bianca e nero
昔良くしてくれたプロシュートさんに再会し、家に来るように誘われた。好きな人からお誘いを受けた嬉しさを感じるよりも、見窄らしいところを見られたのがショックで、彼に会いに行こうとは思えなかった。
それから数日が経ってリストランテに、プロシュートさんから私宛に荷物が届いた。
「ねえ、早く開けてよ!」
朝から同じ時間のシフトに入っていたソフィアに急かされた。気が進まないけど、更衣室のベンチで大きな段ボール箱の中から、型押しレザーを思わせる上品な模様の黒い箱を取り出した。段ボールには他にも昔彼がくれたカファレルのフルーツ飴とメッセージカードが入っている。
「何て書いてあるの?」
「『仕事終わりに箱の中の物一式身につけて店の前で待ってろ』だって……」
箱には銀文字でハイブランドの名前が書いてあり、メッセージカードを持つ手が震えてしまった。この中に、私が幼い頃から憧れていたものが入っているなんて考えるだけで驚きと嬉しさで胸がいっぱいだ。でも、私にはこれを受け取ることはできない。
「……私、こんなものを貰っていい人間じゃない!」
プロシュートさんが何故デートに誘うような文言を書いたメッセージカードをくれたのか知らないけれど、私のような人間にこんな高価な物は相応しくない。それにこの世界はタダで欲しい物が手に入るように都合よくできていない。プロシュートさんが良い人なのはわかっているけれど、これには何か裏があるはずだ。
「それはこんなプレゼントをくれた人のデートを断る時に言いなさいよ」
「じゃあ、断る!」
「あんた贅沢ものね……私が開けちゃおーっと!」
ソフィアが勝手に開けた箱の中には、一つずつ白い布袋に品物が包まれていて、それもどんどん開けられていった。
「あっ、これ今シーズン出たばかりのチャンキーヒール!ここのストラップがベルトになってるのが可愛いのよ!あーん、この新品の鞄の革の匂い堪らない……!私のグッチの鞄、この前友達に吐かれて洗いまくったから革の匂いしなくなっちゃったのよねえ〜。きゃあ!こっちのワンピースなんてテニススカートみたいなヒダが上品で可愛いわ!ああ、もうなんなの?ナマエって金持ちと付き合ってたの?」
「……付き合ってないし、その人お金なんてそんなに持ってないはずだよ」
プロシュートさんの服や持ち物はブランド品ばかりだったけれど、彼の家はアパートで治安の悪いところにあるし、たまに共有廊下にジャンキーが転がっていた。お金はそんなにあるように見えなかった。
だから、こんな私にブランドの衣類や服飾品をくれる余裕なんてないはず。なのにこのブランド品の山を買えるお金をどこから捻出したのか不思議でしょうがない。
「貯金はあったんじゃない?ねえ、この鞄の革の匂い嗅いでみなさいよ」
「良い匂い……凄く高そう」
「触ってみたら?」
「……いい。もう仕舞おう。私、デートする気ないの」
これ以上憧れのブランド品に触れてしまったら、欲しくて堪らなくなるからやめておいた。これは全てプロシュートさんに返したい。私みたいな人間が簡単に受け取っていいものじゃないし、受け取ったら何か悪いことが起きそうで怖かった。私に良くしてくれた彼のことは信じたいけれど、今回ばかりは簡単に信用できる内容はないし、プロシュートさんに出会う前は何人もの大人たちに騙されてきたからどうしても高価なプレゼントには警戒心を持ってしまう。
「じゃあ、仕舞う前にこの靴履いてもいい?あと、この鞄にキスしていい?」
「だめ!」
返品することになるかもしれないから、ソフィアから靴と鞄を取り上げて箱に仕舞った。惜しいけれど、仕方ない。これも身を守る為だ。
その日の夜。店長に頼んでプロシュートさんが来たらプレゼントを返してもらうようにし、プロシュートさんに会わないように早めに家に帰った。
高価なプレゼントをくれた上にデートに誘ってくれた彼を想うと胸が締め付けられ、心臓が高鳴ったけれど、少し怖くもあった。
*
翌日の朝。リストランテの従業員入口にプロシュートさんがいた。私は今日も地味でボロの私服を着ていたから恥ずかしくて逃げようとしたら、腕を掴まれてしまった。
「放してください!」
「放さねえよ。何逃げようとしてんだ?」
プロシュートさんはまっすぐに私を見つめてくる。そんなに綺麗なシーブルーの瞳で見つめられたら、恥ずかしさは増す一方だ。
「お願いです……見ないでください……!」
「なんだ照れてんのか?」
「ち、違います……!」
「なら、オレにずっと見つめられていろ。そういう人生も悪くねえだろ?」
「どういうことですか!?私はこの格好が恥ずかしいから、あなたに見られたくないんです……!」
「ナマエ、どんな格好だろうとオメーは綺麗だ。恥ずかしがることはねえ。それにオメーは誰にも恥じることのない生き方をしているんだからもっと堂々としろ」
プロシュートさんはズルい。初めて会った時と同じように、私の心を揺さぶる言葉ばかりを紡いでくる。そんなことを言われたら、逃げ出すわけにはいかなくなる。
プロシュートさんと正面から向き合うと、彼は腕を放してくれた。彼に触れられていたところは病気みたいに熱を持ち、瞳を合わせるだけで緊張して脈が乱れる。
「用件はなんでしょうか?」
「そんなにかしこまらなくていい。ただ単にオレの贈り物のどこが気に入らなかったのかを聞きに来た」
「贈り物はとっても素敵なものでした。身に余る程のものをありがとうございます」
「つーことは、だ。もっと安いブランド品なら良かったのか?」
「そんな単純なことではありません……何故私なんかにあんな高価な物をくれたんです?」
「イイ女にはイイ物をっつー理由なら納得できるか?ナマエの容姿や今までの努力に相応しい物を選んだ。だから、遠慮なく貰え」
「タダでは貰えません……大人はそうやって私たちを騙そうとします。プロシュートさんはそんな人ではないとわかっていますけど、流石にあんなに高価な物は怖くて受け取れないです」
「誰もタダとは言ってねーだろ。オレとのデートが条件だ」
「デート……?本当にそれだけですか……?なんで私なんかとデートを……?」
「オメーは鏡も見たことねーのか?いいか?ナマエはイイ女だ。それは顔立ちの美しさは勿論、あの頃から変わらずに真っ直ぐに生きているところを評価して言っている。だから、デートに誘っている。言っておくがオメーに拒否権はねえからな」
強引なお誘いだ。思い返せば出会った頃の彼もそうだった。ああしろ、こうしろ、と命令口調だった。でも、そんなプロシュートさんの自分に自信たっぷりなところも好きだった。私にはそれが憧れでもあった。
私はまた彼のことを信じたい。プロシュートさんと出会ってから信用できる大人は増えた。リストランテの店主やその奥さん。そこの社員さん。人を見る目を養えた私なら大丈夫。この選択に間違いはないと思う。
「わかりました」
私の返答に、プロシュートさんは口元に薄らと笑みを刻んだ。それは今まで彼が私に一度も見せたことのないもので、胸がときめく程素敵な表情だったから、彼と別れた後もあの笑みが眼に焼き付いて離れなかった。
*
仕事のお休みの日。プロシュートさんがくれたブランドの鞄を持ち、同じブランドのワンピースと靴を身につけ外へ出た。憧れのものを持てたことが嬉しくて堪らなく、気分が高揚する。待ち合わせの場所でプロシュートさんに会った瞬間、その高揚が一瞬にして緊張に変わった。思えば、男の人とデートをするのは初めてだ。
「よく似合っている。サイズもピッタリだな」
「あの、この服とか靴とか、鞄をくださってありがとうございました!私、こういうのずっと欲しくて……だから、その、今、とっても嬉しいです……!」
緊張の所為で上手く言葉が紡げなかった。それでもプロシュートさんは「ナマエが気に入ってくれたなら、オレも嬉しい」と優しいことを言ってくれて、益々プロシュートさんは良い人だと思えた。
彼に連れられて映画を観て、その後は格式の高いリストランテで食事をし、解散かと思えば家に誘われた。
大人の女性として私を扱ってくれる彼からのそのお誘いを受けるのは勇気のいるものだ。
「家はちょっと……」
「変にビビんな。何もしねえよ」
プロシュートさんがそう言うのなら、そうなのだろう。今日一日、彼はずっと私を楽しませようと努力してくれていることはわかったし、真摯に向き合って私の話を聞いてくれた。彼が汚い大人になる瞬間は一瞬もなかった。
*
「っあぅ……ん、んんっ……!」
プロシュートさんに抱きしめられて、顔の輪郭や首筋へのキスを受けながら、ゆっくりと粘膜を擦り合わせるような挿入を繰り返されていた。
何もしない、って言ったのに、プロシュートさんは嘘をついた。どんなに良い人でも嘘をつくということを私は忘れていた。
最初はプロシュートさんに腕を撫でられて、キスをされ、そこからなし崩しに抱かれてしまっていた。
ただベッドを背にして彼に包まれ、熱く繋がる感覚に胸がじんと温かくなるような何かを感じていた。
「ナマエ、本当にオメーは綺麗だな。その瞳も、鼻も唇も、どこを一つとっても美しい。ずっと見つめていたくなる」
プロシュートさんに後頭部に手を回され、頭を少し持ち上げられて見つめられる。緩慢な抽送をしながら愛おしそうに眼を細めて、そんなことを言われてしまったら、「嘘つき」なんて言えなくなる。
プロシュートさんは良い人だ。私の為に労力を割き、お金を出し惜しみしない。人が家族の為に当たり前のようにすることを、家族でもなんでもない私なんかにしてくれる。熱を帯びたような瞳で見つめてくれる。そう思うと、彼の嘘は別に悪い嘘とは思えなかった。
プロシュートさんを見つめ返し、出会った頃から感じ始めていた彼への想いを正直に伝え、自分から求めるように彼の体にしがみ付いた。
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