diamant2


 
宿場での一件からソラネルで休息をとる度に、なまえはディアマンドと過ごすことが多くなっていた。

それはなまえがカフェテラスに行けばディアマンドが料理を振る舞ってくれ、動物小屋で動物を観察していればブロディアの動物について特性を教えてくれ、一人で本を読んでいれば難しい哲学書を隣で読み始め、裏庭に筋肉体操をしに行けば隣で腕立て伏せを片手や人差し指だけでやってみせていたからである。ディアマンドは常になまえのいるところへ現れてはそばにいてくれる。そればかりか、この前は研究の為の冒険にも同行してくれた。

一人で自由気ままに行動するなまえでも誰かが隣にいてくれると心強く安心もする。しかしやはりディアマンドはブロディアの王子であることから緊張は付き纏う。それにディアマンドが自分に親しみを持ってくれているような行動を取る度になまえは胸を高鳴らせてしまうし、時折ディアマンドの整った横顔を見ては、うっとりと陶酔に陥いる自分への嫌悪感を覚えずにはいられない。

なまえは危惧していた。このままではディアマンドへ叶わぬ恋をしてしまう。いや、既に自分はディアマンドを好いている。ならば深みに嵌る前に退かねばならない。行く先々へ現れるディアマンドから逃げることが得策だろう。

なまえは見晴らしの丘で暫く夕陽を眺め、人の気配を感じ取ると、そのまま崖の際から側面の凹凸を手掛かりに下っていき、崖下の木の上へと飛び移った。
幹別れした又の部分に寝そべるようにして隠れて本を読もうと考えていると、崖の上から声が聞こえてきた。

「なまえ!大丈夫か!?」

声でディアマンドとわかり、その焦りように胸を痛める。隠れるよりもディアマンドに余計な心配をかけさせたくない気持ちがあえなく勝ってしまった。

「大丈夫です!ここが好きなので……きゃあっ……!」

ディアマンドが同じく崖上から真下のなまえのいる木へと飛び移ってきた。手足はなまえに荷重がかからないよう避けられたが、ディアマンドの胴が殆どなまえの体に折り重なるようにして密着し、覆い被さられるような状態になった。

「怪我はないか?」

ディアマンドの本気で心配するような表情を見るのが辛く、なまえは視線を逸らす。

「はい……ないです……ソラネルの大切な木が折れてしまうのでおりますね」

「私に任せてくれ。私にしがみつけるか?」

自分で下りられます、そう言いたいのに言えず、ディアマンドの肩に手を置くと抱きかかえられて木の下へと下ろされた。

「……ありがとうございます」

「どこも怪我はないのか?」

そう言いながらなまえの頭に付いた葉を取ってくれる。心から気にかけてくれているのが痛い程伝わってくる。それを素直に喜ぶことができないのが辛い。

「本当に大丈夫です……」

「突然飛び降りた理由を聞いてもいいか?」

「……」

逃げていた、なんて言ってしまえば誰でも傷つくだろう。ディアマンドを傷つけずに躱す言葉を探るが思いつかない。だからただ一言、間を繋ぐような言葉が頭に思い浮かぶ。

「殿下……」

距離を感じさせる敬称にディアマンドはぴく、と眉を上げる。なまえが自らそう仕向けたのにも関わらず、快く感じていないであろう反応に胸が苦しくなる。

「なまえには格好の悪いところばかりを見せてきたから挽回したつもりだったのだが……やはり魔法を克服できない私は頼りないか?」

「いいえ……!そんなことは決してありません!殿下は心も体もお強い方です!頼りないだなんてそんな……」

なまえは咄嗟に否定しながら、頭の隅でディアマンドの発言を噛み砕き、何故最近ディアマンドがなまえのそばにいようとするのかわかった気がした。なまえに頼り甲斐があるところを見せたかったのだろう。ブロディアの王子としての威厳を保つために。そんな必要はどこにもないのに。

「なまえが言うほど私は強くない……なまえの中で私に威厳なんてないのだろう?」

「あります……!ありますので自分を否定なさるのはやめてください……!わたしは、どんなに恐ろしいものを相手にしても強くあろうとし続けるディアマンドさまが好きなんです……!尊敬しているんです……!」

敬愛する人の最も良きところを自ら否定するかのような言葉に耐えられず、なまえは必死に否定するあまり勢いのまま想いが口を衝いて出てしまう。

「……そうなのか……?なまえは私を……?」

驚きに目を見開くディアマンドの次の反応が恐ろしくなまえは顔を伏せ、目をぐるぐるさせる。人として好き、人柄が好き、仲間として好き。好きの種類は幾らでもあるはずで、今なら逃げ切れるだろう。
ただ今まで築いてきたディアマンドとの関係には逃げるという選択肢はあってはならないものだ。
なまえは顔を上げてディアマンドの双眸を見つめる。傷つきにくく、靭性の高いルビーに光るそれは眩しい程に美しい。

「はい。お強いディアマンドさまが好きです。お慕いしています。気持ちを抑えられないので、これ以上は一緒にいられないです……なので逃げてしまいました……ですが今正直にお話しましたのでこれからははっきりと断らせてもらいますね。訓練には是非ともお付き合いさせてもらいますがそれ以外では行動を共にすることは難しいです……」

「崖から飛び降りる程、追い詰めてしまっていたのだな……私もはっきりさせよう。後手で言うのは格好がつかないが……私もなまえを好いている」

そんな節は沢山あったはずなのに、なまえもそんな気はしていたはずなのに、実際に言葉にして伝えられるとにわかには受け留めきれない上に自分の生まれが恥ずかしくなる。

「ですがわたしの生まれは碌でもないもので……」

「私は武の国ブロディアの王子だ。力が評価される国で生まれなど気に留めることではない。私がそんなことを気にするとでも思ったのか?」

「決してそういうわけではないです……!ですが、わたしはソルムで育った素性のわからぬ者で……」

「ソルム王国で育ったとわかれば十分だ。ソルムらしいなまえの自由な気質にも惹かれている。婚姻後もその自由さを縛るようなことは控えるよう約束しよう」

「……こ、婚姻、ですか……?」

「ああ。これからも私は強くあり続ける。その姿をなまえには見守っていて欲しい。パートナーとして私の傍らで永遠に」

燃えるような熱のこもった瞳に見つめられ、なまえは心臓を押さえつけられたような息苦しさを覚える。
決して逃げることはしないが、彼のパートナーになることは数多の責任を負うことでもあり覚悟のいることで、踏み出すまでの一歩がとてつもなく重く感じてしまう。

なまえは胸に手を当て思いを巡らせる。悪夢にうなされる程に恐ろしい体験を克服しようとするディアマンドをなまえは心より尊敬している。ディアマンドのような不屈の精神性を備えた人になまえもなりたいし、彼の隣に立つにはそれが必要だろう。

「わたしも強くあり続けたいです。勇猛なディアマンドさまの傍らで、共に高め合うことができたら嬉しいです」

なまえは祈るように胸の前で両手を組み、ディアマンドへ微笑みを向ける。そんななまえの手を、ディアマンドの大きな手が包み込む。

「そうだな。私もなまえがより強くなっていく姿を見守ろう」

ディアマンドは優しげな声で言いながらなまえの手を取り、ほっそりとしたなまえの薬指に自らの無骨な指を絡める。

なまえはディアマンドの行為に戸惑いつつも、胸を高鳴らせてディアマンドを見つめる。

「婚約の証に指輪を用意しよう」

「わたしもディアマンドさまに贈り物を用意しますね」

「それは楽しみだな」

「ディアマンドさまが気に入ってくださるようなものを探します」

「私はなまえから貰えるものであればなんであれ嬉しい」

なんて甘やかで、本心からそう思っているとわかる程優しい響きの籠っている言葉なのだろうか。しかしなまえはそれに甘んじるような性格ではないために、戦後の慌ただしい中に前人未到と噂される渓谷へと赴いて世にも珍しい鉱石と壮大な冒険譚を怪我とともに引っ提げて帰還し、ディアマンドの肝を冷やした。



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