it falls on field



翠雨の節の私は無気力で何もできない女の子になる。誰かに助けられないと駄目な女の子。雨季は雨が降らなくても訓練には出ない。自室で一人籠って本を読み、お昼寝するの。だって、その方が安全だから。



*



翠雨の節の終わり頃、殆ど雨が降らなくなった。どんなことよりも、講義以外では雨の日に外出しないことを優先する私にとってはとても喜ばしいことになった。
よく晴れた週末、久し振りに訓練場の隅っこで十字の巻藁相手に剣を振り回していた。
理学が得意な私は刀剣コレクターの商人の親の影響もあり、剣術を使うエピタフを目指している。雨の降らない週末はいつも同級のレオニーと訓練場で剣を鍛えていた。訓練場にいつも通うのは殆ど同じメンバーで、特にフェリクスくんだけは私がいる時には必ずいるので、欠かさず毎週末来ていると思う。
フェリクスくんは大体はレオニーと手合わせをし、レオニーの実力をよく認めている。まあ、レオニーの実力は兵法込みなのだけれど、その兵法を使いこなすという点で、フェリクスくんはレオニーを買っているというわけだ。
私はそんな2人の手合わせを遠目に何度か見ているうち、フェリクスくんを好きになってしまった。既に実力があるのに剣技を磨き続けるフェリクスくんはとてもかっこいいと思っている。それにフェリクスくんは私の初恋の相手に雰囲気がとても似ているのだ。昔、雨の日に私を助けてくれた騎士様に。たまにフェリクスくんをちらちらと見てはときめいてしまっている。

「ようし!お昼の時間だぁー!」

休日のお昼を告げる鐘の音が訓練場で響き渡ると、レオニーはフェリクスくんとの手合わせを止めて笑顔で伸びをした。訓練の後のご飯は座学の後よりも美味しいので、私もルンルン気分で持っていた訓練用の剣を片付けた。
レオニーの近くにはフェリクスくんがいるので、私は目立たないように気配を消してレオニーの隣に行った。

「レオニー、行こう。お腹空いちゃった」

「今日は肉料理がメインらしいな。あ、フェリクスも来るか?」

レオニーがフェリクスの方を向いて言う。まさかフェリクスくんを誘うと思ってなくて、心の準備をしていないから出来れば来ないで欲しいと願った。フェリクスくんとご飯なんて、難易度が高すぎる。

「ああ。たまにはいいか」

あのフェリクスくんが誘いに乗って、やっぱり学級は違えどレオニーとは仲が良いんだなと羨ましくなった。それにしても、本当にフェリクスくんとご飯なんて緊張しちゃう。

「そうそう。たまには一緒にご飯を食べながら剣技の磨き方について語ろうよ」

「それも悪くないな」

「ナマエもいいよな?」

「う、うん」

駄目なんて言える訳が無かった。フェリクスくんをちらりと見れば、無表情でこちらを見ていて思わずびくりと肩が震えた。




*



「まあ、キジ肉でも美味いもんだな。これ、自分で狩ると調理が大変なんだよなー。こうして調理して貰えるって本当助かるもんだ」

「確かにキジは羽を毟るのがな」

昼食でレオニーと2人で並んで座り、向かいにはあのフェリクスくんがいて、私はもそもそとキジ肉料理を食べながら、2人の会話を聞いていた。キジ肉は好きなんだけど、緊張し過ぎて味がしない。

「ナマエは狩の経験は?」

話に入れない私を気遣ってか、レオニーが話を振ってくれた。金鹿はラファエルくんを筆頭に心の優しい人ばかりで、レオニーもその一人で、いつも私を気遣ってくれている。

「無いけど、親が狩猟で取ってきたものを魔法で焼いてあげてたよ。一回ブリザーで凍らせてからファイアで外側を丸焦げにして、中が生のまま食べるのが美味しかったりするの」

「ははっ。ナマエは意外と豪快なところがあるよな」

レオニーが笑った。親子共々いい加減なところがあるので、レオニーの言う通り豪快といえば、豪快かもしれない。

「お前、魔道は得意なのか?」

フェリクスくんが初めて私に話しかけてくれて、驚いた。フェリクスくんを見ると、赤銅色の瞳と目が合い恥ずかしくなった。フェリクスくんと目が合うなんて初めてでさらに緊張が増す。うまく話せるように俯き気味に顎を引いた。

「あ……魔道はそこそこ……」

「そこそこなもんか」

私のはぐらかしに、レオニーがすぐに否定してきた。

「他学級の奴は知らないかもしれないけど、ナマエは凄いんだよ。レスター諸侯同盟で毎年開催される魔術大会の実践部門と座学部門で同時優勝したことがあるんだ。しかも両部門での優勝は開催してから初なんだ」

「ほう。それは凄いな」

フェリクスくんに褒められてかあっと顔が熱くなる。レオニーは大袈裟に言い過ぎている。あの時は運が良かっただけだった。

「でも、理学が盛んなのは帝都だし、大会の開催はその時で10回目くらいで歴史が浅いし……」

「んん?あのさー、開催は9年前からだから10回は有り得ないよ。ナマエが優勝した時でさえ、数年前なんだからな。全く。ナマエはいい加減だな」

レオニーに指摘されて気づいた。そういえば、数年前に優勝したってことは、初開催から5、6回目の時かな。少し盛っちゃったかも。

「同盟領の中でその実力なら、帝都でも通じるだろう」

「でも、でも……」

せっかくフェリクスくんに褒められているのに、恥ずかし過ぎてついつい否定してしまう。それに、自分の理学の技術なんてまだまだだし、その大会にはあのリシテアちゃんが年齢制限で出られなかったから、優勝できたようなものだ。

「確かおまえは剣術を練習していたな?あんなに下手くそな上に3週も休んでおいて、何故諦めて魔道を極めないんだ?」

フェリクスくんに下手くそと認識されていたことに少し傷付いた反面、私が3週も訓練場に行ってなかったことに気づいてくれてたのは嬉しい。本当は自分に自信がないから、存在を気づかれたくないという矛盾した気持ちもあるけれど。

「親が刀剣のコレクターなのもあって、剣も好きなの。それで魔法も剣も扱えるエピタフの資格を在学中に取れば、将来役に立つかなって」

「エピタフか。俺と同じだな……どうだ?俺はお前に剣術を教えるから、お前は俺に理学を教えるというのは?」

「え、ええっ?」

「それはいいな。ナマエ、得したな」

レオニーに肩をバンバン叩かれ、嫌と言えない状況になった。あのかっこいいフェリクスくんと仲良くできる機会だけど、フェリクスくんの期待に応えられないかもしれないのが怖い。

「早速、昼食後にまずは座学を教えてくれ」

「えっと、まずはって、座学と実践両方教えればいいの?」

「ああ」

「わかった。じゃあ、後で部屋に戻って本取ってくるね。青獅子の学級の教室に行けば良い?」

「いや、面倒だからおまえの部屋で良い」

「えっ」

「おいおい。フェリクスさぁ、うちのナマエに手出す気か?」

レオニーは守るように私の肩を抱いてきた。冗談だとはわかっていても、フェリクスくんのことを意識してる私からしたら、凄く恥ずかしい。

「阿保か」

フェリクスくんは呆れたように言う。私なら動揺する冗談だっただけに、ちょっとだけ寂しく思えた。

「それより、お前の親が刀剣コレクターと言ったな?どんな剣を持っている?」

フェリクスくんは私の漏らした言葉に興味を持ってくれたみたい。武具の扱いが丁寧だとは思っていたけど、刀剣に興味があるんだ。
この時ばかりは商人であることを忘れて買い付ける刀剣を売らずに家に溜め込む親に感謝した。



*



「ナマエちゃん、最近変わったよねー。恋でもしてるのー?」

講義が終わった夕方頃、机の上を片付けているとヒルダちゃんに話しかけられた。

「ちょっとね」

商人の家の子がフラルダリウス家の嫡子に恋してるなんて、恐れ多くて言えないので言い含めて答えるしかなかった。

「ほう。それ故、ナマエさんは最近益々美しくなったのだね」

いつの間にかローレンツくんまで寄ってきた。

「ローレンツくん、それセクハラっぽーい」

「なっ。僕はそんなつもりでは……!」

「ふふっ。冗談よー。ナマエちゃん、ちなみに誰誰ー?」

ヒルダちゃんは髪と同じ桃色のぱっちりとした大きな瞳を爛々と輝かせる。そんな瞳で詰め寄られたら、困ってしまう。

「えっと……秘密」

「そっかー。まあ、ナマエちゃんわかりやすいからこの学級じゃないことは確かねー」

ヒルダちゃんにさらりと図星を突かれて、苦笑いするしかなかった。
あれから週末はフェリクスくんに座学と実践の両方を教えて、その代わりに剣術を教えてもらった。剣術の構えや剣の握り方まで詳しく教えてもらったので、自然と体が触れる状況が多くて、その度に魂が抜けてしまうんじゃないかって程ドキドキした。上手くなってくるとフェリクスくんは褒めてくれるし、自分も自信がついてきた。実家にある名剣を使いこなす日はそう遠くない気がした。
今週末にまた上手くなったと褒められたくて、平日の夕飯の後に訓練場にいった。訓練場には軽装のセイロス騎士団の人が2人いるだけだ。生徒がこんな時間に練習に来るのが珍しいようで、騎士さんはちらちらとこっちを見てくる。
私は私で気にしないように訓練用の剣を木箱から取り出し、巻藁を相手に剣術の練習を始めた。1人で息が乱れるほど練習していると、人の気配を感じて振り向いた。セイロス騎士団の人が2人後ろに立っていた。1人は茶髪の短髪で、もう1人は赤毛を襟足まで伸ばしている。2人ともまだ新任という感じで若くみえる。

「あの、何か……?」

「あ、俺達が練習の相手をしようかなって。どう?」

「えっと、宜しくお願いします」

若い人といえど、セイロス騎士団の人なら練習相手に良いと思った。これで週末までには上手くなれるかもしれない。
でも、そう思ったのが間違いだった。

「剣の握り方はこうだから」

真後ろから抱くように茶髪の人に手を回されて、剣の握り方を直された。手の位置を直す時に何度も手を撫でられて気持ちが悪いし、顔が私の耳元にあって、荒い息が耳にかかって吐き気がする。本当にちゃんと教えてくれるのか不安で心臓が縮み上がる。

「よし、じゃあ、やってみようか」

茶髪の人が離れてくれたので、一先ず安心して、赤毛の人と剣を構えて対峙した。動揺していたせいもあって、剣は一瞬にしてはたき落とされてしまった。

「ありゃりゃ、やっぱり女の子は力が弱いね」

赤毛の人は剣を地面に捨てると、私に近づいて来た。なんとなく嫌な予感がして後退すると、ぼすりと音を立てて茶髪の人の体に当たった。

「じゃあ、今から筋力トレーニングでもしようか」

「あっ」

茶髪の人に両腕を後ろに回され固定された。腕を暴れさせてもびくともしない。

「ほら、もっと力出さないと逃げられないよ」

赤毛の人が私の目の前まで来ると、服に手をかけてきた。さーっと血の気が引いて、足で赤毛の人を蹴っても御構い無しに制服のシャツの留め具が外されていく。

「やだやだやだぁ!誰か助け……っ」

思いきり叫べば、茶髪の人に後ろから手で口を塞がれた。三つ目の留め具を外されたその時、訓練場の扉が開いた。

「おい、貴様ら何をしている」

フェリクスくんが扉から現れた。何故か片手に分厚い本を持っている。
私を助けに来てくれたんだ。こんな時間にいるはずがないから、間の良さにそう思わずにはいられなかった。

「嫌だな。この子が襲われた時の対処法が知りたいって言ってきたから乗ってあげたんだよ。おい、離せ」

赤毛の人が命じると茶髪の人が私を離してくれた。震える膝をなんとか抑えて、露出した胸元を隠すように開いたシャツを重ね合わせて、フェリクスくんに駆け寄った。

「怪我はないか?」

「うん。ありがとう……」

「おまえは後ろに下がっていろ」

フェリクスくんは私を騎士団の2人から隠すように後ろに押してきた。私を守ってくれようとする態度に胸が高鳴ってしまう。

「あのセイロス騎士団がこんなことをするなんてな……やはり、騎士ってのは碌なものではない」

「なんだとっ」

赤毛の人が怒ってフェリクスくんに殴りかかってきた。
一瞬だった。フェリクスくんは赤毛の人の後ろに回り込み、持っていた本で、首の後ろを叩いて気絶させた。それから背後を見せたフェリクスくんの一瞬の隙を狙って、茶髪の人が剣で襲ってきた。フェリクスくんは一撃目を避け、二撃目は懐から鞘を振り払って取り出した短剣で、剣を受け止めた。短剣の峰は櫛状になっている櫛刃だ。櫛刃で剣身を折ると、フェリクスくんは茶髪の人の顎に下から本を突き上げ気絶させた。完璧だった。本という物理的武器を使って、人を的確に気絶させる箇所を突くなんて凄い。
フェリクスくんは私の目の前まで来ると、本を差し出した。近くで見て、初めて気づいた。これは私がフェリクスくんに貸した魔道書だった。

「悪いな。背表紙がガタついた」

「それは気にしないでいいの……あの、本当に助けてくれてありがとう」

魔道書を受け取ると、本のページが今にも取れてしまいそうな部分があるけれど、そんなことはどうでも良かった。この本のお陰で助かったのだから。

「おまえに本を返そうと思って探していたんだが、見つかって良かった……」

フェリクスくんの表情は優しげで、初めて見る表情にこんな顔も出来るんだとドキドキする。

「俺は奴らを縛るからおまえはセテス殿か大司教のところへ連絡できるか?無理ならいいが……」

「だ、大丈夫。大聖堂まで近いし、行ってくるね」

フェリクスくんの言う通りに大聖堂まで行って、レア様を見つけ、襲われそうになった事を報告した。レア様はとても優しいお方で私を心配してくださった。騎士団の2人が二度と私の目の前に現れることがないようにと、レア様は私の手を握り約束してくれて、直ぐにフェリクスくんのところへセテス様と騎士団を送ってくれた。
レア様の命でツィリルくんが私を部屋まで送ってくれている間、ボロボロになった本を抱きしめながらフェリクスくんを想って何度もため息が出てしまった。フェリクスくんが助けてくれた時のことが目の前で起きているかのように頭の中で延々と繰り返された。

「僕と歩くのがそんなに嫌なの?僕だって好きでナマエと歩いてるんじゃないんだからね」

いつも通り生意気なことを言うツィリルくんがいつも以上に可愛く思えた。

「このため息は好きな人を想ってのため息なの」

「好きな人って誰?」

「それは秘密」

「ふーん。まあ、どうでもいいけどさ。レア様が悲しそうにしてたから、 余計な問題は起こさないでよ」

セイロス教を全く信じておらず、最早レア様教徒と化しているツィリルくんの釘刺しに、純粋にレア様を思っての台詞なんだろうなと思った。ツィレルくんとは好きの種類は違うだろうけど、好きな人を悲しませたくないという気持ちはわかるから、どんなに生意気な態度でも可愛く見える。

「ふふっ。ツィリルくん可愛い」

「好きな人が出来ると馬鹿になるのかな」

今度はツィリルくんがため息をついた。




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