「これはここで、あれはこっちで……もう、終わらないよぉローレンツくん!」

罰則として書庫で本を整理していると、その量から今日中に終わる気がしなくて、ついついローレンツくんの名前を出してしまった。助けて欲しいと思ったら、ローレンツくんの名前を呼んでしまうなんて、もう病気の域だ。

生徒が全然いないところを見るに、もう夕食時なのだろう。食堂が閉まるまでに終わらせたい。今日は一日ご飯を食べてないし、唯一口に入れたのがアンが持ってきてくれた焼き菓子だけだったから、お腹が空いて力がでない。おまけに書庫には三人の他学級の生徒とふたりの修道士しかいなくて寂しくて仕方がない。

「ナマエ、大丈夫か?」

「殿下とドゥドゥーくん!」

殿下とドゥドゥーくんが書庫にやって来た。知り合いがいなくて寂しかったから、同級生に会えてほっとした。

「ふたりは何か調べものですか?」

「いや、俺たちはナマエの手伝いに来た」

「えっ?手伝うって?」

罰則のことは誰にも話してなかったのに、手伝うと言われて戸惑った。

「ハンネマン先生から話を聞いたんだ。昼食も夕食も姿が見当たらなくて心配になって聞いて回ったら、書庫整理の罰則を受けたってな」

「実はそうなんです……ひとりじゃ終わらない量で……でも、他の誰かを頼ってたら、ローレンツくんが安心してここを卒業できないんです……」

「周りに頼る力というのも必要じゃないか?級長として、いや、同じ学級の仲間として、ナマエの手伝いがしたいから手伝わせて欲しい」

「殿下……」

殿下の優しさに感激して、言葉に詰まった。

「三人ならあっという間に終わるだろう。早速だが、始めよう。ナマエには分類毎に本を分けて欲しい。本をしまうのは俺達に任せてくれ」

「はい!」

殿下の言う通りに魔道書や史書、名鑑などを分類毎に整理して机の上に並べた。それを殿下とドゥドゥーくんがしまいに行ってくれて、手際よくできた。しかもふたりは背が高いので、少し高いところでも脚立を使わずに本をしまうことができて、時間が短縮できた。
三刻以上もかかると思っていたけど、二人のおかげで一刻ぐらいで作業を終わらせることができた。

「殿下とドゥドゥーくん、私の罰則なのに手伝ってくれて本当にありがとうございます!」

「困ったことがあれば、俺に言ってくれ。必ず助けよう」

「でも……」

ふたりに頼っていたら、ローレンツくんも安心できないはずだ。できたら、なんでもひとりで解決したいと思ってしまう。

「遠慮はいらない。級長として、仲間として、ナマエを助けたいんだ」

殿下からは気遣いというよりは、本当にそう思っているような意思を感じた。そういえば、今朝のインク騒ぎでも、殿下は零れたインクを拭くための布を持ってきてくれたのを思い出した。
陛下からのせっかくの提案を無碍にはできない。

「じゃあ、ひとりで解決できない時に頼らせてもらいます」

「それでもいいが、相談する手もあるからそれを念頭においてくれ。そうだ。食事がまだなのだろう?料理人は恐らくいないだろうから、俺とドゥドゥーが食事を作ろう」

「えっ?そ、そんな!そこまでしなくていいんですよ!」

「ナマエが自炊するより危険はないから問題ない。殿下の申し出だ。断るな」

ドゥドゥーくんは相変わらず抑揚のない声で言う。最悪自炊しようと思ってたけど、ドゥドゥーくんの言う通り、食堂を燃やしかけたことがあるから殿下の申し出は凄くありがたい。

「じゃあ、お言葉に甘えて……」



*


 
翌朝、昨日の殿下とドゥドゥーくんのおかげで目覚めのいい朝だった。昨日も色々大変だったけど、ローレンツくんがいなくても乗り切れた。といっても殆どが殿下とドゥドゥーくんのおかげだから、今日はふたりを頼らないようにしようと思う。

朝の身支度を終えて、教材を腕に抱えて外に出ると、ローレンツくんが向かいの長椅子にいてびっくりした。

「ナマエさん、ごきげんよう」

「ごきげんよう!ローレンツくん、なんでいるの?」

「むっ……いてはダメだったか?」

「ダメじゃないよ?でも、びっくりしちゃって」

「君と教室に行こうと思って来ただけだ。何か困ってることはないか?」

「特にないよ。お出迎え凄く嬉しい」

最初はびっくりしたけど、教室に行くだけなのに私のところに来てくれたのが嬉しくて、口元が緩む。でも、次の瞬間には、ローレンツくんの言葉にハッとした。

ローレンツくんが今私に困ってることがないか聞いて来た。ということは、私のことを心配してくれてるんだ。

ローレンツくんと一緒に教室へ歩きながら、何を言ったらローレンツくんが心配しないようになるか、言葉をまとめた。

「ローレンツくん、私ね、困りごととか問題にはひとりで対処できるようになったの。級長も気にかけてくれてるから、大丈夫だよ?」

「そうか……だがな……いや、君がそういうのなら、その言葉を信じよう。ただ、何か辛い目にあったら、必ず相談して欲しい」

「うん。ローレンツくんって本当に優しいね。ありがとう」

「友人として、当然のことだ」

「友人……?今、友人って言った?」

ローレンツくんは今まで「貴族として助けたまでだ」みたいなことを言っていたのに、友人と言われて驚いたし、そのすぐ後にお友達として助けて欲しいという願いが叶って嬉しくなった。

「い、言ったとも……もしや、友人ではなかったのか?」 

ちょうど教室の前について、ふたりで立ち止まって向い合った。すらりと背の高いローレンツくんを見上げると、動揺している様子で瞳が揺れている。

「ううん。ローレンツくんっていつの間に変わったんだなあと思って。誰かに何か言われたの?」

「君もときに鋭いことがあるのだな。その通りだ。君との関係を聞かれたとき、僕はすぐに答えられなかった。だが、よくよく考えたら僕と君の関係は……友人ではないかと思った」

「そうだよ!ローレンツくんと私は仲良しこよしのお友達だよ!」

「ああ。そうだな。それじゃあ、また……そうだ。昼食は一緒にどうかな?」

「どうしようかな……うーん……食べる!」

ローレンツくんに心配はかけなければ、なんでもいいやという答えに悩んだ末にたどり着いた。

ローレンツくんと昼食の約束をして、ルンルン気分で青獅子(ルーヴェン)の教室に入ると、教室がざわざわしていた。皆教室の前の方へ行って、教壇の右側を見ている。

「皆、おはよー」

私が声を掛けると皆が一斉に振り向いて、それから隣にいる人達と向きあってひそひそし始めた。

何か様子が変だと思って教室の前の方に行こうとすると、フェリクスくんが人の群れの間を縫ってやってきて、私の目の前で立ち止まった。

「何かあったの?」

「……お前、誰かに恨みでも買ったのか?」

フェリクスくんの言葉に心臓がヒヤリとした。気が遠くなる思いで、ドキドキしながら「どういうこと?」と聞いた。

「……来い」

フェリクスくんに二の腕を掴まれて、グイグイ前へと引っ張られていく。
人の並を縫って教壇の方へ行くと、アンとメーチェが必死に先生が板書で使う黒版木を布で擦っていた。

黒版木には白墨で何か書かれているようで、アンとメーチェが私に気づくと、ふたりして布で黒版木を隠しながら振り向いた。

「フェリクス!なんでナマエを連れてきたの!?」

アンは真っ先にフェリクスくんに怒鳴った。本気で怒っているようなアンの剣幕には驚いた。よほどのことが起きているに違いない。

「こいつには見せたほうがいい。隠すなどこいつの為にはならん」

先程から心臓が痛い程ドクドク鼓動を刻んでいて、不安に押しつぶされそうになる。嫌な予感が凄くする。またあの時みたいなことが起きてるのではと、嫌な記憶が蘇ってくる。

「どういうこと……?」

息苦しさに塞がりかける喉から声を絞り出して聞いた。

「ナマエ……お願いだから後ろに戻って……」

メーチェが振り向きながら悲しそうに瞳を伏せる。

「何が板書されてるの?」

「俺から言う」

フェリクスくんの方を向けば、瞳を鋭く光らせ、私を見つめる。何を言われるのか凄く怖いけど、気になって仕方がない。

「フェリクスは黙って!言ったら、絶対に許さないんだから!」

アンが声を張り上げて叫ぶけど、フェリクスくんは気にするそぶりも見せない。

「お前の名と共に"色狂い"と書かれていた。何か身に覚えはないのか?」

フェリクスくんの言葉に気が遠のいた。数年前の嫌な記憶が断片的に脳を駆け巡り、頭と胸がズキズキ痛んだ。

「また、なの……?」

誰に問いかけるともなく呟いた言葉に呼応するように、近くから微かな笑い声のようなものが聞こえた。その嘲笑的な声は記憶にあるものなのか、今現実に聞こえてきたものなのか、もはやわからない。

フェリクスくんが目の前で何か言ってるけど、聞こえない。クスクス笑う声だけが耳に篭るように聞こえてきて、両耳を塞いでふらふらと後退すれば、強い力で誰かに腕を引っ張られて、教室の外へと連れ出された。

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