!?」と話したことのないなまえの怪我に気がついて走り寄ってきてくれた彼はとても優しい人であることはわかるし、遠目からでも怖い戦闘着に反して優しい雰囲気を持つことは伝わってくる。

だから気まずくとも、同じ空間にいられて安心して本を読むことができる。
時折、床に垂れている毛布の縁に手を伸ばして、ふわふわの感触に癒される。彼もこのふわふわが好きなのだろうか、となまえは微笑む。

夜がまた一段と更け、瓶詰めファイアーの灯りも消える頃、安心しきったなまえは本を閉じて、グレゴリーの余っている分の毛布を自分の体にも掛けて寝始めた。

明け方、なまえは沢山のニャッコ達に埋もれる夢を見ていた。ぎゅっと抱きしめられるような暖かな抱擁感と愛らしい肉球で腕をふみふみと揉まれる幸せな夢である。しかし夢は長くは続かず、グレゴリーの悲鳴で目が覚めることになる。

「うわぁぁぁっ!?え、お、おおおい!!!!」

グレゴリーはなまえの毛布を抱きかかえ、逃げるように天幕の端に寄る。どうやらグレゴリーを怖がらせてしまったようだ。確かに知らぬ間に横で人が眠っていたらなまえも同じように悲鳴を上げるだろう。なんてことをしてしまったのだろう。それについ安心しきって仲間の隣で寝てしまった自分が恥ずかしくなる。

「グレゴリー、怖がらせちゃってごめんなさい……その毛布を探していたらあなたが使っていたから、起きるまで待っていたらつい寝ちゃったの……」

なまえは羞恥に赤らむ顔を俯かせ、もじもじと左右に体を揺らす。

「こ、これか?悪いな……天幕に置いてあって触ってみたら心地がいいからつい腹に掛けて寝ちまったぜ。いい毛布だな」

グレゴリーは落ち着きを取り戻したのか返すぜ、となまえに毛布を手渡す。

「ありがとう」

「礼を言うのはこっちの方だが……それでなんであんたは隣で寝てたんだ?」

「本を読んで待っていようと思ったら寝ちゃって……その毛布がないと眠れないから取りに来たの」

「そんな大事な毛布だったんだな……本当に悪かったな」

「ううん。大事なものなのに忘れていっちゃったわたしが悪いし、今日も安眠できてスッキリしてるから大丈夫。気にしないで」

「そうか……悪い意味には捉えないで欲しいんだが、その毛布結構長い間使ってるんだな」

グレゴリーの言う通り、毛布は色褪せ具合といい、擦り切れ具合といい年季が入っている。

「幼い頃からエレオス中を旅している間、ずっと持っていたから……いい加減捨ててしまいたいけど中々捨てられなくて……普段の手入れやふわふわを維持するように魔法を掛けているから長持ちしてるけど」

「ふわふわを維持する魔法だと?その話今度よく聞かせてくれ」

「うん。いいよ。じゃあ、もう行くから……」

今じゃなくて今度なのはグレゴリーは何か用事があるのかな、となまえは察して毛布を抱えて天幕を出た。
ソラネルの朝の光はとても心地よくなまえを包んでくれ、赤らんだ頬を真白に輝かせた。



*



翌る日の昼、なまえが見晴らしの丘の丸太に腰掛けて本を読んでいると、グレゴリーがやってきてなまえの隣に座った。丸太の前で焚かれている火が怖いのか若干身を引いているのが見て取れる。

「なまえ、今日はあの毛布を持ってるか?」

「ここにあるよ」

なまえが鞄から毛布を取り出すと、ふわりと花の香りが広がる。
グレゴリーもそれに気がついたのか、毛布に鼻を近づける。

「この前とは違う花の香りがするな……」

「お香の煙に潜らせて好きな花の香りを付けたの。時々気分で匂いを変えてるよ」

「へぇ……参考になるな」

「参考って?」

「いや、こっちの話だ。それより、今日はなまえの毛布の補修をしようと思って来た」

「補修できるの?すごい。グレゴリーは器用なんだね」

「器用って程でもないが、まあ得意だ。ここじゃ針を落としちまったら面倒だから場所を移してもいいか?」

「うん。わたしも付いてく」

「来てくれるのか?それなら、俺が補修している間、ふわふわ魔法について教えてくれ」

なまえは頷くと、読みかけの本を閉じてグレゴリーの後をついていく。

グレゴリーは昨日と同じ天幕に入ると、裁縫道具を広げる。

「ファイアーの灯りあった方がいい?」

「少し暗くとも裁縫はできるぜ。毛布と似た色の毛糸は用意してあるから、修繕した箇所だけ色が悪目立ちするってことはないだろうから安心してくれ」

グレゴリーはそう言って毛布の裏に布を当てて針で固定する。

「縫ってる間、ふわふわの魔法話語ってくれるか?」

なまえは頷くと、研究の末たどり着いた毛布をふわふわにする魔法のやり方を説明する。グレゴリーは器用にも説明を聞きながらあっという間に毛布の擦り切れを補修していく。

「できたぞ」

「ありがとう……すごい!こんな短時間でこんなに綺麗に直ってる!」

なまえは受け取った毛布の修繕箇所を撫でる。手で触れて確かめないと分からない程、完璧に補修されている。

「なまえが喜んでくれたようでよかった。捨てたいと言ってたから修繕なんて不要とも思ったんだがな」

「……これ、お父さんの形見というか置いていったものだから捨てるかずっと迷ってたんだ」

「どういうことだ?」

「わたし、物心ついた時からお母さんはいなくてお父さんとずっと旅してたの。ソルムに着いて幾らかした時、お父さんわたしをこの毛布と一緒に置いてどこかへ行ってしまって。わたし、親に捨てられた子なんだ」

なまえの身の上話はソルムの仲間たちは皆知っているし、別に隠しているわけではないが、話すと相手に気を遣わせてしまうからあまり話すことはない。だがグレゴリーが毛布を気に入ってくれたり、なまえが捨ててしまいたいと言ったのに直すと言ってくれた時からなんとなく彼には知って欲しい気持ちがあった。

「そうだったのか……父親は今も行方知らずか?」

グレゴリーはいつもの下がり眉を更に下げて苦しそうな表情になる。それに引っ掛かりを覚えながらも、なまえは話を続ける。

「今もどこで生きてるのか死んでるのかもわからないよ」

「なまえが前に毛布捨てたいって言ってたのは、自分が親に捨てられたと思ったからか?」

「うん……主人のミスティラ様は何か事情があったはず、今もなまえのことを想ってるって言ってくれたからそれを信じようとはしてるけど」

「信じきれないわけか……だが、旅の間は優しかったんだろ?」

「置いていかれたのは幼い頃だったから、あんまり覚えてないけど優しかった記憶はあるよ。だからなんで何も言わずにわたしを置いて行ったのか余計にわからなくて……!」

なまえは声を荒げたところで握りしめた毛布の柔らかな感触にハッと我に返った。

「……真相はなんであれ、わたしはもうこの毛布は捨てないよ。グレゴリーが直してくれたし、やっぱりこれがあると安心して眠れるから」

「……そうか。俺はなまえの毎日の安眠を願うぜ。また擦り切れたりほつれたりしたら言ってくれよな」

「ありがとう。そうだ、修繕してくれた御礼に花のお香をあげる。好きな持ち物に香りを付けるといいよ」

「そいつはいいな。なまえはふわふわ魔法まで教えくてくれるし至れり尽せりだ」

「ふふっ。グレゴリーと趣味が合いそうで嬉しい。好きな花はある?」

「花ならなんでも好きだぜ」

「そう。じゃあ、後で幾つか花のお香持ってくるね」

「……俺も後で渡したいものがある。一応聞いておくが、動物は好きだよな?牧場でなまえが転がって動物と戯れているところ見たことあるぜ」

「う……恥ずかしいところ見られちゃってたんだ……動物は大好きだよ」

「特に好きなのとかあんのか?」

「今はニャッコかな。特にキタニャッコ」

なまえは今東西南北のニャッコ達が主人公の冒険小説を夢中で読んでいることもあり、猛烈にニャッコを推している。

「なるほどな。なまえっぽいな」

グレゴリーは顔を傾ける。優しげな顔で癖のように行われるそれにつられてなまえも「そうかな?」と小首を傾げて、一緒に天幕を出た。

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