「どうしようローレンツくん!」

「えーと、ローレンツさんを呼んできますね!」

私が取り乱して叫んだ言葉に、アッシュくんは教室を飛び出した。

絶望しながら鞄からインクで汚れた本と羊皮紙を机の上に出したところ、どうやらインク壺の蓋がちゃんとしまってなくて、鞄の中のものが全て汚れてしまったようだ。

「あらあら〜これは大変ねぇ」

「というか、インク壺は教室にあるから、部屋に置いといていいんだよ!」

メーチェが心配してくれる一方で、アンには注意されてしまった。
アンの言う通りなんたけど、教室のインクが無くなりそうだったから、気を利かせて自分のものを持ってきたのだ。鞄にしまう時に気をつけるべきだった。

「おい、お前。ことあるごとにあの貴族様を呼ぶのはやめろ」

手をインクで汚しながら汚れた羊皮紙を纏めていると、フェリクスくんに怒られた。

「なんでそんな酷いこと言うの!」

「日に何度アイツを呼んでいる?アイツも迷惑してるだろう。他人に甘えず自分でなんとかしろ。あいつはお前の親ではないし、来年ここを卒業した後、お前はファーガスまであいつを呼び寄せる気か?それにいつまでもお前が駄目駄目の駄目駄目の駄目駄目であったら、あいつが安心してここを卒業できないだろう」

「うう……そんなダメダメ言わなくても……」

この前のリシテアさんみたく、ダメダメ言われてちょっと傷つく。

でも確かにフェリクスくんの言うことも一理ある気がする。ローレンツくんが優しくて親切なのをいいことに甘え過ぎている節があるかもしれない。ローレンツくんが安心してここを卒業できるように、私は自分で困りごとに対処する術を身につけなくてはいけないかもしれない。リシテアさんも、ローレンツくんは私を心配して怪我をしたって言ってたし、ローレンツくんが私を心配しないようになるまでは頑張りたいと思った。

「ナマエ、フェリクスはあんなこと言うけど、周りに頼ってもいいのよ?」

メーチェがふんわりと笑って、いらない羊皮紙の切れ端などを持ってきてくれた。

「メーチェ、ありがとう。でも、フェリクスくんの言う通り他人に甘えてばかりいられないよ。よく考えてみるね」

メーチェに貰った羊皮紙の切れ端で鞄の中や本についたインクを羊皮紙に吸わせた。

「あ、ローレンツが来たよー?」

始業前にバタバタと片付けを手伝ってくれていたアンの言葉に釣られて教室の出入口に目を向けると、アッシュくんがローレンツくんを連れて教室に入ってくるところだった。

早速だけど、フェリクスくんに言われたことを反省して、近くで呆れながら様子を見ていたフェリクスくんにローレンツくんには何も問題がないから教室に帰って大丈夫だと、伝えるように頼んだ。

「仕方ない。伝えておいてやる。あいつが来なくなる分にはいいことだしな」

なんて、酷いことを言うフェリクスくんだけど、せっかく来てくれた人を追い返す嫌な役目を引き受けてくれるのはフェリクスくんの優しさだと思う。



*



その日から、ローレンツくんの為に私は変わることにした。インクで鞄や本が汚れて困ったけど、汚れた鞄は捨てて、新しいのをメーチェ達と町に買いに行くことにして、汚れた本は実は書庫のもので、昼休み中に一人で司書さんに謝りにいった。酷く怒られて、そのせいでご飯を食べる時間が無くなり、そのまま午後の講義を受けることになった。おまけに放課後には書庫整理の罰則を科せられてしまった。それから放課後までに他にも困ったことがあったけど、できるだけ自分で解決するように努めた。それには根気と体力が必要で、自分が如何にローレンツくんに頼って怠けていたかを思い知らされた。リシテアさんとフェリクスくんが私のことをダメダメ言う理由がわかった気がする。きっと、ローレンツくんにもそう思われてるのかもしれない。そう思うと、悲しくなる。そして、今日の困りごとをローレンツくんに頼らずに自分の力で解決した時、充足感と満足感があった。なんだか成長した気がして、自分が誇らしくなった。

放課後、教本と羊皮紙を持って教室を出ると、ローレンツくんがいた。今日は一度もローレンツくんと会っていないから、会えたことが嬉しくて顔が綻んだ。

「ローレンツくん、ごきげんよう!」

「ごきげんよう、ナマエさん」

ローレンツくんの表情は曇っていて、私と対極的な態度に困惑する。声もなんだか重苦しくて、絞り出すような話し方だ。

「どうしたの?」

「それはこちらの台詞だ。今日は困ったことは無かったのかい?」

「うーん。沢山あったけど、なんとかなったから大丈夫!」

「本当か?実はあのフラルダリウスの嫡子に……その、虐められてるとかはないか?」

虐めという言葉にギクリとした。ローレンツくんからその単語が出てくるなんて、余程心配してくれてるのかもしれない。でも、なんでそう思ったんだろう。

「虐めは受けてないから大丈夫だよ。アンもメーチェもいるし、フェリクスくんとも仲良くやってるよ?なんでそんなこと聞くの?」

「今朝、アッシュ君から君が大変なことになったと呼ばれた。だが、青獅子の学級(ルーヴェンクラッセ)の教室に行けば、フェリクスに追い返されてな」

「それは私が頼んだんだよ?」

「なっ!き、君がか……?何故だ?僕が何かしたのか?」

「ローレンツくんは何もしてないよ?あのね、今日からローレンツくんに頼らないことに決めたんだ。いつも、助けてもらってごめんね?でも、今日からもう助けはいらないから安心してね!」

来年、ローレンツくんが安心して卒業できるように、私はこのまま自分の力で困りごとに対処していきたいと思う。実際、根気と体力を使った分の自己充足感はあったし、リシテアさんやフェリクスくんみたく、ローレンツくんにはダメダメのダメダメのダメダメの女の子なんて心配されたくないからこのまま頑張ろうと思う。

「ナマエ、さん……?」

「あ、私、用事があるから急がなくちゃなんだ!じゃあね!」

せっかくローレンツくんと話せて和んだのに、書庫整理の罰則を思い出して急いで荷物を置きに部屋に戻ることにした。
ALICE+