bianca e nero
※男装夢主
※途中まで固定名(偽名)
アパートの部屋の前で新聞屋のガキがくたばっていた。
共有廊下で腹這いに倒れているそいつは、最近オレの済む地区に朝刊を配達している、歳は10程の少年だった。配達だけでなく集金もこいつがやっていたから顔見知りで、たまに朝帰りすると会うことがあって挨拶する程度の仲ではあった。
オレがたかが新聞小僧に挨拶するのは、配達担当がこいつになってから配達の仕方が丁寧になったからだ。前のやつは雨の日だろうがなんだろうが、部屋の前に雑に投げ捨てていたが、こいつはちゃんと新聞受けに入れていた。
そんな真面目な少年がいつも目深に被っている帽子が傍に落ちていて、いつも帽子の陰に隠れていた顔が露わになっている。横に向けた顔だけでもその顔立ちが整っていることが簡単にわかるほど、少年の眼や唇、鼻の作りが綺麗だった。
美少年、と形容するには十分過ぎる程の容姿で、新聞配達屋には似つかわしくない。金や身寄りのないネアポリスの少年は、大抵は学校に行かずに新聞配達屋になるもんだが、こいつの場合は容姿で食っていけるくらいには整っている。それが新聞配達屋をやっているということは、身体を売って楽に生きるよりもこっちを選んだってことだ。
このまま放っておくか水でも引っ掛けて起こしてやることも考えたが、明日からもこいつに新聞を配達してもらいてえし、部屋の前でくたばっているまともなガキを見捨てる程オレは冷たい人間じゃあねえ。
だから、助けた。
*
ダイニングテーブルでコーヒーを飲みながら、目の前で食事を摂る少年を観察していた。
少年はさっき眼覚めたばかりだが、ふらついて立てそうにもねえから家にあるもんで適当に作ったパスタを与えてやれば、それを一心不乱に食っている。
少年の、形の良い頭によく似合う短い髪は子供らしく艶があるが、着ている服はボロで、頬は薄汚れている。そういえば、いつも顔が汚れている気がする。新聞屋ということも考慮して恐らく孤児だろう。
少年はパスタを皿の半分食べたところで胃が落ち着いたのが、ペースダウンし、残り少しというところでフォークを置いた。
「残してんじゃあねーか。もっと食え」
「お腹いっぱいで……」
「ハン!空腹で倒れていた分際で何言ってんだ?大きくならねーぜ?ミルクも飲め」
少年は一瞬自身の胸元に眼を落とすと、オレを見、それから頷いてグラスからミルクを飲んだ。
グラスを持つ両手は小さく、手首はガリガリに痩せこけていて、ミルクの入ったグラスを持てていることさえ奇跡に思える。
少年はグラスをテーブルに置くと、最後に残ったパスタを全て平らげてダイニングチェアに背を預けた。
「満足か?」
「はい……あの、ありがとうございました……あ、どうしよ……配達、途中だ……」
少年は突然焦ったように周りへ視線を巡らせる。真面目そうな出で立ちから何を探しているのかは明白だった。
「帽子も鞄も玄関だ」
「わた、ぼ、僕、配達しなくちゃあ、お給料貰えないので!ごめんなさい!プロシュートさん、ありがとうございました!」
「待て。名前を教えろ」
「……エリオ」
「いい名前だ。エリオ、オメーは孤児だろ?飯を食えない程困ってるなら、保護施設に行け。それに教会で炊き出しもしている。まとまった金が手に入れば、ミラノまで行ってモデルでもすりゃあ、食っていけるぜ。その容姿ならな」
「孤児ですけど僕には養わなくちゃいけない家族がいます!家族の為にも僕はここでお金を稼ぐんです!」
「そりゃあ、立派なことだが、大人の手を借りた方がいい。子供が稼ぐには限界がある」
「大人の手なんて借りません!大人は皆嘘つきで皆大っ嫌いです……!あ、で、でもプロシュートさんのことは、以前から良い人だとは思ってました……その、ありがとうございました!僕みたいなゴミに優しくしてくださり、本当に感謝してます……!」
「ゴミ?オメーみてえに真っ当に働いているヤツはゴミじゃあねえよ。ゴミっていうのはその辺の道端に転がってるジャンキーのことを言う。だから、オメーは自分に自信を持っていい」
「……」
エリオは小せェ唇を薄く開けたまま、長く、密度の濃い睫毛を瞬かせた。まるで、オレの言っていることが理解できない、とでもいうようだ。
「もう一度言えばわかるか?オメーは立派だ。だが、まともな大人に頼るべきだ。知り合いを使ってモデル事務所を探してやる」
「……あ、ありがとうございます!でも、僕カメラを向けられるのは苦手で……わ、ぼ、僕もう行きます!」
「オイ!」
少年は走って行っちまった。一応玄関まで追いかけたが、また大声で礼を言うとハンチング帽片手にメッセンジャーバッグを細い身体にかけて出て行った。
このままアパートの他の階にも配達するのだろうか。外まで追いかけることはしないが、多少なりとも少年の行先が気になった。
正直な話、ネアポリスに腐る程いる孤児がいつどこでくたばろうとどうでもいいが、真っ当に生きようとするガキが部屋の前で倒れていた、っつー事実は見過ごせなかった。それだけじゃあねえ。あいつの容姿はいつか汚ねェ大人に汚えェことをされるか、またはもうされた後なのか考えさせられちまう程のもんだった。ガキの頃に何度も変態に誘拐されそうになった覚えのあるオレにとっては想像に難くない。勿論当時から強かったオレは、自分に害なす変態は全員悲惨な目に合わせてやったが。
にしても、柄にもなく慈善活動みてえなことをしちまった。食事は食わせてやったが、根本的な解決はしてやれなかった。中途半端に関わったせいで今日は一日事あるごとに少年のことが頭を掠めた。
*
翌日、新聞配達に来たところのエリオを捕まえ、仕事を終えたらオレのところに来るように誘えば、本当に来た。先日と同じく腹を空かせているらしく、またパスタを作って食わせた。
食事中、こいつの将来のことを考えた。今は真っ当に生きているが、こんな腐った環境ではいつか道を踏み外すこともあるだろう。容姿を生かしたモデルになりたがらないところはオレと似ている、とどうにもオレと重ねて見ちまい、放って置けなくなった。こいつには真っ当に生きて欲しく、いつか真っ当な報酬を受けるような環境に身を置けるまで育ててやりたいとさえ思えた。
食事を終えたエリオに、ついでに文字の読み書きを教える、と言えば喜んで頷いた。
「いや、ここは主語が男だろうと、"chiama"を使う」
ダイニングテーブルでエリオに書かせた文法に間違いがあり、指摘した。口語では話せていても、いざ書くとなるとエリオは自信を失い、酷い間違いばかりをしていた。
「あ、ごめんなさい……"Si chiama Formaggio e era un tossicodipendente "」
エリオは発音しながら最初から文字を綴り直した。一部直すだけでよかったが、最初から書くあたりが真面目だ。あまりにも真面目だから嘘の例文は悪い気もするが、こういう方が覚えやすくていいだろう。
「完璧だ。ホレ」
テーブルに置いた透明な筒状の容器に飴を一つ追加した。エリオが一つの例文をこなす毎にカファレルのフルーツ飴を容器に入れるようにしている。飴なんか腹の足しにならねえだろうがないよりはマシだろうし、エリオはカラフルな飴の包装を「綺麗」だとか「可愛い」と言って瞳を輝かせているし、報酬を飴にしたのは正解だった。
読み書きの後は服を買ってやると言ったが、エリオは用事があると言って逃げ出した。こっちの過度な施しは受けたくないようだったが、週に数回はオレのところで飯を食い、読み書きの学習をするようになった。そんな生活が一年経った頃、エリオが突然いなくなった。何かあったのだと思い探したが、おかしなことにエリオは見つからなかった。新聞配達屋や、ストリートチルドレンにそんな名前の少年はいない、と情報屋に言われ、ジャンキーなのはオレだったのか、と自分の正気を疑った。
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※途中まで固定名(偽名)
アパートの部屋の前で新聞屋のガキがくたばっていた。
共有廊下で腹這いに倒れているそいつは、最近オレの済む地区に朝刊を配達している、歳は10程の少年だった。配達だけでなく集金もこいつがやっていたから顔見知りで、たまに朝帰りすると会うことがあって挨拶する程度の仲ではあった。
オレがたかが新聞小僧に挨拶するのは、配達担当がこいつになってから配達の仕方が丁寧になったからだ。前のやつは雨の日だろうがなんだろうが、部屋の前に雑に投げ捨てていたが、こいつはちゃんと新聞受けに入れていた。
そんな真面目な少年がいつも目深に被っている帽子が傍に落ちていて、いつも帽子の陰に隠れていた顔が露わになっている。横に向けた顔だけでもその顔立ちが整っていることが簡単にわかるほど、少年の眼や唇、鼻の作りが綺麗だった。
美少年、と形容するには十分過ぎる程の容姿で、新聞配達屋には似つかわしくない。金や身寄りのないネアポリスの少年は、大抵は学校に行かずに新聞配達屋になるもんだが、こいつの場合は容姿で食っていけるくらいには整っている。それが新聞配達屋をやっているということは、身体を売って楽に生きるよりもこっちを選んだってことだ。
このまま放っておくか水でも引っ掛けて起こしてやることも考えたが、明日からもこいつに新聞を配達してもらいてえし、部屋の前でくたばっているまともなガキを見捨てる程オレは冷たい人間じゃあねえ。
だから、助けた。
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ダイニングテーブルでコーヒーを飲みながら、目の前で食事を摂る少年を観察していた。
少年はさっき眼覚めたばかりだが、ふらついて立てそうにもねえから家にあるもんで適当に作ったパスタを与えてやれば、それを一心不乱に食っている。
少年の、形の良い頭によく似合う短い髪は子供らしく艶があるが、着ている服はボロで、頬は薄汚れている。そういえば、いつも顔が汚れている気がする。新聞屋ということも考慮して恐らく孤児だろう。
少年はパスタを皿の半分食べたところで胃が落ち着いたのが、ペースダウンし、残り少しというところでフォークを置いた。
「残してんじゃあねーか。もっと食え」
「お腹いっぱいで……」
「ハン!空腹で倒れていた分際で何言ってんだ?大きくならねーぜ?ミルクも飲め」
少年は一瞬自身の胸元に眼を落とすと、オレを見、それから頷いてグラスからミルクを飲んだ。
グラスを持つ両手は小さく、手首はガリガリに痩せこけていて、ミルクの入ったグラスを持てていることさえ奇跡に思える。
少年はグラスをテーブルに置くと、最後に残ったパスタを全て平らげてダイニングチェアに背を預けた。
「満足か?」
「はい……あの、ありがとうございました……あ、どうしよ……配達、途中だ……」
少年は突然焦ったように周りへ視線を巡らせる。真面目そうな出で立ちから何を探しているのかは明白だった。
「帽子も鞄も玄関だ」
「わた、ぼ、僕、配達しなくちゃあ、お給料貰えないので!ごめんなさい!プロシュートさん、ありがとうございました!」
「待て。名前を教えろ」
「……エリオ」
「いい名前だ。エリオ、オメーは孤児だろ?飯を食えない程困ってるなら、保護施設に行け。それに教会で炊き出しもしている。まとまった金が手に入れば、ミラノまで行ってモデルでもすりゃあ、食っていけるぜ。その容姿ならな」
「孤児ですけど僕には養わなくちゃいけない家族がいます!家族の為にも僕はここでお金を稼ぐんです!」
「そりゃあ、立派なことだが、大人の手を借りた方がいい。子供が稼ぐには限界がある」
「大人の手なんて借りません!大人は皆嘘つきで皆大っ嫌いです……!あ、で、でもプロシュートさんのことは、以前から良い人だとは思ってました……その、ありがとうございました!僕みたいなゴミに優しくしてくださり、本当に感謝してます……!」
「ゴミ?オメーみてえに真っ当に働いているヤツはゴミじゃあねえよ。ゴミっていうのはその辺の道端に転がってるジャンキーのことを言う。だから、オメーは自分に自信を持っていい」
「……」
エリオは小せェ唇を薄く開けたまま、長く、密度の濃い睫毛を瞬かせた。まるで、オレの言っていることが理解できない、とでもいうようだ。
「もう一度言えばわかるか?オメーは立派だ。だが、まともな大人に頼るべきだ。知り合いを使ってモデル事務所を探してやる」
「……あ、ありがとうございます!でも、僕カメラを向けられるのは苦手で……わ、ぼ、僕もう行きます!」
「オイ!」
少年は走って行っちまった。一応玄関まで追いかけたが、また大声で礼を言うとハンチング帽片手にメッセンジャーバッグを細い身体にかけて出て行った。
このままアパートの他の階にも配達するのだろうか。外まで追いかけることはしないが、多少なりとも少年の行先が気になった。
正直な話、ネアポリスに腐る程いる孤児がいつどこでくたばろうとどうでもいいが、真っ当に生きようとするガキが部屋の前で倒れていた、っつー事実は見過ごせなかった。それだけじゃあねえ。あいつの容姿はいつか汚ねェ大人に汚えェことをされるか、またはもうされた後なのか考えさせられちまう程のもんだった。ガキの頃に何度も変態に誘拐されそうになった覚えのあるオレにとっては想像に難くない。勿論当時から強かったオレは、自分に害なす変態は全員悲惨な目に合わせてやったが。
にしても、柄にもなく慈善活動みてえなことをしちまった。食事は食わせてやったが、根本的な解決はしてやれなかった。中途半端に関わったせいで今日は一日事あるごとに少年のことが頭を掠めた。
*
翌日、新聞配達に来たところのエリオを捕まえ、仕事を終えたらオレのところに来るように誘えば、本当に来た。先日と同じく腹を空かせているらしく、またパスタを作って食わせた。
食事中、こいつの将来のことを考えた。今は真っ当に生きているが、こんな腐った環境ではいつか道を踏み外すこともあるだろう。容姿を生かしたモデルになりたがらないところはオレと似ている、とどうにもオレと重ねて見ちまい、放って置けなくなった。こいつには真っ当に生きて欲しく、いつか真っ当な報酬を受けるような環境に身を置けるまで育ててやりたいとさえ思えた。
食事を終えたエリオに、ついでに文字の読み書きを教える、と言えば喜んで頷いた。
「いや、ここは主語が男だろうと、"chiama"を使う」
ダイニングテーブルでエリオに書かせた文法に間違いがあり、指摘した。口語では話せていても、いざ書くとなるとエリオは自信を失い、酷い間違いばかりをしていた。
「あ、ごめんなさい……"
エリオは発音しながら最初から文字を綴り直した。一部直すだけでよかったが、最初から書くあたりが真面目だ。あまりにも真面目だから嘘の例文は悪い気もするが、こういう方が覚えやすくていいだろう。
「完璧だ。ホレ」
テーブルに置いた透明な筒状の容器に飴を一つ追加した。エリオが一つの例文をこなす毎にカファレルのフルーツ飴を容器に入れるようにしている。飴なんか腹の足しにならねえだろうがないよりはマシだろうし、エリオはカラフルな飴の包装を「綺麗」だとか「可愛い」と言って瞳を輝かせているし、報酬を飴にしたのは正解だった。
読み書きの後は服を買ってやると言ったが、エリオは用事があると言って逃げ出した。こっちの過度な施しは受けたくないようだったが、週に数回はオレのところで飯を食い、読み書きの学習をするようになった。そんな生活が一年経った頃、エリオが突然いなくなった。何かあったのだと思い探したが、おかしなことにエリオは見つからなかった。新聞配達屋や、ストリートチルドレンにそんな名前の少年はいない、と情報屋に言われ、ジャンキーなのはオレだったのか、と自分の正気を疑った。
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