bianca e nero


 
ストリートチルドレンとして育ったゴミのような人間は大人になってもゴミのままの人間でいるか、刑務所に行くか変な病気で死ぬ。
どんなに頑張ったってゴミはゴミ。そう思っていたし、事実世間が私たちを見る時、そう思っているような眼をしていた。
でも、プロシュートさんだけは違った。彼は私の配達地区のアパートに住む人で、私をゴミ扱いせず、人間として扱ってくれ、助けてくれた。働く私を立派だと言ってくれた。
彼の言葉はやけに私の胸に響いていて、気づけば彼を好きになっていた。
配達の時はいつも彼に会いたくて仕方ない反面、女の子だと気づかれないようにわざと汚した顔や、自分の見窄らしい格好が恥ずかしかった。それでも会えた時の喜びは何にも勝る幸せな気分を味わえた。彼に会う度に、いつか彼が連れてあるくような、背の高くてブロンド頭でハイブランドのワンピースやハイヒールを履きこなす素敵な女性になりたいと思った。
それから数年が経つと私の体つきはどんどん大人の女性に変わっていった。新聞配達屋の少年として働くには限界がきた。それにもっといい仕事ができる歳になったから顔をわざと汚くするのも、女の子であることを隠すのもやめて知り合いの店主のリストランテで働くことにした。最初は皿洗いや掃除から始めて、歳をとったらホールで給仕させてもらえるようになった。
そんなある日、プロシュートさんが私の働くリストランテに現れた。彼を見かけるのは新聞配達をやめて以来だから、5年振りだ。相変わらず彼はかっこよく、隣には背の高いブロンド頭の、全身ブランドで固めた女性がいて、仲睦まじそうだった。
私が新聞配達をやめた理由には、プロシュートさんには私が女の子であることを知られたくなかったのもあった。もっと背が伸びて綺麗な大人の女性になって、ハイブランドの服や靴が買えるようになるまでは会いたくなかった。
だから、厨房でこっそり同僚に頼んでどうにかプロシュートさんのつくテーブルを避けれるように頼みこんだ。

「お願いソフィア!私、あそこのテーブルに近づきたくないの!」

「それなら、私が行くわ!ありがとう、ナマエ!愛してる!」

「なら、貸した500リラ返してよね!」

プロシュートさんのことをハンサムだと騒ぐ同僚は嬉々として注文を取りにいった。
私は厨房の壁にある円形鏡でお化粧や髪型の確認をした。この数年で化粧は上手くなったし自分で髪を切るのも上手になった。でも、それだけだ。あの人の前に出れるような容姿じゃない。

「おい、ナマエ!これ8番のとこ、よろしく!」

「は、はい!」

料理スタッフに頼まれて出された料理を持って指定されたテーブルに運ぶことにした。最悪なことにプロシューさんのつくテーブルと近いから、声をかけられないように願いながらホールに出た。
プロシュートさんの方を見ないように8番テーブルに行き、料理を届けて料理の説明を軽くし、いざ戻ろうとすると「"Scusi"」とプロシュートさんに声を掛けられてしまった。
瞬間、息が詰まり、緊張に身体が固くなる。

「はいっ……!」

喉から絞り出した声は上擦り、恐る恐る彼を振り向けば、心臓が飛び跳ねた。彼は記憶よりも随分顔が整っていて、澄んだシーブルーの瞳は魅力的で、サルファーイエローのシャツから覗く胸板は、掘り込まれたような筋肉の筋がくっきりとあり、むせ返る程の色気を感じた。当時の彼は私に優しくて、ついでに顔がかっこいい人くらいにしか思わなかった。でも今見ると、とんでもなく容姿の整った、夢のように素敵な男性だ。

「ワインの追加注文いいか?」

シーブルーの瞳が真っ直ぐ私を見つめる。私がかつての新聞配達屋の少年エリオだと気付く様子はない。

「は、はい。す、少し待ってください!」

制服のポケットからオーダー票を取り出し、注文を聞き、動揺をなんとか抑えつつも厨房へ伝えに行った。テーブルを離れる時、彼の連れの女性が「あの子、プロシュートに緊張してた。かわいい」と笑う声が聞こえてきたのが凄く恥ずかしかった。



*



数時間後。閉店まで働いて片付けをしてからお店を出た。店を出る前に店長に余った食材で作ってもらったパスタは美味しかった。ついでに今日は久しぶりに家族全員分の余ったパンを貰えたから気分がよかった。プロシュートさんが来た時は恥ずかしくて動揺したけど、久しぶりに会えたのはやっぱり嬉しかったから今日はツいてる日だ。
リストランテから歩いて約30分程。通りに転がる空き缶やゴミの山を避けて歩き、かつて精肉工場だった廃墟の前まで着くと、不意に「そこがおまえの家か?」と後ろから声を掛けられた。

「プロシュート、さん……?」

振り返れば、そこにいたのはプロシュートさんで、何故彼がそこにいるのかわからず混乱するし、私がこんな最低な場所に住んでいることを知られたことが恥ずかしくて恥ずかしくて仕方がない。

「オレの名前を知ってるってことは、やっぱ、エリオだな?今はナマエって名乗ってるみてえだな。性転換でもしたのか?いや、これは失礼か。出会った時から妖精のように綺麗な女だったってことだな。女だと気付かなくて悪かった」

「……」

こんな安物のジーンズにサイズの合ってないカットソーを着て、靴はボロボロのパンプスで、ハンドバッグは店長の奥さんから貰った革の剥がれかけたボロなのに、好きな人に私がエリオだと気付かれ、酷い住処までバレてしまい、泣きたくて仕方がなくなった。ショックで声も出ない。

「今は何歳だ?いつまで経っても声変わりしねえから当時は10歳くらいだと思っていたが、あれが12だとしたら……今は17くらいか?」

本当の年齢は自分も知らないけれど、適当に頷いた。さっさと帰って欲しかった。こんな姿、こんなところをこれ以上見ないで欲しかった。
でも、彼は久しぶりに親戚に会えた人みたいに瞳を輝かせ、気分良く話している。

「新聞配達屋だった少女が今はリストランテで給仕か。あの頃から変わらず立派なもんだ。それにイイ女になった」

「どこが……?」

ブロンドで背の高く、ブランドの服や靴を身に付けた綺麗な女性を連れていたのに、プロシュートさんにイイ女と評価されたのが嫌味に聞こえ、腹が立った。

「どこがって、鏡と自分の仕事振りを見りゃあわかるだろ?」

「どこが!?見て!こんな見窄らしい格好して、こんなところに住んでる私のどこがイイ女なの!?からかうのはやめてください!」

「装飾品で飾らなくともイイものはイイ。オレにはわかる。今日は出直すが、明日オレの家に来い。またパスタ作ってやるよ」

プロシュートさんはそれだけ言うと、踵を返して行ってしまった。
彼が何を思って私の跡を付けてきたかはわからないけれど、私の頭の中は「見られた」という焦りと恥ずかしさでいっぱいで、熱くなった瞳から涙が溢れた。


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