「助けてローレンツくん!」

真夜中に燭台片手にローレンツくんの部屋に突撃した。
ローレンツくんのベッドに駆け寄ると、彼は大きな薔薇柄の寝巻きを着て、頭には同じく薔薇柄のナイトキャップを被った状態でベッドの上からむくりと起き上がる。

「ナマエさん、こんな時間に何の用かな……?」

ローレンツくんの眉はぴくぴくと跳ね上がり、少し怒っているのがわかる。

「寝ている時にごめんね!でも、私の部屋に大きなムカデが出たの!」

「ムカデか……僕も虫は得意ではないが、仕方あるまい。着替えるから外で待っていたまえ」

「えー!着替えなくていいよ!早く来て!」

「この格好で外を彷徨く訳にもいくまい。君もその格好は……女性が寝巻きで出歩くのは控えたまえ。これを羽織るといい」

ローレンツくんは壁に掛けていた黒と金地の外套を取ると私の肩にかけてくれた。

「ありがとう。じゃあ、外で待ってるね」

部屋の外に出て暫くすると、ローレンツくんが制服に着替えて部屋から出てきた。

「それは僕が持とう」

ローレンツくんは私の手から燭台を持つと、暗くて危ないからと肩を支えて隣を歩いてくれた。

「ありがとう。あのね、夜遅くにごめんね。ベレト先生に言おうと思ったんだけど、この前虫が出た時に先生に助けを求めたら、部屋の中で剣振り回されて、危なかったから」

金鹿の学級(ヒルシュクラッセ)の担任教師であるベレト先生も私と同じ外の寮に部屋があるのでこの前頼ってみたけど、部屋に置いていたバスケットやら本やらまで切られてしまったので、次からは頼らないと心に決めている。

「だが、君の部屋からここまで遠いだろう」

ローレンツくんの言う通り、平民の私の寮は一階でメーチェの部屋の隣にある。

「んー、確かに遠いかも。次からアッシュくんとドゥドゥーくんに頼もうかなぁ」

「それも一つの選択肢として心に留めておいて欲しい。さらに緊急事態ならば、金鹿(ヒルシュ)のレオニーさんを頼ってもいいだろう。彼女ならば、喜んでナマエさんを助けるだろうし、何より同性だ」

いつも無条件で助けてくれるローレンツくんは珍しく、他の人を頼れという。それ程夜に起こされるのが嫌だったみたいで反省しようと思った。

「わかったよ。じゃあ、次からレオニーちゃんを頼ってみるね」

「ああ。そうしてくれ。僕も君を助けたいとは思っているが……流石にこうも毎日頼られるとな……」

「いつもごめんね……?迷惑だよね……?」

憔悴しきったような顔をするローレンツくんを見上げて謝った。毎日どころか一日五回くらい助けられてるから本当に申し訳ない。

「ぐっ……いや、迷惑等ではない。次も深夜だろうが気兼ねなく、この僕を頼ってくれたまえ」

「具?うん!ありがとう!ローレンツくんって出会った時から優しいね!」

同盟領出身のローレンツくんとは魔道学院時代からの知り合いで、ローレンツくんとの出会いは彼が困っている私を助けてくれたところから始まった。在学中何度も私を助けてくれたローレンツくんが留学を早めに切り上げて帰国してしまった時は寂しくて仕方がなかった。けど、こうして士官学校で再会できてからは学級は違えど、大好きなローレンツくんと一緒にいられて毎日が楽しい。

「僕はただ貴族の責務を果たしているだけさ」

「そっか。貴族の責務かー……」

魔道学院時代から貴族の責務として助けられているのは事実で、お友達だからという理由ではないのは寂しいけれど、助けてもらっている身で贅沢は言えない。いつか、お友達として助けてくれたら嬉しい。

私の部屋まで着くと、ローレンツくんは部屋の燭台全てに火を灯し、ムカデを探してくれた。

「もういなくなってしまったようだ」

「えー!さっきはいたのに。また寝てる時に出たらどうしよう……」

「安心したまえ。こんなこともあろうかと、ペパーミントの精油を水に溶かしたものを持ってきた」

ローレンツくんは制服のポケットから小さな黒色の小瓶を取り出した。

「ペパーミント?」

「ああ。確かムカデはペパーミントの匂いを嫌う。これを体やベッドの周りに付けるといい」

ローレンツくんはそう言って、私に小瓶を渡してくれた。

「そうなんだ。これ、貰っちゃっていいの?」

「ああ。まだ精油が残っているから、必要ならばまた水で薄めたものを持ってこよう」

「ありがとう!これがあれば安心して寝られるね!」

「ああ。では、僕はこれで……」

「あ、外套返すね」

ローレンツくんに外套を返して、部屋の外まで彼が帰るところを見送った。部屋に戻り早速顔や体にペパーミントを薄く伸ばしてつけた。それからベッドの周りにも付けるとそこら中からスースーした匂いがして、癒されてすぐに寝てしまった。

翌朝目が覚めると、気持ちよく起きれた。ただちょっと、目の周りがひりひりしている感じがして、目が開けにくい。
それでもなんとか制服に着替えて、顔を洗いに外に出るとメーチェがいた。

「おはよー、メーチェ」

「あらあら〜、ナマエったら、制服のボタンは掛け違えているし、目の周りは真っ赤よ〜」

「掛け違え?真っ赤?」

「泣きはらしたみたいになっているわ〜」

そう言いながら、メーチェは私の制服のボタンをかけ直してくれた。

「自分じゃわかんないよー」

「ちょっと待ってて〜」

メーチェは部屋から持ってきた手鏡を私に向けてくれた。鏡を見ると確かに両眼がパンパンに腫れていた。

「なんで!どうして!」

「泣いたんじゃないのかしら?」

「泣いてないよー。あーもしかして、ペパーミントかなあ」

「ペパーミント?」

「スースーするやつ目の周りに塗ったせいかも。ねえ、この腫れどうしよう」

「私にはどうにもできないわ〜。マヌエラ先生に相談してみたらどうかしら」

「うーん。でも、ローレンツくんに貰ったペパーミントだから、ローレンツくんに聞いてくる!」

「どうかしら〜。彼もそこまで詳しくは……」

「ローレンツくんなら、私を助けてくれるから大丈夫!」

「彼を信頼してるのねえ」

メーチェはくすくすと笑う。

「でも、すっぴんで目も腫れているのに彼に会って大丈夫なのかしら〜」

「別に私は気にしないもの!」

「せめて、顔を洗って口紅だけでも付けたらいいわ。女の子は好きな人の前では可愛くいたいものよ〜」

「うーん。ローレンツくんのことは大好きだけど、お友達としてだしなぁ」

「でも、最低限の身嗜みとして、やってみたらいいわ〜」

「メーチェが言うならそうするよ。アネットがくれた口紅も全然減らないからね」

化粧品は殆ど贈り物を使っていた。魔道学院時代から、アネットとメーチェは誕生日に化粧品しかくれなかった。私はお菓子がいいっていつも言うのにふたりとも一度もそれに応えてくれたことはなかったけど、ふたりが一生懸命考えて選んでくれたものだから大事に使っている。

メーチェの言う通りに顔を洗って、口紅を付けて、ローレンツくんの部屋に行った。

「ご機嫌よう、ローレンツくん。あのね、目が腫れてヒリヒリするの」

「ご機嫌よう、と。ナマエさん……失礼するよ」

ローレンツくんにそっと頬に手を添えられて、何事かと思っていると、ローレンツくんの顔が近づいてきた。ローレンツくんの薔薇の匂いがふわりと香り、ちょっぴりドキドキしてると、唇の周りをハンカチで優しく拭われた。

「何かついてたの?」

「口紅がはみ出ていた。全く。講義に出る前に僕が気づいて良かったな」

「えー!じゃあ、ハンカチ汚れちゃったじゃん!」

「これは油分の多い石鹸で落ちるのだから問題ない。それより、その目はまさか……昨晩のペパーミントのせいか?」

「うん。目の周りに塗ったせいかヒリヒリしちゃって」

「ならば……この食用油を上から塗れば治るはずだ」

ローレンツくんは棚から固形物の入った大きめの瓶を取り出した。ローレンツくんの言う通りに目の周りに薄く伸ばして、暫く置いてみるとヒリヒリがなくなった。

「流石、ローレンツくん!やっぱり、ローレンツくんに相談してよかった!」

「僕も使い方を説明すべきだったな。次からペパーミントは粘膜は避けて使うといい」

「うん!あ、私、鞄持ってきたから一緒に講義行こう」

「まだ講義には早い。モーニングティーでもどうかな?朝の茶は勉強が捗るだろう」

「いただく!」

私の即答にローレンツくんはフッと笑い、可愛らしいデザインの茶器を用意してくれた。
ローレンツくんに助けを求めたお陰で、朝から優雅にローレンツくんと優雅なティータイムを過ごせるなんて幸せ。お茶の落ち着く香りに癒されながら、今後も困った時は他の人よりローレンツくんを頼ろうと思った。
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